第二十話
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翌日は大きな進展があった、何と新メニューが出来上がったのである。
「エビとナスを炒めてからトマトソースを入れて軽く煮込む。パスタを入れてソースとあえたら、最後に火を消してチーズを入れる。こうするとチーズが硬くならないんだ。」
一週間、様々なレシピを試した結果、生チーズは極力火を通さないのが一番だとわかった。
「最後にバジルを加えて出来上がり」
ルナとベアーは女店主の出した新パスタを口に運んだ。
「うまい……ペスカトーレよりうまい!!」
チーズの溶け具合、トマト―ソースの酸味、そしてえびとナスの食感、実にバランスが良かった。バー
リック牧場のチーズは具材をまとめ上げパスタに上品なコクを出してた。
「おかみさん、おいしいです。バジルがいいです」
「生バジルだからね、風味が強いはずだよ」
女店主は自慢するように言った。
「じゃあ、これを水曜から出そう」
「賛成!!!」
ルナとベアーは声を合わせて賛同した。
*
こうして翌日から新メニュー『エビとナスのパスタ、生チーズ風味』を出すことになった。3人は緊張感を持って初日にのぞんだ。
だがその日は客足が悪かった。薄気味悪いほど客が来ず、最初の客が来たのは昼を過ぎてからだった。
最初の客は新メニューを記したチラシに手をとった。しばし悩んだ後、ボンゴレをたのんだ。
「チッ」
ベアーの後ろでルナが舌打ちした。
その後いつもの常連客がやって来た。皆、新メニューがあることには気づいていたが『失敗』を恐れてペスカトーレをたのんでいた。
『新商品ってうけないのか……』
ベアーは新メニューが出ないことに焦りを感じた。
*
その日は結局、売り上げも悪く新メニューに至っては2人しか頼まなかった。店を終えた後の工房はお通夜のような状態になった。3人とも下を向いて意気消沈せざるを得ない。ベアーは自分が提案した新メニューが転んだことを申し訳なく感じた。
「すいません、おかみさん……」
「とりあえず1週間様子を見てみよう、客足が減りだしたのは昨日、今日の事じゃない。しばらく見てみないと何とも言えないよ」
女店主はそうは言ったがその顔は沈んでいた。
*
売り上げは翌日も回復せず『V字回復』の野望は破たんした。一般的に新商品は最初の一週間、特に初日、二日目の売り上げが重要になる。この二日の売り上げが悪いのはかなりの悪材料だ。パスタの味が悪いわけではないので3人は頭を抱えた。
さらにそこに追い打ちをかける事態が生じた。『鉄仮面』ことマーサが出奔したのである。
『よくあることよ、あの子は時々いなくなるの』
女店主はそう言ったが、新メニューが転んだ状態でのマーサの出奔は当てつけられているようで店の雰囲気はさらに悪くなった。
*
そんな状態で水曜日を迎えた。客足は昨日と同じで良くない。天気も悪く、憂鬱なランチタイムとなりそうだ。洗い場から様子を見ていたベアーの眼には女店主がため息をつく姿が映った。
『本格的にヤバそうだな……ほんとに潰れるんじゃないか、この店……』
そんなことベアーが思った時であった、入口の扉を開けて輝く太陽のような青年が現れた。女店主はその容姿を見て目をしばたいた。
「こんにちは、ベアー君はいますか?」
女店主は頬を赤らめた、しばらく無言で青年を眺めると忘れていたようにベアーを呼んだ。
呼ばれたベアーが出ていくと見慣れた顔があった。
「パトリック!」
「新しいメニューできたんだって?」
「そうなんだ、全然売れてないんだけど……」
ベアーは微妙な顔をした。
「じゃあ、それをもらおうかな」
パトリックがそう言うと後ろからクラスメイト4人が現れた。
「5人分のパスタをお願いします」
パトリックが頼むと女店主の顔が華やいだ。
*
新パスタはかなり好評でパトリックたちは驚きの声を上げた。
「このパスタはかなりうまいよ」
「バジルとチーズがいいね」
「エビもうまいよ」
「トマトとナスって合うんだな」
「ボリュームも結構あるしな」
5人は10分と経たずに新パスタを平らげた。
満足な様子で店を出る5人を見て女店主の顔がほころんだ。久々に見る女店主の嬉しそうな表情はベアーにとっても喜ばしかった。
パトリックが店を出るとベアーは感謝しようと洗い場から出た。
「パトリック、来てくれてありがとう。」
「いや、おじい様をいつも看てくれてるから」
「そう言えば、ロイドさん、心配していたよ、君と最近、顔を合わせてないって」
「今日は帰るから、大丈夫だよ」
そうは言ったがパトリックの顔色は曇った。
『どうかしたのかな……』
ベアーは気になって理由を尋ねようした。だがパトリックは会話を打ち切るようにして自分から離れた。
「じゃあ、もう行くよ、日曜日にまた会おう。」
そう言うとパトリックは友人たちと一緒に去っていった。
*
パトリックたちが帰ると今までが嘘のように、怒涛のごとく客が押し寄せた。うれしい反面、『鉄仮面』ことマーサがいないため客がさばききれず、3人は余りの忙しさにきりきり舞いした。
だが、女店主の顔は嬉しそうだった。地獄のランチを終えて売り上げを計算する女店主の目は煌々としていた。
「いったよ、大台に!!!」
久々に100人を超えたため女店主は大喜びしていた。
*
売り上げが良く女店主から小遣いをもらったベアーは『ロゼッタ』近くの洋菓子店でクッキーを買ってシェルターに持っていくことにした。
「貧しい子が多いから、きっと差し入れは喜ぶと思うんだ」
「あんた、僧侶を辞めたのに、そのお人よしの所、変わんないわね……おまけに厩代はボッたくられてるんでしょ?」
「まあね……」
「でも、久々にあの不細工なロバを見るのも面白いかもね」
ルナはそう言うとベアーについていくことにした。
*
「なにこれ?」
ルナはシェルターに着くや否や声を上げた。治安維持官が数人、入口の所で子供たちと管理人のメガネ女に事情聴取をしていた。陰険なメガネ女が肩を落とし涙ながらに答えている。
「どうしたんだろう?」
ベアーは気になって近寄った。
「駄目だ、関係者以外は立ち入り禁止だ!!」
そう言うと治安維持官はベアーの顔を見た。
「あれ、君は、あの時の……」
事情聴取していたのはあの時の若禿であった。
「何があったんですか?」
「今は駄目だ、少し待っていなさい。」
そう言うと若禿の治安維持官はベアーたちに下がるように言った。
*
ベアーは聴取が終わるまで厩に行ってロバの様子を見ることにした。ロバは落ち着かない様子で厩の中をウロウロとしている。
「どうしたんだ?」
何があっても泰然としているロバが不安げにしているのは普通ではなかった。
「何かあったのか?」
ベアーが再び尋ねるとロバが情けない声を上げて一声いなないた。その様子を見たルナは不審な表情を浮かべた。
そんな時である、事情聴取を終えた治安維持官がベアーたちの所にやって来た。ロバは若禿の所に行くと何かを必死に訴えた、その顔はいつになく真剣だ。だが治安維持官にロバの言葉がわかるはずもなく微妙な雰囲気が一同を包んだ。
「何があったんですか?」
「実はシェルターにいた女子が一人いなくなったんだ。」
「えっ?」
「昨日までは普通に生活していたみたいなんだけど、今朝いなくなったんだよ。」
ベアーは驚きを隠さなかった。
「いなくなったのはどんな子なんですか?」
ルナが尋ねると若禿が手帳を見ながら答えた。
「年長の亜人の子だ。肌が黒くて目が大きい、かわいらしい女の子だそうだ」
若禿が言うや否やベアーの脳裏に一人の子供が浮かんだ。
『ロバにエサをやっていた子だ』
ベアーは間違いないと思った。
*
若禿の治安維持官との話を終えるとルナとベアーはメガネ女の所に言ってクッキーを渡した。
「こんな時に気を使ってくれるなんて、ありがとう」
メガネ女は目に涙をためて二人に礼を言った。正直あまりいい人間ではないとベアーは思っていたがさめざめと泣くメガネ女の様子は気の毒にうつった。
「クッキーは子供たちが喜ぶと思うわ、あの子にも渡したかったけど……」
そう言うとメガネ女は大粒の涙を流した。ベアーたちはいたたまれなくなり、暇乞いするとシェルターを出た。
「まさかこんな事件が起こるなんてね、びっくりだね」
ルナの問いかけにベアーは難しい顔をした。
「どうかしたの?」
「失踪した女子はロバの面倒を見てくれていた子だと思うんだ。」
ベアーはロバにブラッシングしていた少女の話をルナにした。
「あの様子からして失踪なんて、ありえないと思うんだ……」
ベアーは中では不信感が芽生えていた。
「誘拐ってこと?」
ベアーは頷いた。
「なるほど、誘拐説ね……それは私も賛成ね。」
ルナは尋常ではないロバの様子から『誘拐』がありえると考えていた。
「ところで、ベアー、あのシェルターの管理人、どう思う?」
「どう思うって?」
ルナは不思議そうな顔をしているベアーを見て持論を展開した。
「わたしは正直、あの人は微妙だと思ってんの」
「それは、ないよ。たしかに厩はぼったくりだけど、そこまでひどい人間じゃないと思うよ。さっきだって泣いてたし」
ベアーは即答したが、ルナはベアーの意見に賛同しない様子を見せた。
「私はそうはおもわないけど……まあ、この点はお互い平行線って言うことにしましょう。」
ベアーはルナの物言いが気になったがこれ以上話しても亜人の少女の居場所がわかるわけでもないのでそこで話を切り上げた。
ここまで読んでくださった方、ありがとうございます。
実は、2章の次話以降はまだ誤字脱字のチエックが終わっておりません。(すまぬ……)
編集作業が必要になるので少々、お待ち下さい。もうすこしすれば終わると思います。




