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第十一話

23

セルジュがベアーたちを通したのは僧兵の待機所に隣接した診療所であった。ログハウスのような様相であるが、その中に置かれた医療機器は最新のもので、そこで働く医療従事者も見るからに優秀そうである。


セルジュはエマを医務室に連れて行かせるとベアーとルナに椅子をすすめた。


「たしか君たちは、昨日、滝のところで……」


セルジュがそう言うとベアーが答えた。


「ええ、昨日はどうも」


セルジュはルナを見やるとその手を見た。


「魔封じの腕輪……君は魔女か」


 僧侶と魔女の関係はあまりいいとは言えない、昔から様々な軋轢があるのだが……セルジュの視線も優しいものではなかった。そこにはあきらかに不信感がある……


セルジュは咳払いを一つするとベアーを見た。


「君たちと被害者の関係を教えてくれるかな?」


 セルジュに尋ねられたベアーは答えに困った、それというのもエマが魔道兵団の団員だと話していいのか迷ったためである……


「エマさんとは以前に会ったことがあるの……旧友といった感じかな」


ルナがそう言うとセルジュは怪しんだ。


「……そうですか……」


セルジュが何とも言えない反応をすると、治療を終えたエマが医師に付き添われて戻ってきた。


                               *


エマはセルジュを見ると開口一番、言い放った。



「あなたたちはここで何をしているの、大変なことが起こっているのよ!!!」



エマの権幕は先ほどよりもすさまじい、ベアーはあまりに驚くと椅子からすべりおちた。



「このままだと大変なことになるわよ!!」



ドスの利いた声でエマがセルジュに突っかかると今度はルナが椅子から滑り落ちた、


一方、セルジュは何事もないかのように応対した。



「聖女廟の棺を覗こうとしたと報告を受けています。その狼藉は甚だ遺憾です」



 セルジュの顔色が変わった、そこには純粋に穢れを払おうという宗教者としての苛烈さが滲んでいる、その形相は鬼気迫っていた。


「何者かもわからぬ賊のくせに口だけは達者だな!!」


セルジュの睨みに対してエマは気圧されることなく言い放った。



「いいでしょう、では、名乗りましょうか……」



エマはそう言うと仁王立ちになって腕を組んだ。小さいと思っていた胸元がブルンと揺れる。



「魔道兵団所属 エマ バギンズ ここには魔道器の調査に来ました!」



言われたセルジュは『魔道兵団』という単語にその身を震わせた。


エマはそれにかまわずセルジュを詰めた。



「あの棺の中に何があるの???」



エマの真摯な表情にセルジュは言葉に詰まったが……一呼吸置くと発言した。



「聖女アルマの遺骸が入っています。」



セルジュがそう言うとエマは調べていた内容の一部を吐露した。



「私が調べた限り、聖女廟には魔道器の存在をしめす異様な波形が感知されたわ。それも全く安定しないゆがんだものが!」


魔道兵団の団員らしく魔道器の計器を見せてエマが発言するとセルジュは黙った。



「あの棺の近くの波形が一番乱れたわ……安定しない魔道器は人の手に負えるものじゃない。」



エマが断言するとセルジュは押し黙った……



「もう一度聞くわ……あの棺の中には何が入っている?」



エマが続けようとするとセルジュが声を上げた、



「聖女の遺骸は……人目にするものではない」



セルジュがしどろもどろにそう言うとエマが実にいやらしい視線を送った。



「聖女アルマ……どんな人物だったんでしょうね……聖女に魔道器の組み合わせはありえないわ」



 揶揄をたっぷり含んだ物言いは明らかにアルマに対する非難がある、それを感じたセルジュはエマをにらんだ。


だがエマはそれに動じるどころかセルジュを煽った。



「アルマは聖女じゃなくて本当は魔女だったんじゃない、それも性質の悪い!」



 言われたセルジュは憤怒の表情を見せた。顔だけでなく薄くなった頭髪の下から真っ赤になった頭皮が現れる。



「聖女を冒涜する物言いは許せるものではない、まして魔女などと!!」



信仰の対象を汚されたと思ったセルジュはすぐさま後ろに控えていた僧兵を呼んだ。



「こやつを拘束して、牢に入れろ!!」



僧兵は待っていたとばかりに素早く駆け寄るとエマの脇を抱えた。


「セルジュ様、この二人はどうしますか?」


僧兵がベアーとルナを指すとセルジュは怒りに任せて発言した。



「賊の知り合いだ、そやつらも檻に放り込んでおけ!」



ベアーは思わぬ展開に言葉を亡くしたが、文句を言うより先に拘束されてしまった。



24

留置所は治安維持官の詰所の地下にあるは牢屋であった。ベアーたちは容赦なくそこに放り込まれた。地下牢というだけあってじめじめしてかび臭い。松明はあるものの薄暗く、下水と思しき濁った液体も壁面から滲んでいる。


「あの背虫のおっさん、こんなとこにぶち込みやがって……」


ルナは怒りに震えたが、それに対してエマが発言した


「ごめんなさい、私を助けようとして……あなたたちまで」


 エマはセルジュを激高させたためベアーとルナまで巻き込んでしまったことを今更ながら恥じた。それに対してベアーが発言した。



「エマさん、宗教者の帰依心は厄介なものです。あのセルジュという人は聖女アルマにたいして強い思いを持っています。その思いをなじれば……こうなるのも当然です」



ベアーが僧侶らしい見解を述べるとエマはため息をついた。


「そうね、逆効果だったわ……」


エマが意気消沈するとルナが発言した。


「それよりも、現状をどうするか考えましょうよ。こんなとこで腐ってても、ほんとに腐っちゃうわよ……ここめっちゃ臭いし」


下水臭に顔をしかめるルナに指摘されるとベアーが同意してからエマに話しかけた。


「そういえば魔道器の反応があるって言ってましたよね……棺がどうとか…一体、何のことですか?」


 エマは調査の結果を話すか迷った……だがゴルダの死闘を共にしたベアーたちであるがゆえに本当のことを話していいと判断した。


「私はアルフレッド様の命を受けてレビのことを調べていたの。魔道器の存在を示す波形が機器から観測されたから……」


エマはそう言うと複雑な波形の特徴とそのランダムな動きに触れた。


「普通の魔道器とは異なる動きなのよ……安定感が全然ない……だからこのレビという町には何かあるのは間違いないの……とくにあの聖女廟のあたりの波形が著しくおかしいのよね」


エマがそう言うとルナが腕を組んだ。


「……たしかに……ここではマナが感じられない……自然の理が歪んでいるんだわ…」


ルナがそう言うとベアーも発言した。


「ダークエルフのお姉さんも『沈む』っていってたな」


3人はさらに話し合った。



そして……



「やっぱりここはおかしいんだ」



 魔道兵団の持つ魔道器を探知する機器の波形、魔女のマナを感知する感覚、そしてベアーの遭遇したダークエルフの言動……これらを勘案した結果、彼らは上記の結論に至った。


だが、その一方でその具体的な内容は把握できていない……


「アルフレッド様と連絡が取れれば、何らかの方針が取れるのに……」 


エマはそう言ったが牢屋にぶち込まれた現状ではいかんともしがたい…


「ここで、こうしていてもらちが明かない……」


エマは焦りを見せた、


「……何も起こらなければいいのだけれど……」


皆同じ思いを持ったが、現状は袋小路に追い詰められた鼠のごとき状況であった。


ベアーたちは激高したセルジュにより地下牢に放り込まれますが……そのおかげでエマと情報交換することができました。


どうやら、このレビという村は何かあるようです……アルマの棺……聖女の遺骸……一体どうなっているのでしょうか?

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