第十話
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ベアーが宿に戻ると入口の階段にルナが腰かけていた。ベアーは手を上げて合図するとルナのところに向かった。
二人はお互いにあったことを話し合った。ベアーはエルフの里での出来事を語り、ルナは魔道兵団のエマに会ったことを述べた。
「なんか、この町、妙なんだよね……」
ルナはそう言うと魔女らしい見解を述べた。
「マナも感じられないし……魔道兵団の連中も動いているみたいだし……」
それに対してベアーが素朴な疑問を呈した。
「マナって魔法の源でしょ……魔女が魔法を使う時の原動力みたいな……それを魔女が感じられないってどういうこと?」
ベアーが知りうる知識を述べるとルナが答えた。
「……それが、わかんないんだよね……腕輪を長くつけてるから、勘が鈍ってんのかな……」
ルナが困った表情でそう言うとベアーは神妙な面持ちで答えた、
「じつは、エルフの里で……妙な紋様のついたコスチュームを着たあの子供たちに会ったんだ。あの子達は合唱団みたいなんだよね……」
ルナは興味津々の表情を浮かべた、
「その合唱団の指揮者がロザリーっていうんだけど……すごい剣幕で……」
ベアーはそう言うとロザリーに危うく殺されかけたことを述べた。
「その時、きれいなダークエルフの人が助けてくれたんだけど……その人は『ここは沈む』って言ってた……何のとこかわからないけど……」
ベアーは続けた、
「アルマの過ち、とも言ってた……」
二人は妙なことが起こるのではないかと顔を見合わせた……漠然とした思いであるが、いままでの経験からレビという土地に何やら『裏』があるのではないかと想起している……
「何もなければ、いいんだけど……」
ベアーがそう言うと、ルナがベアーの首元を神妙な表情で見つめた、
「あんた、首に何かついてる……」
ルナはそう言うと『何か』をしげしげと観察した、
「それ、髪の毛だよね……細くて繊細。しかも長くて銀色……もしかしてダークエルフのじゃない?」
言われたベアーは眼を点にした。
その様子を観たルナは魔女の勘を研ぎ澄ました。
「ハグでもしたんじゃないの?」
言われたベアーはすっとぼけた。
その表情を見たルナはさらに怪しんだ。
「長い髪が服につくなんてあるのかしらねぇ……あんたの行ってたエルフの里ってどんなところ?」
「べ、べ別に……普通の里だよ……ごく普通の……」
ベアーが『普通』を強調するとルナがその眼を瞬かせた。
「まさか、エルフとニャンニャン大作戦とか考えてたんじゃないんでしょうね?」
冷徹な物言いで作戦名を当てられると、ベアーは一瞬ながらその眼を泳がせた。
「図星のようね」
それに対してベアーが切り返した、
「未遂だからセーフだ!」
ベアーが健全な関係をキープしたことをドヤ顔で述べるとルナが間髪入れずに返した。
「そう言うことじゃねぇんだよ!」
その後、ルナは何も言わずに実力行使に出た、気合のこもった一撃がベアーの頬を襲う。いうまでもない、命を懸けたコントの始まりであった。
***
この後、ベアーは全身をしばかれて、十字架にはりつけにされた……さらに足元から火であぶれられると、その後、野ざらしにされるというハードな経験した……
『ウソがばれるとコントも虐待になる……喜劇は悲劇になるんだ』
童貞少年は薄れゆく意識の中で一つの教訓を得ていた。
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さて、命を懸けたコントを終わらせた翌日……
ベアーとルナはどことなく不安な思いを秘めていたが、物見遊山のもう一つの目的である聖女廟を訪れることにした。旅の目的を果たそうという少年、少女らしい思いを貫徹しようとしたためである。
「……でかいな……」
目の前にそびえる聖女廟は観光地の目玉にふさわしいだけのものがあった。
洞穴を掘削して拡げて整地し、そこに大理石を積み上げて作った宮殿のごとき建造物は巨大であり豪奢に見える。
墓であるため豪華絢爛な演出を避けているが、白を基調とした内装と聖女アルマ ブルックリンの遺骸を入れた棺を置くための台座が太陽光の反射を用いた自然の光源をうけると、神々しい雰囲気が現出した……
「うちの実家とは違うわ……」
ベアーの生家には小さな礼拝堂があるのだが……極めて地味でこぢんまりとしている。歴史を感じさせる趣はあるが……ただそれだけである。礼拝堂の窓からは鶏小屋が見えるという生活感さえ滲んでいる……
だがベアーの目の前にある聖女廟は大変りっぱで威風堂々としているではないか……
「……うらやましす……」
その規模もさることながら、聖女廟の内装や調度品がとてつもなく金がかかっていることに気付くと実家との間にある経済格差というものを知らしめられた。特にろうそくを置くための燭台はプラチナがふんだんに使われ、演出のためにルビーとサファイアがはめ込まれていた。
それを見たベアーがポツリとこぼした、
「うちの礼拝堂にある燭台なんて手作りだからね……それも俺が初等学校の工作の時間に作ったヤツ……足の部分が安定しないから風が吹くとガタガタいうんだ……」
ベアーが実家の話をするとルナが手で口を抑えた、しょぼい燭台を想像して吹き出しそうになったためである。
「300年前の勇者の一族も、実家は貧乏だもんね~」
言われたベアーは一瞬カチンときたが目の前にある建造物を前にしては反論も意味がない……自虐的になるとおもわず半笑いになった。
そんなときである思わぬ光景が二人の眼に飛び込んできた。
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「離しなさい、あなたたち!」
声を荒げていたのはエマであった、その表情は真剣そのものである。
「わかっているの、あなたち!!」
金髪をポニーテールにしているエマは必死に抵抗をみせた。
「今すぐにやめなさい、この先何が起こるかわからないのよ!!」
エマは激高しているが僧兵はそれを無視した。むしろその額には青筋を立てている。
「貴様が聖女廟に無断で入ろうとしたからだ!!資格なき者が聖女廟の棺を覗こうなどとは笑止千万、許しがたい!!」
守衛を兼ねた僧兵が居丈高にいうとエマは声を荒げた。
「あなたたちじゃ理解できないわ、責任者を出しなさい!!!」
だが僧兵はエマの発言を遮った、
「不法侵入の容疑だ!」
エマはそれにかまわずに吠えた。
「このままだと大変なことが起きるわよ……きちんと調べないと……」
エマが食い下がったときである、脇を抱えていた僧兵が右手に持っていた錫杖で女の背中をうった。その一撃は生易しいものではない……エマはその場に膝まずいた。
*
傍観していたベアーとルナであったが暴力行為となれば見逃すことはできなかった。ひざまずいたエマのところに向かうと錫杖を逆手に持ち替えた僧兵に物申した。
「か弱き女性に対して暴力行為はひどすぎます!」
ベアーがそう言うとルナが鼻をほじりながら付け加えた。
「これ傷害事件だよね……治安維持官に通報する必要があるんじゃない」
だが僧兵は居直るとベアーとルナにも錫杖を向けた。
「賊に対する天誅は当たり前のことだ、この程度のことは許される!」
僧兵がそう言うとベアーがそれに反論した。
「相手に反論の機会さえ与えずに実力行使に出たのは明らかな間違いです。まして女性ですよ」
ベアーがそう言うと僧兵はベアーに向かって錫杖を向けた。
それを見たとき、ルナがすかさず叫んだ。
「また殴るわよ、この人、暴力よ、暴力!!!」
ルナが大声を出して周りに知らしめるようすると聖女廟の奥のほうから声が飛んだ。
*
「何事だ!!」
声を荒げて出てきたのは体の小さな男である、その背中には盛り上がった大きなこぶがある。脂ぎった頭部には乏しい毛髪しかなく、見た目の印象はお世辞にいいとはいえない。
「セルジュ様、賊の侵入でございます。こやつらは賊に味方する不逞の輩……」
僧兵が続けようとするとセルジュと呼ばれた背虫男は一喝した。
「ここは聖女廟だ、なぜ暴力を用いた。神聖な場所だぞ!!」
セルジュは僧兵の行動が気に食わなかったようでその額に青筋を立てた、
「お前たちは下がれ!」
肩を押さえてうずくまるエマを見たセルジュは声をかけた。
「手当いたしましょう、こちらへ」
セルジュはそう言うとベアーとルナをねめつけてから歩き出した。
ベアーたち、ダークエルフと幼子の合唱団、そしてセルジュ……さらに魔道兵団のエマ……彼らが絡んで物語が動き始めました。
さて、これから、どうなるのでしょうか?(次回から中盤にはいります)




