第七話
今日は少し長めです。
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背虫男、セルジュの懐柔により聖女の沐浴を無料で観覧したベアーとルナは、そのあと昨日訪れたダイナーで朝と昼を兼ねたブランチを取っていた。
「聖女の沐浴……超地味だったね」
ルナがそう言うとベアーもそれに同意した。
「まあ、妙な演出をしてないから……リアルといえばリアルだけど……」
ベアーは聖女アルマの子孫となる女が沐浴する様子を見ていたが何とも言えない思いを持っていた。
「若い子かと思ったら……47歳のおばちゃんがアルマの役だもんね……それに太ってる……」
ベアーがそう言うとルナが仏頂面で答えた。
「聖衣がパッツンパッツンだからさ、余計にデブって見えるのよね……脇腹の肉が滝に打たれたときにタプタプしてたもんね」
ルナは先ほどのこと思い出したようで口に手を当てて笑いをこらえている……
「おまけに来ていた聖衣が白っぽいベージュ色。白ってさあ、膨張色でしょ、だから太ってるのが強調されるんだよね」
厳粛な空気が包む中で肥満した中年の女が滝に打たれていた事実は二人の想像を超えていた……
「デブ & デブ だよね」
ルナの適切な発言にベアーは何とか笑いをかみ殺そうとしたが『デブ & デブ』というパワーワードには耐えられず声を上げた。
そんな時である、冬瓜について力説していた店の主人がベアーとルナの頼んだものをサーブしてきた。
「鹿肉のソテーとイノシシの煮込みだよ」
二人は料理に注目するとすぐさまナイフとフォークを取ってそれぞれの料理に鋭い視線を浴びせた。
*
鹿肉のソテーはスライスされた赤身がミディアム(中程度の焼き加減)で焼かれていた。脂身が少なく淡白な見た目たが、赤ワインをベースとしたソースと調和していて美味であった。
鹿肉のソテーを頬張ったルナは満足げな表情である。
一方、イノシシの煮込みは評価のわかれる品であった。それというのも獣肉特有の匂い強かったためである……独特の獣臭はベアーの食欲を押し下げた。
『これはかなりクセがあるな……』
イノシシ特有の匂いは生姜や香草により抑えられているものの、それでもなお強い。ベアーは食べるのに躊躇した。
『でも、もう頼んじゃったしな……ダメもとで試してみるか』
貿易商見習いとしての見識が新たな経験を求めると、ベアーは開き直って脂身のついた肉を口中へ放り込んだ。
「……あっ……」
ベアーは咀嚼した時にあふれる肉のうまみと、さっぱりとした脂身に驚いた。噛みしめても獣肉の臭みは現出しない……
ベアーの表情を見た店主のおやじはしたり顔を見せた。
「鹿肉は癖もなくて食べやすいが、うま味は圧倒的にイノシシが強い。それにこのイノシシは鮮度がいいから、強い臭みはないんだよ。」
店の親父が力説するとベアーの様子を見ていたルナがシチューの入った皿にフォークを突っ込んだ。実に素早い動きで肉の塊を捕らえるとすぐさま口に放り込む。
「うわっ……うまい……脂身がうまい」
上品な鹿肉とは異なる味わい、生命力あふれるイノシシの肉は魔女にとっても驚きの味であった。
店の親父は二人の様子を観てにやりと笑うと煮込みの中にある『ある物』を指摘した。
「この煮込みのだいご味はイノシシの肉じゃない……そのうまみを吸ったブツにある」
親父の顔が赤々とする、そこにはどうしても発言せねばならない熱い思いが滲んでいる、
親父は大きく息を吸い込んだ。
「冬瓜だ、俺が畑で作った冬瓜だよ!!!」
親父の顔が煌々とするとベアーとルナはその様子にただならぬものを感じた。
魔女の勘がささやく、
『これはマズイわ……』
僧侶の勘がささやく
『この展開はヤバイ……』
二人の勘は見事に的中した、なんと親父プレゼンツの『冬瓜劇場 第二幕』が始まったのである。
この後、二人は店の親父により小一時間、冬瓜について語られたのであった。
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冬瓜劇場第二幕を終えて店を出るとベアーがため息を漏らした。
「……長かった、聞いてて疲れた……」
ベアーが親父の話をそう評するとルナが同意した、
「センスのない劇団員なみだったね……」
話すという行為は実のところ簡単ではない。話の内容もあるが話し手の口調やジェスチャーによるところも大きい……一所懸命に話せば話すほど聞き手にとってうざくなることもある……
「……料理はおいしいんだけどね……話はね……」
ルナがそう言うとベアーがそれに同意した、
「冬瓜劇場の第三幕は勘弁してもらわないと」
ベアーがそう言うとルナが突然に妙な表情を見せた。
「じつは私、さっきから気になることがあるんだよね……」
そう言ったルナの視線は安定しない、何かを探しているようにも見える。
ベアーは首をかしげたがルナはベアーの心配をよそに物思いにふけった。
「散歩のついでに調べ物をしてくるわ」
急に思いついたようにルナはそう言うと靴の紐を締めなおした。
「夕方には戻るから、宿で待ち合わせしましょ。」
ルナは何やら気がかりがあるようで別行動を取る様子を見せた。
「何を調べるんだい?」
ベアーが尋ねるとルナは神妙な面持ちを見せた。
「ちょっと気になるんだよね……魔女的に……まあ、僧侶には関係ないことよ」
ルナは快活に言い切るとすたすたと歩き出した。
「じゃあ、あとで!」
ルナの唐突な発言に若干ながらも驚いたベアーであったが状況を精査した。
『日も高いし……ここは治安が悪くなさそうだし、大丈夫だろ』
ベアーはそう判断するとルナを快く送り出した。
*
ルナが視界から消えるのを確認するとベアーは一変してその表情を変えた。にたりと笑うと策士的な目つきを見せる。
「『渡りに船』とはこのことか……」
実のところベアーのレビ滞在には聖女の沐浴以外の目的があった。そしてその目的達成にはルナの存在は厄介であった。
『このチャンスは絶対に逃せない……』
ベアーは財布に入っている現金を確認した。
『これならいけるはずだ』
ベアーの脳裏にウィルソンの言葉がよみがえった……3日前にベアーとウィルソンが昼休みに倉庫でかわした会話である。
***
「春もたけなわるになると忙しくなるからな……今のうちに休暇をとっておいたほうがいいぞ」
言われたベアーは即座に反応した。
「レビに行って聖女の沐浴を見てこようと思うんです。」
それを聞いたウィルソンは人差し指を顎に当てた。
「あそこか……4年に一度のイベントだな、俺も一度行ったことがある」
ウィルソンはそう言うとレビの地理と歴史についてかいつまんだ。その内容は貿易商らしく実用的である。レビの産物、産業、人種的特徴、そしてレビ川の堤防について滑らかな口調で発言した。
だが、ウィルソンはコホンと咳払いするとその表情を突然変えた。
「聖女の祭りもいいが『別の祭り』もある」
ベアーはウィルソンの物言いに何やら感じた。それは貿易商見習いとしての勘である
「あそこは緑が深く、きれいな湧き水の泉もあるからエルフが多いんだ。ハーフやクォーターも少なくない……森林浴を楽しんでいる」
ウィルソンはそう言うと核心に触れた。
「エルフもこの時期は祭りを開くんだ……聖女の沐浴にならって……レビの近くにあるエルフの里で……エルフの娘たちも4年に一度ということで奔放に振る舞うことも少なくない。」
ウィルソンは口角を上げてニタリとした、中年のおっさんの好色な表情が輝く。
「性女の祭りだ!!!」
ベアーはその言葉の響きに生唾を飲み込んだ。
だがウィルソンの話はそれで終わらなかった、
「この時期だけはダークエルフも出没するらしい……一生に一度見られるかどうかという存在だ。」
ベアーはおとぎ話でしか耳にしたことがないその単語に括目した。ダークエルフとは100年に一度生まれるというエルフの中でも『ELF OF ELF』(エルフの中のエルフ)といわれる存在だ。
「運が良ければ性女の祭りでダークエルフと……」
ウィルソンが卑猥な表情を浮かべるとベアーの中で性少年としての欲望が熱き炎として燃え滾った。
***
ベアーはウィルソンとの会話を思い起こすと大きく息を吐いた。
『ルナがいれば目的は果たせない……だが、いまは最大のチャンスだ!!』
ベアーは脳内で綿密な計画を練り上げた、そこには童貞卒業をもくろむ少年の真摯な思いが集積している。
『ダークエルフとニャンニャンするぞ 大作戦!!!(童貞喪失をそえて)』
ベアーは心のうちでミッションを自分に課すと、それを完遂するために大きく足を踏み出した。その表情は雄々しく勇ましい、歴戦の英雄が魔王を打ち倒すごとき気迫が感じられるではないか……
だが、そのベアーの行く手には『アイツ』が佇んでいた。その様子はいつもにも増して泰然としていてふてぶてしい。
「そうか、お前もか……」
ベアーがそう言うと『アイツ』は『当然だ』といわんばかりの表情を見せた。そしてベアーに手綱を渡すことなく自ら歩き始めた。その闊歩する様はまだ見ぬ境地を求める探究者のようである。
『ダークエルフは俺がいただく!!』
その眼にはそう言わんとする強い意志が感じられるではないか、
だが、ベアーも負けるつもりはなかった。
「童貞を舐めないほうがいい、ダークエルフと添い遂げるのは俺のほうだ!!」
貿易商見習いとロバの間で火花が散る……少年とロバはダークエルフを巡る熱い戦いへと身を投じることになった。
聖女の沐浴を見た後、ダイナーで食事をしたベアーとルナですが……
ルナは何やら魔女の勘が働いたようで、別行動を一人で取ることになりました。
一方、ベアーは『本来の目的』を果たせると判断すると、すぐさまエルフの里へと向かおうとします。(久々にロバ登場!)
果たして、この後、どうなるのでしょうか?




