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第六話

12

さて、初日はあまりの人の多さに聖女の沐浴というイベントを見逃したベアーたちであったが……


 翌日は引き続き行われるイベントを見るために、早起きして滝の近くにある眺望のいい場所を陣取ろうと試みていた。



だが、しかし……二人の前には思わぬものが待ち構えていた。



 朝5時に起床して、目的の場所に6時前には着いたのだが…そこでは地元住民と思える業者が立て看板をもって行く手を防いでいたのである。



「観覧席料金、85ギルダー……」



 観覧料金は安宿の宿泊費用と同じくらいの値段がついている……ベアーたちと同じ考えを持って早起きしてきた観光客たちもあまりの値段の高さにしり込みしていた。


「昨日は、こんな看板なかったぞ!」


 中年の男性客が禿げ上がった頭皮をさらしてそう言うと立て看板を持った若い男は知らぬふりをした。



「新しく席を作ったんですよ、見やすいように~ 皆様のためです~」



 わざとらしい言い方だが、若い男は座席があることを示唆した。指した先には実に粗末な丸椅子が点々と置かれている……


「この位置は聖女の沐浴が近くで盛られる特等席です。素顔が見られるかもしれない。聖女、アルマ ブルックリンの血を引く血縁の顔が見られるんですよ~」


若い男の口ぶりからベアーは思った、



『ここの住民の儲け方はぼったくりというよりあこぎだな……商売人としてもありえない』



 ベアーは貿易商の見習いとして当然至極な思いを持ったが、その思いが通じる相手とは思えなかった。


『……居直ってるしな……』


若い地元民が余裕綽々の様子で観光客を値踏みする様を観たベアーはそんな結論に至った。



そんな時である、後ろにいた観光客が声を上げた。



「あんたたちはぼったくりばっかりじゃないか。宿も土産物屋も高いのに、早起きしてきた客からも取ろうってのか! 少しぐらい値引きしろってんだよ!!」


一人が息巻くと他の客もそれに同意した。


「そうだ、そうだ!!」


「高すぎだ!!」


「安くしろ!!」


 ルナもこぶしを突き上げて応援した、その様子はぼったくりを糾弾する中年の主婦のような厳しさがある、値引きに応じなければ拳を交える覚悟さえ滲んでいるではないか……



「子供料金は半額に決まってんだろ、オラ!!! なんで大人と同額なんだ!!」



ルナが息巻くと子連れの観光客が続いた、



「そうだ、高すぎだ。家族連れをなんだと思ってんだ!」



 早朝から聖女の沐浴を観覧しようとしていた客にとっては平手打ちをかまされたようなものである、その権幕はすさまじい……


 だが、若い地元住民は何食わぬ顔を見せた、その表情は値引きなど1ギルダーもしないという意思がある。むしろ、その態度は挑発的にさえ見えた。



『こりゃ、無理だな……』



 ベアーがそんな風に思ったときである、観光客の後ろから整然とした音を立てて紺色の僧衣に身を包んだ一団が現れた、その手には錫杖が握られている。



「何の騒ぎだ!」



錫杖を地面に突き立てて威嚇する僧兵たちの姿勢に観光客はおののいた。



「いえ、その、観光客が……」



 若い地元民がそう言うと僧衣の一団からヌッと一人の男が現れた。背が低く、頭髪は禿げ上がり、背中に妙なこぶがある人物である。


観光客たちはその醜さに息をのむと閉口した。


その人物は観光客をねめまわした後、若い住人の手にしていた看板を見やってニヤリと笑った。



「【印】がはられていない。お前、町に届け出をしている業者ではないな?」



言われた若い住人はブルッと身を震わせた。


「いえ、あとから届け出は出すつもりで……その……売り上げからお布施のほうはさせていただきますので……」


若い住人がしどろもどろにそう言うと背虫の人物はそれを認めなかった。



「話は詰所で聞こうではないか」



背虫の人物はそう言うと、若い男を後ろに控えていた僧兵に連行させた。



「みなさん、不快な思いをさせました。もぐりの業者が暗躍していたようです。あの者はこちらで成敗しておきます。」



背虫の男は禿げ上がった頭を下げた。



「せっかく早起きをして遠くからいらっしゃったのです……どうぞ、無料で聖女の沐浴をご覧ください。」



背虫男は観光客たちの心配を払しょくした。



「明日は新たに作られた聖女廟がお目見えとなります。こちらはいくばくか入場料をいただくことになりますが、どうぞ聖女廟にもご足労いただければ嬉しい限りです」



背虫男はそう言うと、そのあとは何も言わずにその場を去った。



ベアーはその後ろ姿を眺めた、



『どうやら、まともな人間もいるようだな……』



だが、その一方で連行された若い男の顔が引きつっていたことは記憶に焼きついた。



『あの若い人……どうなるんだろう……』



13

炭焼き小屋の主人であるアルフレッドは地下へと通じる階段を下りて通路を進んだ。土壁と漆喰で支えられた空間である。妙に寒々しく空々しい……人工的な通路には暖かみなど微塵もない……


 アルフレッドは足元をカンテラで照らすとスタスタと歩いた。そしてしばし歩くと何もない行き止まりが現れた。


『ここだな』


 アルフレッドはカンテラであたりを照らすと何の変哲もない土壁に手を置いた。その瞬間、置いた右手の血管が浮き上がった。


 不快な感覚に襲われたアルフレッドは歯を食いしばった、右手から背骨にかけて悪寒が走る……アルフレッドは体を震わせると荒い息を吐いてその場に膝をついた。その顔面は蒼白である……


そして、しばし……


 アルフレッドが顔を上げるとそこには扉があらわれていた。妙な文様が幾重にも描かれている……実に禍々しい……


                                 *


アルフレッドは鍵を開けて扉の中に入ると目の前にある泉に近寄った。



『英知の血漿、賢者の命を吸って造られた泉……いつ観ても美しい』



 一人ごちたアルフレッドは湧水により保たれた泉に近寄った。透き通った水面は青みがかっている。その透明度はすこぶる高く、鏡を見ているようである。


 アルフレッドはおだやかな泉の水面に指を置くと『レビ』となぞった。その瞬間、水面がわきあがり、滝が逆流するかのようにして水の柱ができあがった。その水柱の中にはアルフレッドの書いた文字を起点として樹形図のようにして新たな文字群が浮かんでいた。


『これとこれだ』


 アルフレッドはその水面から浮かび上がる文字群のなかで気になった単語を指で触った。そうするとその文字群から波紋が発生して新たに関連する文字群が生まれた。


『なるほど……』


アルフレッドは想定外の知識に顔を歪めた。



『200年前……レビで聖女とたたえられたアルマは治水や土木の知識が豊富で民から慕われた。だが……それだけではなかった……アルマは魔道の知識に精通していた……秘密があったのだ。』



アルフレッドは単語の連なりとなって押し寄せる情報の波紋を見て深いため息をついた。



『魔道器が反応したのも当然と言えば当然だな……』



アルフレッドは川を遡上するようにして現れる単語をさらに分析した。



『……魔人の召喚した大悪魔を倒すための策とはいえ、あまりに不道徳な行いだ……』



 200年前、魔人の残した大悪魔との戦いにおいて、当時の人々は数多くの魔道器が製造していた……だがその中には禁忌と呼ばれる論法を用いて作られたモノも少なくない……



『聖女アルマ……お前という人間は……』



アルフレッドは思いもかけぬ聖女の姿に言葉を亡くした。



『そして、この事実を隠すために100年前の人々が……さらには現在の人々へと』



アルフレッドはさらに検索を進めた、



『なんだ、この紋様は……『子供たち』……どういう意味だ?』



アルフレッドがそう漏らしたときである、その胸に激痛が走った……



『マズイ……これ以上は……体が持たぬ……』



アルフレッドはその場に崩れ落ちそうになった。



『まだ、調べねばならぬことがあるのに……』



アルフレッドはそう思ったが、彼の体は限界を迎えていた。



イベント観覧のために早起きしたベアーとルナでしたが……そこで思わぬ事態をその眼にします。(背虫男、セルジュと初顔あわせです。)


一方、アルフレッドは炭焼き小屋の秘密の空間で調べ物をしますが……体力が持たず倒れてしまいます。


はたして、物語はこの後いかに?

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