第三話
5
ベアーたちは初日から聖女のイベントに顔を出してみたが、その人の多さに言葉を亡くした。
『……多すぎる……』
1000人近くの見物客は聖女の血縁になる人物が滝で沐浴しようとする行為を見ようとしていたが、滝の近くにある窪地が思いのほかにせまく、ほとんどの人々がその姿を拝めなかった。
『こりゃ、今日は無理だ。まだ4日間イベントは続くし……戦略変更が必要だな』
ベアーはそう思うとルナを連れ立つと屋台の並んでいるほうに目を向けた。
『とりあえず、こっちのほうで様子を見よう』
町から滝までの細い道には様々な屋台が出ている。惣菜をパンにはさんだサンドイッチを売る店もあれば、ブルーベリーのジャムを瓶詰にして並べている店、妙な民芸品を売りつける店……さまざまである。
ベアーは屋台群にその目を移すと貿易商見習いの勘をはたらかせた……
『どこも微妙だな……』
明らかに観光料金と思える値段はお世辞にもリーズナブルとは言えない。ぼったくりといわれない程度におさえているものの……やはり高い……
『4年に一度だからって、もう少しおさえてもバチは当たらないんじゃ……』
ベアーがそう思って眺めていると、屋台の戦略にはまった一人の観光客の男が声を上げた。
「なんだ、この岩魚……半身じゃないか……」
通常の岩魚の塩焼きであれば、一匹丸ごとを串に刺して焼き上げるのだが……声を上げた客の岩魚は半身がうまいことそぎ落とされていた。飾り包丁を入れて見栄えを良くする演出とは思えない……
『値段は一般的にみせているけど、中身を減らす戦略か……いやらしいな』
商売をしていると、内容量を減らしたり、他のものと混ぜて質を落とす姑息な戦略はよくあるのだが、レビの屋台も同じらしい……巧妙とはいえ岩魚の半身をそぐ焼き方はさすがにやりすぎだとベアーは思った。
『こんなの、買いたくねぇよな……』
そう思ったベアーであったが、また別の犠牲者と思しき人物が声なき声を上げた。
『………』
それはいつの間にやらベアーのもとを離れ、そしていつの間にやら戻ってきた人物である。手にした飴をベアーに見せるといかんともしがたい表情を見せた。
「……これ……」
緑鼈甲のような色合いの飴は一見すると実にうまそうである……少女はその色と甘味に胸をときめかせていた。
……だが、その味は想定をはるかに超えていた……ベアーはその飴の匂いを嗅いでから口に放り込んだ。
「………」
ベアーがあまりのまずさに沈黙していると少女が口を開いた。
「高いだけじゃなくて、マズイだなんて、許せないでしょ!!!」
少女がそう息巻くとベアーが神妙な表情を浮かべた。その目つきはいつになく真剣である。
「ルナ……これは……ぼったくりじゃないかもしれない」
それに対してルナが叫んだ。
「10ギルダーはするわ、こんなに不味いわで、あんた、何言ってんの!!!」
価格を耳にしたベアーは飴の味には顔をしかめたが、その独特の苦みやえぐみの中に天然のフレーバーを感じ取っていた。
「たぶん、これにはドクダミとクマザサがはいってるじゃないかな。滋養強壮、免疫力アップ、年寄にはご用達の薬草だ。それを飴の中に練りこんであるんだよ」
ルナは眉間にしわを寄せた。
「苦いし、臭いし、こんなの食べられないじゃん!!」
ルナが息巻くとベアーは落ち着いた表情で発言した。
「クマザサは安い材料じゃないからね、この値段は妥当だと思うよ……見てごらん、あの店で飴を買っているのは観光客じゃない……地元民だ。地元民からぼったくれば、後々商売に支障をきたすだろうから……やっぱりぼってはいないと思う」
ベアーが貿易商の見習いらしい分析をするとルナがその口をとがらせた。
「そんなこと言われたって……年寄ようのクソマズイ飴なんて健康優良児には意味ないじゃん!」
ルナが息巻いてそう言うと……突然に草葉の陰から小さな子供が顔をのぞかせてクスクスと笑った。その表情は実に愉しそうである、観光客の失態を地元の子供が笑っているのであろう……
「あんた、なに笑ってんの!!」
ルナが怒りを込めてそう言うと、小さな子供はおかっぱ頭をそそくさと草葉の陰に隠した。その動作は実に速い。
「ったく、人の失敗を笑うなんて!」
ルナはお冠の表情を浮かべたが、ベアーは何やら今の子供の衣服に妙なものを感じた。
『……あれは普通の町の子供が身に着けるものじゃないな……祭礼服……みたいだ……儀式で使うのかな……』
ベアーはそんな風に思ったがルナの一言で我に返った。
「ちょっと、まともなものを食べに行きましょ!」
ルナはそう言うとベアーの袖をつかんで歩き出した。
ベアーは何ともなしに振り返ってみたが、妙な衣服に身を包んだ子供が隠れた茂みには気配さえなくなっていた。
6
ベアーたちは聖女の沐浴イベントから距離を置くと、地元の人しか行かないようなダイナーに足を向けた。
裏寂れて荒涼としたメインストリートの裏側には人影が少なく、地元民でさえその姿を見せていなかった。
「なんか、人が少ないよね……」
不安になったルナがそう口にすると、ベアーもそれに同意した。
「これだけ観光客がいるのに、この通りだけは……おかしい」
ベアーは食堂に入るか迷ったが、腹もすいているので思い切って店のドアを開けることにした。
たまには冒険も悪くないと思ったからである。
*
店内は地元客が2組と店主と思える中年の男がいた。店主はベアーとルナを見ると特に感慨もない様子を見せた。
ベアーはルナとともにカウンター席に陣取った。
「何にする?」
店主の物言いは田舎の親父といった具合で、無愛想ではないが親切でもない……
ベアーは薄汚いメニューにのっていた川魚の塩焼きを、ルナは店主のおすすめという具だくさんのスープを頼むことにした。
*
期待せずにしばし待つと、二人の頼んだ品がテーブルの上に置かれた。ベアーの頼んだ川魚の塩焼きは直火で焼き上げた後に塩を振っただけのものだが、大ぶりで食べごたえがありそうである。
ルナの頼んだスープは琥珀色の澄んだ液体の中に食べやすく切られた野菜やキノコがふんだんに入っている……スープのベースはコンソメであろうか……
メニューと違って実物はまともである、二人はさっそく口に入れた。
「全然臭みがない……レモンをかける必要さえない」
川魚は鮮度が落ちやすいために生臭くなりやすいのだが、ベアーが頬張った魚にはそうしたものはない。かんきつ類を使ってごまかす必要もなかった。
「これ、うまいな……」
いっぽう、ルナは具だくさんのスープと格闘を始めていた。葉物野菜と根菜、そして食感の強いきのこが口中で戯れる。スープを『飲む』というより『食べる』と言ったほうが適切な一品である……
「キノコの触感がいいよ、人参もおいしいし」
おもわぬ味の良さに二人は首をかしげた……店構えとはことなるものがある。
『客は入ってないけど……あたりだな……穴場ってやつだな……』
ベアーがそんな風に思うとルナが不可思議な表情を浮かべた。
「この緑の皮のついたヤツなんだろ……ちょっと苦いんだよね」
ルナがスプーンですくったのは白っぽい半透明の物体である。ベアーものぞいてみたが、見たことのないものだ……首をかしげた。
その様子を見た店の親父が答えた。
「それは冬瓜だよ、うちの裏の畑で作ってるやつだ」
ベアーが聞いたことのない野菜の名に興味を持つと、それを察した店の親父が実物を見せて特徴を述べた。
「この地域ではポピュラーなんだけどな」
親父がそう言うとルナが冬瓜をシゲシゲと眺めた。
だが、これがいけなかった……ルナの好奇心が親父の中でくすぶる火をおこしたのである。親父はコホンと咳払いすると二人にむけてニヤリと笑った。
この後、親父の冬瓜に対する説明は30分……さらに冬瓜の栽培方法について15分……計45分の冬瓜劇場が開催された。店の親父は顔を高揚させると二人に対して冬瓜に対する熱い思いを滔々とぶちまけた。
ベアーとルナは親父の冬瓜劇場に辟易したが『邪険にして機嫌を損ねるのも悪い……』と思うと、小さくなって話を聞き続けた。
二人の間を何とも言えない時間が過ぎていった……
店員に質問したところ、やたら長い説明を食らって時間を失うというトラブル……みなさんも経験ありませんか? ちなみに作者は3回ほどあります……




