第二話
3
4年に一度行われる聖女の祭りは厳粛さを兼ね備えていた。単なるイベントとは異なり、歴史的な重みと静粛さがにじみ出ている。
レビは200年前、魔人の残り香といわれる大悪魔との戦いにおいて主戦場となった土地である。陰惨極まりない戦いの中で希望を失った人々は大悪魔の猛攻により全滅寸前までおいつめられた過去があった……
だが当時、一人の尼僧が立ち上がったことで戦況が一転している。
アルマと呼ばれる尼僧が戦況を覆すような奇跡をおこし大悪魔を退けたのである。
後に彼女は聖女と呼ばれるようになると、その功績をたたえた後世の人々が『生誕祭』を催してアルマを崇めるイベントをおこした。そしてこの生誕祭が現在になると一般観光客だけでなく聖女を崇める聖職者を呼び込むイベントとして定着したのである。
『聖女のお出ましだ!』
独特の雰囲気が包む中、聖女の血族が白い衣に身を包んで現れるとその周りの人々は息をのんだ。
『滝までの行脚に追随するぞ、そうすれば御利益が得られる』
観光客と聖女を崇める僧たちは聖女に扮した人物の歩みに合わせて敬意を払いながら慎重に歩み始めた。ゾロゾロと列をなす姿は何とも言えないがその表情は皆一様に真剣である。
*
『なかなかの客の数だ……』
滝へと聖女が向かう途中には石煉瓦で組まれた3階建ての庁舎がある、その庁舎の3階の窓から遠眼鏡を使って来訪者の様相を見ている人物がボソリとこぼした。
『4年に一度だ……稼がせてもらわねばな』
聖女に扮した人物が歩き出すと、その後ろを集まった人々が列をなして歩き出した。その数は500人を超える……
『これだけの数であれば、それなりの収益がある。だが充分ではない……』
遠眼鏡を外した初老の男は不満げな表情を浮かべた。
『もともと何もない土地だ……多少の話を盛ってでも集客せねば意味がない……』
男がそんなことを思っていると後ろの扉がノックされた。
*
初老の男が『入れ』というと背中にこぶのある小男が入ってきた。俗にいう背虫男である。年老いているのか若いのかよくわからない風貌である……年齢不詳といっていい。
「町長、万事 運んでおります……」
背虫がそう言うと町長は『当然だ』といわんばかりの表情を見せた。
「多大な資金を投入している、それを回収せねばならん。このイベントに経済的な失敗は許されない」
町長といわれた初老の人物は大きな鷲鼻に手をやった。
『宗教都市として鞍替えして税の控除を勝ち取らねば、イベントの利益も意味がない。いつまでもアホのように税金を払うのは馬鹿げたことだ。何もせぬ役人の給料ためにびた一文払えるか』
町長は頭の中でそろばんをはじいた。
「聖女の祭りは我々の懐を温めるものでなければならない、何もせずに税を徴収する国にはもういい加減にうんざりだ。」
町長がそう言うと背虫の男は深くうなずいた。
「その通りです。何もしない国に売り上げをかすめ取られるのは町の住民も許せぬものがあるでしょう。200年前、魔人の残した悪魔との戦いで大きな功績を遺した聖女の息吹がかかったこの土地はダリスという国家以上の価値があるのですから」
背虫男は怒りの滲む言動を見せた。
「工事の遅延はこまるぞ、残業も気にせず工事を続けるのだ。最終日のイベントに間に合わさねばならない!」
町長が並々ならぬ物言いで圧力をかけると背虫男はかしこまった。
4
背虫男は町長の意を受けて工事現場へと向かった。すでに8か月以上の月日が流れ、現場では神殿と思しき建築物が姿を見せていた。
『……聖女廟……』
200年前、魔人の召喚した大悪魔との戦いにおいて大きな功績を遺した聖女をたたえるために建造している墓である。
レビ滝の裏にある洞穴を掘削し、そのくりぬいた空間を整地して宮殿のごとき構造の建築物を作り上げようとしていた。白い大理石を幾重にも積み上げた外観はすでに整っていて荘厳なたたずまいが現出している
『あとは内側に必要な工事を進めるだけだ。』
聖女廟はレイアウトを調整して必要な照明や調度品を並べる必要がある。備品の運び込みや清掃といった細かな作業も残っている。
『もう少しだ、あとは聖女様の棺をすえつけて、その高貴な遺骸を棺の中に安置できれば』
背虫男、セルジュは職人たちが棺を納めるスペースを構築している様を見てその胸に手を当てた。その姿勢には聖女に対する畏敬の念が滲んでいる……
『貧しき者に光を当て、病めるものを導いた……醜き者にも暖かな手を差し伸べた……』
醜い容姿として生まれたセルジュはその聖女の逸話を耳にしたときに熱い思いを持った。
『弱き者に知恵を授け、障害を持つ者にも仕事を与えて自尊心を育み、すべての者が手を携えるように導いた……なんと素晴らしきかな』
セルジュはその醜い容姿から現在に至るまで様々な誹謗中傷を受けていた。そしてそのほとんどが理不尽で倫理にもとるものであった。
『私を生んだ親でさえも、私を疎んじた……』
生まれてこのかた、セルジュはその容姿を揶揄され続けてきた。見た者のほとんどが顔をそむけてセルジュと話すことを嫌がった。表向きは何食わぬ様子を見せている者も見えぬところでは陰険な一言を発していた。
≪あのこぶ……気持ち悪い…≫
≪手足が短い≫
≪背が低くて腹が出てる……禿げてるし…≫
≪全体としてどうしようもなく醜い≫
セルジュはそうした言葉や人々の視線に対して卑屈になり自殺さえ考えたこともあった。特に思春期においてその気持ちは強かった……多感な年ごろを醜き容姿で過ごすことは実につらく……そのほとんどを独りで過ごした
『私には友もいない……語らうことさえ許されなかった……』
醜い容姿を嫌がった父母はセルジュを学校には行かせず、母屋に隣接した納屋に閉じ込めた。建前としては学校でいじめられることを危惧してのことだが、実際は醜い子供がいることを他人に悟られ、揶揄されるのを嫌がったためである。
結果としてセルジュは自由を奪われ、余計にストレスを感じるようになった……
『幼き日々は、本当につらかった……年ごろになっても相手にされず、恋をすることもかなわなかった……』
だが、そのセルジュにも光はあった。それは祖母が与えた書物の中にあった。200年前に生誕した聖女の残した導である。
『あの方の教えが、今の私を構築した。卑屈で自信のなかった私のゆがみを正してくれた』
教えとは≪導の書≫と題された聖女の語録を編纂した書物のことである。300ページに渡る導の書は道徳や倫理をわかりやすく説明するだけでなく、弱き者を導く必要性を説いていた……
そして、その内容は昏く澱んだセルジュの心に光を当てた。闇を焼き払ったと言って過言でなかった……
『あの方の教えのおかげで、今の私は存在しているのだ……ああ、聖女よ』
セルジュは胸に熱い思いを秘めていた。
『あのお方のために、私は命を捧ぐことさえ厭わない』
セルジュは200年前、このレビに生まれた聖女に対して深く心酔していた。そしてその思いは純粋なる信仰ではなかった。崇高なるものへの思慕、否、恋慕となっていたのである。
町長とセルジュ(背虫男)という人物が新しく加わりました。はたして彼らはどんな動きを見せていくのでしょうか?




