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第一話

ポルカ近郊にある炭焼き小屋……その煙突からは煙がもくもくと出ている。切り出した木材を窯で焼きあげているのだ。


 その中の湿度や温度は炭質を左右するため職人にとって火加減と燃焼時間は難儀するところである……



『悪くは……なさそうだ……』



 焼きあがった炭を窯から取り出して確認した老人はそう思うと、窯から少しばかり離れた母屋へと足を進めた。



 小屋の主人である筋骨たくましい老人、アルフレッドは炭焼き作業を終えるとテーブルにあったワインを木製のカップに注いで一気に煽った。


『炭の出来はここ最近で一番だ』


 アルフレッドは満足した表情を見せたが……もう一杯ワインをカップに注ぐと大きな息を吐いて物思いにふけった……その表情は昏く、どことなく背徳的である。



『各地にある魔道器の回収はそれなりにうまくいっている……だが、小さなものばかりだ』



 アルフレッドは世に存在する魔道器の回収とその破壊を目的とした特殊な集団の長を務めていた。300年前、魔人との戦いにおいて作られた魔道器は数多く、各地にあるそれらを制御しなければならない。



『魔道器が人の手に渡れば、何が起こるかわからん。なんとしてでもそれを阻止する必要がある』



だが、その回収と管理は思ったほどうまくいっていなかった。



『我々の知らぬ魔道器も数多あまたある……回収どころかその存在さえわかっていないものも……』



 魔道兵団の長として魔道器の処理を長年にわたり担ってきたアルフレッドであったが自分の想定を超えるものが存在していることも認識していた。


『だが、そうした魔道器が一体どこにあるのか……』


 アルフレッドがそう思ったときである、母屋の戸がノックされた。そのノック音は明らかに特殊である……


アルフレッドはその表情を変えた。



『どうやら何かあったようだな……』



アルフレッドはそう思うと小屋の入り口を開けた。


                              *


 炭焼き小屋の戸口を開けるとアルカ縄であまれたリュックをしょった女がいた。一見すれば行商人といって過言でない。その女はアルフレッドを見ると口を開いた。


「団長、お知恵を拝借したいのですが」


女が恭しくそう言うとアルフレッドは不審者を見るような目つきで答えた。


「わざわざここまで来るということは普通の事案ではないということだ。それがわかっているのだろうな?」


 通常アルフレッドは連絡手段として伝書鳩を用いて通信するのだが、女の行為はそれを逸脱していた。


 それをわかっているのだろう……女は神妙な表情を見せるとリュックを降ろして中身を見せた。そこには魔道器を探知するための道具がおぼろげな光を点滅させていた。


 アルフレッドは明滅する探知機にめをやったがそれには気を取られず、その脇に詰められたモノに視線を移した。


 それはハムやソーセージ、さらにはチーズなどである……いずれも高級貴族でさえなかなか手に入らない超高級品である……


 アルフレットは相変わらず不快な表情を崩さなかったがリュックの中にある生ハムの塊を見ると、テーブルにおいたワインのことが頭に浮かんだ。



『……やむをえまい……』



アルフレッドは女に向けて『入れ』と目で合図した。



暖かな日差しが道中を包んでいた、初春とは思えぬ温暖な気候はきびしい冬の寒さを忘れさせるだけの穏やかさがある……


 街道を歩く旅人の姿には活気があり、その表情は朗らかである。雑談を交わしながら歩む姿は高名な詩人のサーガで謳われても申し分ないだろう。


そんな街道には一人の少年と少女、そして一頭のロバが歩いていた。


 少年の名はベアリスク ライドル。高名な僧侶の家柄であるが、その貧しい暮らしに辟易して、現在はポルカにある貿易商のみならいとして生計を立てていた。どこにでもいそうな風貌と容姿は特にこれといった特徴もなく平々凡々としている。


 隣を歩く少女はルナ。見た目こそ10歳程だが実年齢は58歳であり、魔法を使うことのできる魔女である。少し伸びた髪を後ろでしばり、先のとがった木靴を履いている。鼻をツンとさせて気の強そうな表情をしていたが、目がクリッとしていてかわいらしい。


 そして、不細工なロバ。その造形は神のいたずらとしか思えぬほどにアンバランスである。足が短く顔がでかい。だがその面構えには妙な愛嬌があり、なぜか憎めぬものがある……ロバは飼い主を無視して気になる異性に向かって流し目からのウインクというコンボを見せている。


 この一行は冬の仕事を終えたことで休暇をもらうと、まだ見ぬ土地へと歩みを進めていた。


                                *


「ねぇ、ベアー、ここでやるお祭りは4年に一回のイベントなんでしょ」


おさげをした少女がそう言うとベアーと呼ばれた少年が興奮した表情を見せた。


「そうだよ、聖女の祭りっていって……近隣からも観光客が来るんだ。200年前にここで生まれた人物が聖女としてまつられていて、その人の功績をたたえる祭りなんだよ。」


 ベアーたちが目的としている場所はポルカから南東に20kmほど離れたところにある山村集落である。そこで催されるイベントを物見遊山するために徒歩での旅を敢行していた。


「食にかんしてもおもしろい土地なんだ。シカ肉やイノシシの肉を使ったジビエは上流階級の連中には人気だし、山菜もとれるんだ。」


 ベアーたちの目的地であるレビという町は人口こそ多くはないが緑豊かな土地であり、避暑地としては最適の場所である。山の幸も豊富で山菜やキノコ類は近隣だけでなくポルカまでその名を知らしめている。


ベアーは地理的な説明を続けた、


「このあたりの人はレビ川の恩恵なくしては生活できないんだけど、レビ川の堤防は200年前に造られた基礎工事がもとになっているんだ……いまでもメンテナンスされて使われているんだよ。」


 北方に伸びるレビ川は水源としてダリスの人々の生活に重要な役割を果たしていた。生活用水、船を使った物流用の水路、支流に張り巡らされた農業用の灌漑、レビ川の水は人々の営みを大きく支えている……


ベアー一行がレビ川にそって西北西に進むと、その視野に緑豊かな森林地帯が映った


 針葉樹林と広葉樹林の混合した森が彼らの行く手にあらわれる、その立派な木々は実に雄々しい姿をみせている。


 ベアーたちの耳には規則正しく甲高い音が聞こえていた。すでに雪が解けて足場がならされているため木こりたちがマサカリをふるっているのである。


「ここの材木は建築資材として重宝されるんだ。貴族のセカンドハウスとか富裕な商人の高級コテージはこの地域のヒノキが使われるんだよ。」


ベアーがウィルソンから教えられたことを伝えると魔女の少女はフンフンと頷いた。


「あとサウナっていう蒸し風呂みたいな文化があるんだけど……その時もこのヒノキが活躍するんだって……ヒノキ独特の香りが風呂場に拡がってリラックス効果が見込めるらしい、そのサウナにエルフも来るらしいんだ」


ベアーが一瞬だがニヤけると少女がベアーの顔をマジマジと見た。



「あんた、いま、何考えたの?」



真顔で尋ねられた少年はわざと視線を外した、


「いや、別に……」


だが、少女はジットリとした視線をベアーに浴びせたおすとその発言を遮るようにして口を開いた。



「あんた、今、いやらしいこと考えたでしょ?」



 サウナとエルフという単語を発したベアーが見せた一瞬の表情を少女は見逃していなかった。年ごろの少年がもつ健全な妄想を魔女の少女は見抜いていた。



「あんたの考えそうなことはお見通しよ、エルフのケツとムネくらいでしょ!」



 言われたベアーは何食わぬ顔を見せた、必死の演技である……だが、その眼の動きは魔女の少女の詰問をさらに加速させた。



「『サウナでエルフとニャンニャン大作戦!』あんたの考えそうなことはその程度でしょ?」



 魔女に図星をつかれたベアーは視線をもう一度ズラすと、コホンと咳払いして何事もなかったかのように話をすり替えた。



「レビ川には川エビがいて殻ごとから揚げにするんだ。それがね、絶品らしいんだ!!」



 ベアーが力説したがルナは相も変らぬいやらしい視線を浴びせ続けた。そこにはベアーの戦略など眼中にないと言わんばかりの激しさがある……


『マズイな……矛先をそらそうとおもったのに……効いていない』


ベアーは思った、


『……次の一言を間違えると旅の始まりから命を懸けたコントが始まってしまうぞ……』


ベアーは内心、甚だしく狼狽した。


そんなときである、突然、ロバがいなないた。


                                *


 ロバのいななきは開けた視界に突如現れた猛々しい滝に向けられたものであった。眼前に広がる雄々しき滝はしぶきをあげながら50m近くの高さを落水している。水量が豊富であるがゆえにその落水地点には幾重にも虹がかかっていた……絶景といって過言でない情景を作り上げている


「わぁ、すごい!!」


 ルナもその滝の様子に心を奪われたようで、かわいらしい少女のような表情を見せた。そこにはベアーの意図を見抜いた魔女のいやらしさはない。


ベアーはその表情を見るとガイドブックで手に入れた知識を披露した。


「この滝はレビ川の上流に位置しているんだ。ダリス百景に数えられているんだよ、水量が豊かで水の透明度も高い。たくさんの画家がこの滝のことを書いているしね。社会の教科書にも載ってるくらいだからね。」


ベアーはしたり顔で続けた、


「でも、それだけじゃない、この滝の流水はレビ川に続いているんだけど……そのきれいな水で育った岩魚イワナはうまいんだ。塩焼で食べるのが一番って言われてる!」


ルナは『一番』という単語に興味を示した。



「……それ、おいしいの?……」



それに対してベアーが答えた。



「間違いない!!!」



ルナは機嫌を直すと川魚を食すことにフォーカスした。その表情はイキイキとしている


それを見たベアーは策士の表情を浮かべた、



『とりあえず、危機は回避した……だが、この旅での目的は悟られないようにしないと』



ベアーは聖女の祭りをメインとしたレビの旅において大きな計画を脳裏に描いていた。



『……秘密裏に進めねば……』



なにはともあれ、ベアーたちの旅は始まった。




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