第二十七話
時系列的には第二十五話の続きとなります。
61
食堂で胚芽パンを食していたパトリックの処になだれ込んできたのはフレッドであった、ヒビの入った脇の痛みさえも忘れている……
「おい、お前、大変なことになってるぞ!!」
フレッドが血相をかえて続けた。
「大変なんだって!!」
パトリックはうざそうな表情を見せた。
「最後の晩餐ぐらい楽しませろ、この胚芽パンはキャンプじゃ食えないんだ!」
フレッドはそれにかまわず、パトリックの腕を取った。
「いいから来いって!!」
*
フレッドが無理やりパトリックを連れて行ったのは人だかりの出来た掲示板の前であった。その掲示板は大きな学園行事を知らしめるために使われる年代物で、古めかしい青銅製の上部には剣と槍がレリーフとして装飾されていた。
「なんだ、こんなところに連れてきて!」
パトリックが不快に言うとフレッドが掲示板に張り付けられた長大な羊皮紙の掲示物を指した。
そこには、
≪本年度 中間試験 成績発表≫
と、銘打たれている……
パトリックはそれを見ると鼻で笑った、
「カンニングがばれた候補生の名前などあるはずないだろ、それとも放校に関して俺の名前がはりつけられているのか?」
パトリックが半ば皮肉でそう言うとフレッドは首を横に振った。
「よく見てみろ、あそこを!!」
フレッドがさしたのは掲示板の最上段左端の列である、そこには一学年の成績優秀者がその名を連ねていた。
『……嘘だろ……』
その頂点、すなわち、一学年の主席の場所には考えられぬ名前が記されている
≪ 主席: フォーレ パトリック ≫
パトリックは自分の名前が記されているのを見るとその場に立ち尽くした。
『……なせだ、なぜ俺の名が……』
さしものパトリックも沈黙した
『ホフマンの過去問を使ってチートしたことが露見したのに……』
放校されると思っていたにもかかわらず、横断幕のよう掲げられた中間試験の成績結果はパトリックの名を刻んでいた、それも学年一位である……
『マルチンは証拠をつかんでいたはずなのに……俺が何とかできる状況じゃなかった……なぜだ』
パトリックは数学教師マルチンの執拗なまでに細部をついてくる知的な戦術には勝てるとは考えていなかった。ホフマンの言質を取った書類はパトリックのチートを完膚なきまでに打ち砕いていたからだ……
『……一体、何が起こったんだん……』
パトリックがそう思ったときである、その後ろから待ち構えたようにしてマルチンが現れた。
63
「主席か、十分すぎる結果だな」
マルチンは陰湿な皮肉屋のような口ぶりで声をかけた。それに対してパトリックが反応した。
「あなたは完ぺきな資料を持っていた……俺を追放するには十分な……査問会の勝負ではあなたに軍配があがったはずだ。」
パトリックが問いかけるように言うとマルチンがそれに応えた。
「ああ、お前を放校できると確信していた。」
マルチンは難解な証明問題を解き終えたような晴れ晴れしい表情をみせた。
「だが、そうはならなかったようだ」
マルチンはそう言うとパトリックを斜めに見た。
「いい友達を持ったようだな……僧侶の少年、小さな魔女、そして不細工なロバ……」
マルチンはそう言うとパトリックに背を向けた。
「期末試験では容赦はしない、覚えておけ!」
マルチンはパトリックに背を向けると甲高いかかとの靴音を立ててその場を去った。
*
残されたパトリックは唖然とした。
『まさか、ベアーたちが……』
美しき青年の顔は紅潮している
『……一体、何があったんだ……』
マルチンとベアーたちのやり取りを知らないパトリックは想定外の事態にその場に立ち尽くした。
だが、その一方で一つだけ確かなことがあった。
『……また、助けられたのか……』
美しき青年は感極まった、その、まぶたに光るものが滲む
『……あいつらには世話になってばかりだ……』
スーパーイケメンはその表情を崩してもなお、美しい。神のいたずらとしかお思えぬ造形はその美貌をさらに磨きあげた。
近くで様子を見ていたフレッドはパトリックに対して驚愕の表情を見せた。
『……こいつ……泣いても、超絶かっこいいな……』
フレッドはそんな風に思った。
*
そんな時である、二人の前に肥満体をゆすってホフマンが走ってきた、首がないため呼吸が苦しそうである。
「おい、お前ら、査問会の決定が出たぞ!」
査問委員の意を受けた職員が成績表と同じく羊皮紙に書かれた決定事項を掲示板に張りつけていた。
その内容を盗み見たホフマンは大声をあげている……
「全員おとがめなしだぞ!!!」
ホフマンはそう言うとさらに続けた、
「だけど、おもしろいこともあるんだ」
ホフマンが二重あごをプルンとゆらした、
「総代を選ぶ選挙が前倒しになってる……」
士官候補生のトップを選ぶ総代選挙は年に一度、8月の第一週となっている。だが、その日程が5月の初めに前倒しになるというではないか……
パトリックはすぐにその理由を悟った、
「任期を残した状況で選挙はありえない。フレッド、お前の兄貴は情報漏えいの責任を実質的にとらされたんだ。」
パトリックがそう言うとフレッドは嬉しそうな表情を見せた。
「さまぁみろ、あのくそ兄貴!!」
今までのやり取りを思い起こしてフレッドが喜び勇むと、パトリックはそれを無視した。そして遠くを見るような目を見せた――そこには深い熟考がある。
そしてしばし……パトリックは美しい相貌をかえずにフレッドに向き直った。
「選挙に出るぞ!」
フレッドはパトリックの発言に驚きを隠さなかった。
「……えっ……立候補するのか?」
フレッドがそう言うとパトリックが神妙な表情でうなずいた。
「次の選挙でお前の兄貴が勝って、再び総代のポジションに返り咲けば、奴はできる限りの権力を行使して俺たちをつぶしに来る。今回の事案ではイーブンまで持っていけたが、それはたまたまだ。」
パトリックは自分の置かれた状況を客観的に見直して、すでに一歩先を見ていた。すなわち選挙でクレイが返り咲けば自分たちがクラッシュさせられると、
「……なるほど、そうだな……」
フレッドはパトリックの慧眼に素直に頷いた。
「じゃあ、次の選挙は、お前を押さないとな!」
フレッドが鼓舞するように発言するとパトリックは間髪入れずに切り返した。
「出るのは俺じゃない」
パトリックは美しい顔に策士の匂いをしのばせた、
「お前だよ」
言われたフレッドはその眼を点にすると鼻水を垂らした。
パトリックはそれを無視するとフレッドを凝視した。
「次の総代はお前がなるんだ、そしてお前が俺を副総代に指名する!」
フレッドがあまりに驚いて唖然とするとパトリックは美しい顔に自信を滲ませた。そしてサセックス家とその領民との間で生じた修羅場で見せたときの表情を見せた。
「お前は俺の隣で立っていればいい!」
そう言ったパトリックには軍神が舞い降りたかのような後光が差している……
フレッドの直感が訴えた。
『……これ…いけるんじゃねぇ……』
勝てるか否かわからぬ戦いである。兄のクレイは策士であり、頭も切れる。敵としては一番厄介なタイプだ……返り討ちにされることも十二分にあり得る……
だがフレッドは確信した。
『パトリックの隣で立っていようっと♪』
そう思ったフレッドの顔は実に朗らかであった。
了
これにてこの章は終わりとなります、ここまで読んでくださった方々、ありがとうございました。
もしよければ、感想など残していただけると大変うれしいです。
次章は6月ごろを予定しています。(ベアー編)ないし新作……どちらになるかわかりません……
いずれにせよ、健康にはご留意ください! ではまた!




