第二十五話
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査問会の終わりは想定外の事態の発生により唐突に訪れた。誰しもが想定しない展開である。
フレッドとホフマンはパトリックの所にすぐさま向かうと実に申し訳なさそうな表情をみせた。
「すまん、何もできなかった……」
とくにホフマンはマルチンの作成した書類に署名していたため、今回の事案において最悪の悪手をうった本人である。そのためその表情は昏い……短い首をすぼめて苦しそうにしていた。
だがパトリックはホフマンを糾弾することもなく晴れ晴れとした表情を見せた。
「中間試験における過去問漏えいのスキームがばれた時点で我々の負けだったんだ。はめられたとはいえ逃れられる状況にはない。最初からこの勝負は負け戦だったんだよ。マルチンのしたたかな戦略のほうが上だったんだ。」
パトリックはそう言うとその表情をほころばせた。
「まあ、俺たちをはめたお前の兄貴にも一撃を加えられたし、完敗というわけじゃやない」
パトリックがそう言うとフレッドが発言した。
「なぜ、俺たちをかばったんだ?」
それに対してパトリックが答えた、
「一矢報いるというのは捨て身の戦法だ、誰かが犠牲にならねばそれはできない。」
パトリックはルドマンの言動がクレイに対して悪い印象を与え、クレイ自身も何らかの罰を負うと考えていた。
「うまくいったかわからんがな」
パトリックは爽やかにそう言うとホフマンとフレッドを誘った。
「今日は金曜日だ。シェリー酒でも飲みに行こう。キャンプに戻れば飲めなくなるしな。」
パトリックはそう言うといつもと変わらぬ美しい笑顔を見せた。
「一杯おごってくれるだろ?」
言われたフレッドは深くうなずいた。そこにはすべてを認識してパトリックの選択を受け入れる思いがあった。
「もちろんだ、いやほど飲ませてやる!」
フレッドがそう言うと、ホフマンが二重あごをブルンといわせて発言した。
「つまみは私が用意させていただきます!」
そう言ったホフマンの声は震えていた。自分の失態から傷が拡がり、パトリックが犠牲になったのである……彼の心境もいかんともしがたい……
パトリックはフフッと笑った……そこには二人の心境を理解する余裕さえある……
その様子を見たフレッドが発言した。
「じゃあ、飲みに行くぞ!!」
フレッドは元気よく発話しようとしたが……その声は震え、頬には光るものが伝っていた。
*
このあと、3人はツーリに向かうと安酒場に入り一番高い酒と、一番高いつまみを頼んだ。ホフマンは気を利かせると屋台で売っていた鳥の串焼きを追加してパトリックのために香辛料を振った。
最高の夜にするべく二人は持てる力をすべて振り絞った、フレッドはヒビの入ったワキバラのことなどきにせず酒を注ぎ、ホフマンは質屋で借りた金を使って、ありとあらゆるつまみを見繕った。
一方、シェリー酒の酒税を下げた候補生の登場に店の主人も気を遣っていた。メニューに載っていないトマト風味のモツ煮込み(ニンニクとハーブで臭みを抑えてある)やカナッペ(ビスケットの上にチーズやオリーブの実をのせてある)をそれとなく出してきた。
あばら家のような酒場に活気があふれだしたのだ。
*
3人の候補生はシェリー酒を煽った。
「お前、やっぱりすげぇよ、パトリック」
すでにフレッドは酔っていたが、それにかまわず発言した。
「査問会の時の校長の顔……覚えてるか……あいつ、お前が発言するとびっくりしてたもんな。情報ろうえいの監督責任……禿げ頭が赤くなってたぞ」
ホフマンが続いた、
「査問委員の奴もペンが止まってたしな……眼鏡がズリ落ちてたもんな」
二人がパトリックの言動に感心するとパトリックは安酒をうまそうに煽った。
「もう終わった話だ」
パトリックが達観してそう言うとフレッドが酔っている故に素朴な疑問をパトリックにぶつけた。
「……お前に前科があるなんてな……俺、びっくりしたよ……」
言われたパトリックはそれに対して正直に答えた。
「当時はかなりやばい状況だった……のっぴきならないとしか言いようがない」
パトリックの美しい表情に一瞬だが陰りができる、
「だがな……助けてくれたやつらがいるんだ。」
そう言ったパトリックの表情はほころんでいた。今までに見せたことのない明るさがある。
「あいつらがいなければ……死んでいたとおもう……」
パトリックの発言にホフマンが驚いた。
「そんな奴らがいるのか……どんな奴らなんだ?」
パトリックはそれに応えず『フフッ』と笑った。そこには『あいつら』に思いをはせるハイパーイケメンの思いがある。
平々凡々な少年、小さな魔女っ子、そして不細工なロバ……あいつらのことを脳裏に描いたパトリックの美しい相貌には安寧と信頼がにじみ出ている。
「いい奴らさ」
パトリックがさりげなくそう言うとフレッドとホフマンは顔を見合わせた。
そんな時である、二人の沈黙を破るようにしてテーブルの上に『ドン』と音を立てて酒瓶が置かれた。見るからに年代物のシェリー酒である。そのラベルには『一等』と記されている。
「飲んでくれ……俺のおごりだ」
そう言ったのは店の主人である、その表情はどことなくうれしそうである。シェリー酒にかけられた酒税を減税させた人物に対する敬意ではなく、自分と同じ『傷』を持ったパトリックに対する思慮が滲んでいる。
パトリックは一瞬でそれを悟ると、親父にグラスを渡して一等品のシェリー酒をなみなみと注いだ。
「おやじ、罪状は?」
店の親父はシェリー酒を飲み干すと恥ずかしそうに答えた。
「脱税です」
それを聞いたパトリックはガハハと笑った、
その様子を観たフレッドとホフマンは呆然としたが、二人のやりとりがあまりに朗らかなので不謹慎にもその表情はほころんでいた
そして、間髪入れずに自分のグラスにシェリー酒を注ぐと、手にしたグラスともども腕を突き上げた。
「乾杯!!!」
安酒場が黄金郷に変わった瞬間であった。
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ツーリの街でフレッドとホフマンと共にさんざんに飲み明かした翌々日……
とうとう審判の日がやってきた。中間試験の結果発表の日であり……そして査問会での結審が言い渡される日である……
既にパトリックは自分の処遇が厳しいものであると想定していた。すなわち放校されてブーツキャンプへ帰還することになると……
『ここともお別れか……大したことはなにもなかったな』
そう思った、パトリックは食堂に向かった、
『最後に思い出を作っておかんとな』
パトリックの思い出とは焼きたての胚芽パンのことである。
『あそこじゃ、クソマズイ胚芽パンしか食えん……』
パトリックは古くなって酸味のきつくなったキャンプの胚芽パンを思い出すと不快な表情を見せた。
『……また、あいつらと日々を過ごすのか……』
パトリックの脳裏にミッチ、ガンツ、ミゲルのさえない顔が浮かんだ。
『……やってらんねぇなあ……』
パトリックはそう思うと皿に山盛りにした焼きたての胚芽パンに手を付けた。
バターを塗り、ジャム塗って紅茶で流し込む……
香しさと独特の酸味とカリッとした外側の生地、そしてもっちりとした質感のある内側の触感はたまらない。
『焼き立ては最高だな』
そして3つほどロール状になったパンをいっきに食すと、パトリックは一つの結論に至った。
『……この胚芽パンは何もつけないのが一番だ……バターもジャムもなくていい』
パトリックはそう思うと最後の一つに手を付けようとした。
そんな時である、パトリックのところに思わぬ人物が駆け込んできた。
放校を覚悟したパトリックはフレッドとホフマンとともにうまい酒を飲んで夜を明かします。すでにパトリックは厳しい処分が下されることを認識しているようです……
*
あと2回で終わりとなります、はたして、この後どんな展開が?




