第二十三話
今日は少し長めです。
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放課後になると複数の候補生が職員室に隣接する会議室に呼び出された。石壁で四方をおおわれた部屋には窓がなく、まるで牢獄のような印象さえある。そしてその空間の中央にはドーナツ型の円卓が置かれ、その空いた中央のスペースには査問委員と呼ばれる教官と校長が陣取っていた。
「さて、本日は中間試験に関する過去問の流布とそれに付随した暴行事件を査問するために開かれた。」
査問委員のメガネをかけた職員(校長の秘書)は手慣れた感じで切り出した。
「呼ばれた候補生と教官の見解をここで突き合わせて精査したいと思う。結果に関しては後日に通達する。」
校長の秘書は丸メガネを人差し指でクイッと上げると、それぞれの候補生を見回した。
その視野にはパトリック、フレッド、ホフマン、そして彼らと向かい合うようにしてクレイとルドマンがいる。さらには時計で言うなら12時の位置にマルチンが座っていた。
「校長、何かありますか?」
尋ねられた校長は首を横に振ると査問会を始めるように示唆した。
*
査問会は会議の体裁をおびていたが、その内容は突っ込んだものであり、呼び出されたパトリックたちはつるし上げに近い状況になっていた。
とくにクレイからの口撃は甚だしく、倫理観を振りかざした言葉の暴力といって過言でない苛烈さであった。
「合コンをエサにして中間試験の過去問を集めるなど許しがたい、それも上級生を使ってなさしめるとは言語道断!」
クレイは校長と査問委員であるメガネの職員を見た。
「我々は候補生の中で問題のある人物をあぶりだす行いをしていました。正々堂々と試験を受ける生徒のためにも、不正をしたものを糾弾する必要があります。過去問やそれに関する資料の配布は許されざる蛮行です」
クレイはフレッドに目をやった。
「私は小金で過去問を売り渡すホフマンの姿をルドマンが確認したことを認知しています。」
クレイが自信をにじませると隣にいたルドマンがそれを肯定するように頷いた。
それに対してフレッドが激高した、
「お前らがはめたんだろ。ルドマンが小金をちらつかせてホフマンに買収を持ちかけたんだ、そのやり方だって問題があるだろ!!」
それに対してクレイが反論した。
「はめようが、はめまいが、ホフマンの行いは許せるものではない。最初から不正をしなければこうはなっていないからな。ルドマンは風紀委員だ。候補生の悪行を監視することは何の問題もない。」
クレイはそう言うと底意地の悪い表情を見せた。
「お前がホフマンの資料を受け取って流布したんだってな……この意味が解るか?」
言われたフレッドは顔を真っ赤にした。その心境は蟻地獄にはまった羽虫のようである。
「不正にかかわった人間すべてに連座制が適用される。ホフマン、パトリック、そしてフレッド、お前らは全員がアウトだ!」
クレイは実に楽しげな表情を見せた。
「そうですよね、マルチン先生?」
言われたマルチンは目を閉じたまま小さく頷いた。
その様子を見たパトリックは合点の行った表情を見せた。
『なるほど、そういう論法か……』
パトリックはルドマンのほうを見た。だが、ルドマンはあえてパトリックのほうに目を合わせない様子を見せた。
*
続いて、メガネをかけた査問委員は暴行事案に関する発言をした。
「ところで、ルドマン君、君のけがは?」
尋ねられたルドマンは沈黙した。
その様子にたいして、クレイが不満な様子を見せた。
「ルドマン、話すんだ!」
だが、ルドマンはうつむいたままだ。そこには下級生に暴行された事実を明るみにすることへの恥があるようにみえる……
だが、その一方で恥とは異なる感情もルドマンの中では芽生えている……パトリックをチラチラとその目にしていたが、そこには明らかに異なる感情が垣間見える
パトリックはそれを見逃さなかった。
『……これはもしや……』
パトリックの勝負勘がはためく……パトリックは即座に手を上げた
「意見具申します!」
それに対して校長が述べる許可を与えるとパトリックはクレイのほうに目を向けた。
「最近のことですが私はクレイ総代と話したときに、中間試験の過去問に関する懐柔を受けたことがあります。クレイ総代も過去問をどこからか入手しているのではないでしょうか」
パトリックが以前にあった出来事を発言するとそれに対してクレイが反論した。
「何の話だ!!」
激高するクレイをよそにパトリックはクレイが接近してきた時の様子を語った。
「フレッド君に対して敵愾心を持つクレイ総代は私にむけて複数の教科に関する資料があると示唆しました。」
クレイは立ち上がった、
「嘘をつくな、下級貴族が。これ以上のでたらめは許せるものではないぞ!」
クレイが否定するとパトリックはフレッドのほうに目をやった。
「それともう一つ、クレイ総代……フレッド君があなたのところに行って話をしようとしたところ、暴行事案がおこっている。そしてフレッド君は手ひどい仕打ちを被った。」
パトリックはクレイのところに殴りこんだフレッドが返り討ちになった一件を目撃したことを述べた。
「あれは正当防衛だ、フレッドのほうから殴りかかってきたのだ。軍人として当たり前だ」
クレイが反論するとパトリックが詰問口調で応酬した。
「最初の一撃はそうかもしれません。ですが追撃に関しては明らかにやりすぎでしょう、フレッド君は脇腹にひびを入れています。私はそれを目撃していますが?」
パトリックがそう言うとクレイは唇をワナワナと震わせた、その顔色は赤黒くなっているではないか
査問委員の職員はそれを見るとわざと大きな咳払いした、査問会が紛糾することを抑止するためである。
「今の討論内容はクレイ君が君に対して中間試験の過去問を渡そうとしたかどうかだ、フレッド君の話は関係ない。それよりもクレイ君の懐柔を立証できる証拠はあるのかね?」
査問委員が乾いた口調でそう言うとパトリックは一人の候補生に対して目を向けた。
「そういえばルドマン先輩、あの時、あなたもいましたよね?」
その場の皆が注目するとルドマンは急に俯いた、そこには明らかに焦りの色がある。
「クレイ君がパトリック君にたいして過去問を用いて懐柔した事実があるなら、それは確かに問題になる。ルドマン君、発言したまえ」
査問委員がそう言うとルドマンは下を見たまま沈黙を続けた。
「ここは法廷ではない、沈黙が正しいとは限らんぞ!」
査問委員であるメガネの事務官が問いただすと、ルドマンはどうしていいかわからない表情を見せた……
だがそれが気に食わないクレイはルドマンに対して圧力をかけるようなしぐさを見せた。
『………』
だが、その態度はルドマンの心に影を落とした。
『本当のことを言えば……クレイさんはマズイことになる。』
ルドマンはクレイがパトリックを懐柔しようとして失敗したときのことを思い起こすと、パトリックにチラリと目をやった。
『パトリックは……何を考えているのだろう』
昨日の厩舎における『出来事』はルドマンにとって衝撃的であった……
『あんな経験は初めてだ…った…』
ルドマンは嫌というほどパトリックに痛めつけられていたが、その一方でルドマンは人生で経験したことのない『事象』を体験していた。それは快感さえも伴っていた……
『……でも、クレイさんのことは嫌いじゃない…………』
ルドマンは声を震わせると、発言しようとした。
「あの時……総代はパトリック君と……何か話していました……ですが……」
ルドマンがそう言うと、その声色と文脈からクレイは自分にとって不都合な目撃証言が出ないと判断した。
『それでいいんだ、ルドマン……あとでかわいがってやる……』
クレイが策士的な微笑みを見せるとルドマンの手をテーブルの下でそれとなく握ろうとした。
『………』
だが、ルドマンはその手を握り返さなかった……
クレイはルドマンの表情を見て唖然とした。
『こいつ……パトリックを見ている……』
その眼はどことなく怪しげである、熱情さえ滲んでいるではないか……
一方パトリックは平然としたポーカーフェイスを崩さない。
『どうなってるんだ…』
クレイはルドマンの性癖を見破ってその特徴を理解していた。すなわちルドマンのもつ同性愛者としての特徴をうまく活用すれば自分の『駒』として役立つと判断していたのである。
だが、いま目にしているルドマンの表情は明らかに想定外である……クレイは焦った
『……こいつ……まさか……』
パトリックは相変わらず表情を崩さない……
ルドマンは声を震わせ始めた。
クレイの表情が一変する、
『……ルドマン、俺を……裏切るのか……』
クレイはテーブルの下でルドマンの手を強く握ろうとした……何とかルドマンの気持ちを引き付けようと……
だがルドマンはそれを払いのけたのである。
そして、ルドマンは大きく息を吐いた、
「クレイ総代が中間試験の過去問に関して発言した内容は……パトリック君を懐柔するもの……だったような気がします……私はその時の資料を持っていました。」
ルドマンがクレイを裏切った瞬間であった。
査問会の前半ではルドマンがクレイを裏切るという展開になりました。ですが査問会はまだ続きます。
はたしてこのあと、査問会はそのような展開を見せるのでしょうか?




