第二十二話
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さて、フレッドが総代のクレイに対して返り討ちに会ってからてからしばし……
クレイから褒められてのぼせ上がっていたルドマンであったが……フレッドが総代室に特攻をかけてきた事実は彼の心にさざ波を起こしていた。
『まさか、殴りこんでくるとは……』
フレッドの思わぬ行動にルドマンは自分が襲われるのではないかという恐怖に一瞬、駆られた。
『だが、奴ももう終わりだ。総代室に殴りこんだ事実は甘くない。それにこれでクレイさんも安泰だろうし』
ルドマンはそう思いなおすとと安心した表情を浮かべた。
『フレッドがいなくなれば再びクレイさんの天下が訪れる……あのパトリックというやつも残念だが終わりだ』
ルドマンはそんなことを思いながら校舎を出ると厩舎へと向かった。当番としての役割、厩の掃除をするためである。
*
『そろそろ時間だな……下級生を嬲ってやるか』
ルドマンはルーティーンワークである厩舎の掃除の監督をするべく厩舎の入り口の扉に手を置くと勢いよく開いた。
「今から掃除をするぞ。各自、持ち場につけ!」
ルドマンが声を張り上げる、彼の目の前には整列した下級生がいるはずである。
だが、ふしぎなことに厩には誰もいなかった……すでに集合時間は過ぎているはずだ。
「何の遊びだ、貴様ら!!」
怪訝に思ったルドマンであったがあたりを見回しても誰もいない……
「誰かおらんのか!」
軍人らしい口調でルドマンが声を張り上げたときである、入口が急に閉まり始めた。
「なんの冗談だ!」
閉まりゆく入口にルドマンが駆け寄ると、観音開きのドアが閉まる寸前にとある候補生の顔が見えた。
「……お前……」
お前と呼ばれた候補生はルドマンを見るとブルンとその二重顎を震わせた。
「お礼はしないとね」
くびのない候補生はそう言うと完全に扉を閉めて外から閂をかけた。
一体、何が起こったかわからない、ルドマンは声を上げた。
「ふざけた真似をするな!!」
ルドマンは激高したが、すぐに平静に戻ると悪態を垂れた。
『クビなしホフマン、なめやがって!!』
そう思ったルドマンは厩舎の裏口に向けて走った。
『あのデブ……しめてやる』
だが、その考えがいけなかった……集中力が散漫になったために周りの状況察知がおろそかになったのである。
ルドマンは足元をすくわれるのを転倒してから初めて気づいた。
無様に転んだルドマンは面を上げた、
と、そのときである……思わぬ顔がそこにはあった。
*
「先輩、落馬でもしたんですか?」
美しい青年が声をかける、ルドマンは痛みを恐れて青年を見た。
「……ぱ、ぱ、パトリック!!」
美しい青年はルドマンに語りかけた。
「ホフマン先輩がすべて話してくれましたよ。」
美しい青年は誰もがホッとするであろう微笑みをルドマンに浴びせた。そこに誰かがいれば誰しもが安堵するような慈愛がある……だがその微笑みはルドマンにとって脅威であった。
『なんだ、こいつの目は……』
ルドマンはその眼の中にともる黒い焔を見て体が震えてくるのを自覚した。
『こんな目……見たことないぞ…』
ルドマンは逃げようとしたが、足首をくじいていることにいまさらながらに気付いた。
『…立てない…』
美しい青年は壁にかかっていた馬鞭を手にするとにやりと笑った。
「調教して差し上げましょう、先輩!」
美しい青年は不遜な笑みをこぼすと容赦なく鞭を振り下ろした。
*
わずかな入口の隙間から悲鳴が聞こえてくる……明らかにルドマンの声である。
ホフマンはそれを耳にすると何とも言えない表情を見せた。
『パトリック……超怖いわ~……絶対、アイツを敵にしたらまずいわ~』
クレイの戦略によりはめられて苦汁をのまされたたホフマンであったが……パトリックと手を組んで報復する選択を選んでいた。さすがにやられっぱなしというのも情けないと感じたからである……
だがパトリックの反撃は想像を絶するものがあった。
『……こんなやり口でやるなんて……』
クビなしホフマンはルドマンのか細い悲鳴を耳にすると自分の膝を震わせた……
*
そして、20分ほどたつと……入口の扉がノックされた。
『どうやら、終わったようだな』
ホフマンは扉の叩き方からパトリックだと認識するとすばやく閂を外した。
観音扉を開くと厩舎の中から美しい青年が現れた。沈みゆく夕日の陽光を受けたその表情は相変わらず美しい。
青年は軍人らしく姿勢を正すとホフマンに対して敬礼した。
「先輩、工事完了です!!!」
ホフマンは何のことかわからなかったが敬礼を返した。
「…お、おう……」
ホフマンがそう言うと美しい青年はそのあとは何も言わずに行進する兵士のような歩調で軍靴を響かせた。その姿は軍神が舞い降りたかのように雄々しく美しい……
それを見たホフマンは息を吐いた。
『あいつ……マジでかっこいいな……』
そう思ったクビなしホフマンは恐る恐る厩舎の中をのぞいてみた。
『………』
そこにはルドマンが突っ伏した状態で震えていた……その臀部には馬鞭が突き刺さっているではないか……その一方で、ルドマンはうつろな表情で厩舎の壁を見つめている……
クビなしホフマンはトロンとした目を見せるルドマンを見て一つの結論に至った。
『……工事完了……オソロシス……』
クビなしホフマンの膝はガクブル状態に陥っていた。
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さて、その日の翌日……
ルドマンの一件が明るみになると教官の詰所では妙な雰囲気が訪れていた。教職員達も明らかに≪何かがあった≫ということを理解していた。
『中間試験において上級生から下級生に対して過去問が流れるという事案があったようだな……』
『だが、その事実はいまだ判然としない』
職員室では短髪に刈り上げた教官と坊主頭の教官が状況を話し合っている……
『たしかホフマンから数学の過去問が漏れたとか……』
『となると、マルチン先生がいろいろと知っているのではないか』
そこに3人目の教官が入ってきた、
『ルドマンとホフマンが図書室で何やらやり取りをしていたという噂がある……ルドマンとホフマンにはつながりがあるのだろう……』
髪を短髪に借り上げた教官が口を開いた。
『ホフマンは過去問を流した本人だ……ルドマンはそれを密告した……となると……』
最初に発言した坊主の教官がしたり顔を見せた。
『……厩舎での出来事は報復だな……』
『となると……厄介だな……下手人をさがしてけじめと取らんといかんだろう』
『下手人はパトリック一派だろ……』
教官たちがそんな話をしていると教員室に校長が禿げ上がった頭部を撫でつけながらやってきた。
「なかなか、おもしろいじゃないか?」
実のところ、校長はすでにパトリックの行っていたことを把握していた。クレイとルドマンがホフマンをはめてマルチンに御注進したことも……さらにはルドマンが暴行された件に関しても……
『久方ぶりだな、このような事件は……』
校長はわくわく感で満たされた表情を見せた。
「関係者を呼びつけて聴取しようじゃないか」
校長はそう言うと放課後に≪査問会≫の招集を命じた。査問会という単語を聞いた教官たちの表情が引きしまる。そこには強い緊張感が湧き出ている……
『久々の尋問か、楽しみだ』
校長に策士の面影が滲む、
『パトリック……これで終わりとなるか……それとも……』
そう思った校長の表情は実に悪魔的であった。
パトリックとホフマンはルドマンに対して報復しました。ルドマンのお尻は大変なことになっています……
ですがこの事態はさらなる余波を呼び起こします。そう、査問会の招集です。
はたして、査問会ではいかなることが起こるのでしょうか? パトリックは切り抜けられるのでしょうか?




