第二十一話
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中間試験は実にたやすいものであった。集めた過去問とその資料の力がいかんなく発揮されていた。
『すべての教科において8割以上の得点は間違いない』
パトリックはすべての試験が終わるとホッと息を吐いた。
『ほかの候補生の動向を考慮しても学年で10番以内には入っているだろう。』
既に成績優秀な他の候補生の能力を認識していたパトリックは彼らの動向を読んでいたが……よほどの番狂わせがない限り自分がそれなりの順位に滑り込むであろうことを楽観していた。
『問題ないだろう、ラインハルトの課したミッションはコンプリートしたはずだ。あとは世話になった連中に恩を返さねばな』
パトリックは第三回目の合コンをすでに開催する手はずを整えていた。
『クビなし先輩の資料は大いに役立った。彼には直接礼を言わねば』
パトリックはそう思うとマルチンの数学において多大なる貢献をしたクビなしホフマンのところに向かった。
*
だがその首なしホフマンであるが……
パトリックが訪ねていくと、ホフマンは一瞬にして挙動不審の様相を見せた。そこには明らかに異様な雰囲気がある。
『何やら、おかしい』
パトリックはホフマンの表情を読みとると、あえて尋ねずに合コンの話を振ってホフマンの出方を見た。
「そ、そうか、合コンだったな……」
ホフマンはすでにしどろもどろである……
パトリックはホフマンの部屋の様子を見た。そこにはほかの候補生とは異なる様相がある。
『……確か子爵の出自だったはずだな……』
パトリックはホフマンの表情をそれとなく探りながら合コンの予定を簡潔に述べた。
「いかがですか……先輩?」
パトリックが美しい顔で述べるとホフマンは鼻をフガフガさせた。
「その、今回は予定があって……合コンは、その不参加……」
ホフマンが言い切らぬうちにパトリックは一歩詰め寄った。
「先輩、汗がすごいですよ?」
ホフマンは冷や汗を垂らしながら下あごをプルプルさせた。
『なんだ、こいつのプレッシャーは……』
ホフマンはパトリックの美しい瞳の中に黒い焔がわきあがっていることに気付いた。
『……これ、しゃべったほうがいいな……』
一瞬でひよったホフマンはうなだれるとルドマンにはめられて、マルチンにしっぽをつかまれた事実をとつとつと話し始めた。
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「買収現場をものの見事に抑えられた……」
ルドマンにはめられ、マルチンにより恫喝されたホフマンは何とも情けない表情を見せた。
「……放校されるっておどされて……それで」
パトリックはホフマンの話を聞くと合点がいった。
『なるほど……そういうことか……クレイは子飼いのルドマンを使ってホフマンをはめてマルチンに御注進したということか。』
パトリックはクレイの企みに関するスキームを理解したが、それと同時にクレイの手段が想像の二歩先をいっていることに気付かされた。
『すでに試験は終わっている……さらにマルチンはホフマンが中間試験に関する資料を作成して流布していた事実をつかんでいる……そこを絡めてくるとは…なかなかの策士だな』
パトリックは美しい表情を歪めた。
『だが、これはマズイ……』
*
パトリックが自室に戻って現状を分析していると、フレッドがパトリックのところにやってきた。
「中間テストどうだった、完璧だったろ!」
パトリックからノートをまわしてもらったフレッドが意気揚々と言うと、それに対してパトリックが答えた。
「あまり芳しい状況ではないぞ」
言われたフレッドは何のことかわからず首をかしげたが、パトリックがホフマンの件を伝えるとフレッドは顔色を変えた。
「マジかよ……バレてんの……ノートの件……」
パトリックは淡々と答えた、
「ばれてしまえば元も子もない……おまけにホフマンはこの件について関係者すべての名前をマルチンに伝えたそうだ……反省文として書類にされている」
言われたフレッドは口をぽかんと開けた……
「それって……やばいんじゃないの……」
パトリックは変わらずの表情で答えた。
「放校だろうな」
放校とは退学と同義の言葉である、留年が士官学校ではないため中途半端な処理はないだろう。
フレッドはうなだれた。
「サセックス家との一件でヒーローになったのにな……短い春だった……」
フレッドは青白い顔を見せると素朴な疑問を呈した。
「ところで…なんでマルチンにばれたんだ?」
パトリックは淡々と答えた。
「ルドマンとマルチンが連携していたんだ。ホフマンは数学の資料を買収する現場を押さえられたらしい。おとり捜査に引っかかったようなものだ。」
ルドマンという単語を耳にしたフレッドはその後ろにクレイがいることをすぐに感づいた。
「あのくそ兄貴、後ろで手を引いて俺たちをはめやがったな!」
フレッドはそう言うと顔を真っ赤にして息巻いた。
「兄貴の悪行を暴いてやる、ルドマンを使ってホフマンをはめたことを白日の下にさらしてやる!!」
フレッドはそう言うといきなり走り出した、猪突猛進というがまさにその通りの勢いである。
パトリックはその後ろ姿を見て息を吐いた。
『兄弟間のわだかまりは相当根が深そうだな』
パトリックは美しい顔をゆがませた。
『だが、この勝負は負け戦だ……』
ブーツキャンプで死線をかいくぐってきたパトリックは現状が厳しいことを理解していた。
『現状を覆すのは不可能だ……すでにマルチンが証拠を押さえている……』
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フレッドの行動は極端であった、クレイのいる総代室に行くや否や、いきなり兄を殴ろうとしたのである。
「このくそ野郎!!」
だが、クレイはフレッドのフックを何食わぬ顔でかわすと、体制を崩したフレッドの脇腹にある急所『後ろざんまい』に拳を打ち込んだ。その動きに遅滞はなかった
「………」
あまりの痛みに呼吸困難となったフレッドはその場に突っ伏した。
「ずいぶん無粋なまねだな、フレッド!」
余裕綽々の様子を見せてクレイはフレッドを見下ろした。
それに対して、息も切れ切れにフレッドが答えた。
「ルドマンを使ってはめただろ、この糞が!」
だが、クレイはほくそ笑むだけでそれを否定した。
「何の話だ、このクズが!」
クレイはそう言うと今度は反対側の後ろざんまいに鉄拳を叩き込んだ。
「いらぬ濡れ衣をこれ以上かけるなら、つぎはこれではすまんぞ!」
総代室からたたき出されたフレッドは見るも無残な態をさらした。
*
その様子を柱の陰から見ていたパトリックはクレイの処にルドマンが駆け寄るのを見逃さなかった……その表情には若干ながらも焦りが見える。
パトリックは冷静な判断をした。
『やはり……間違いなさそうだな……』
しばし間を置くと、パトリックは取り残されたフレッドに近寄り、その肩を抱えると思いを巡らせた。
『このままなら……放校だ……一矢報いるくらいはせんとな。少なくとも道連れぐらいにはな!』
パトリックはそう思うと一人の士官候補生の顔を脳裏に浮かべた。
中間試験はうまくいったものの……クレイの策略にはまったパトリックにはピンチが訪れました。
状況は決して甘いものではありません……
さて、この後、パトリックはいかなる反撃を見せていくのでしょうか?




