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第十八話

15

「あんた、妹がいたんだね」


女店主は驚いた声を出した。ベアーは妹ではないことを説明しようとしたが近寄ってきたルナに腕をつねられた。


「痛いよ、ルナ!」


「ひどいよ、おにいちゃん、私を置いて一人で行くなんて……」


ルナは目をウルウルさせた。


 初対面の女店主には二人の様子が『感動の兄妹の再会』と見えているのだろう、ハンカチを当てて目を潤ませていた。


『何だ、この展開は……』


ベアーは下手に話しても理解されないだろうと思い沈黙することにした。


                                 *


その日の夕食は3人で取ることになった。


「そうかい、あんたたちはドリトスでチーズを作ってたんだね」


「そうです。でもお兄ちゃんが貿易商の見習いに入るのに出て行ったんです。」


ルナは『おいていかれた妹』を演じきっている、迫真の演技は女店主を完璧に翻弄していた。


「大変だったんだね……」


女店主は感心した様子を見せた。


「今日は、おいしいパスタを作ってあげるからね」


そう言うと女店主はベアーを手伝わせてトマト風味のボンゴレを作った。


ルナは本格的なパスタが初めてらしく、夢中になって食べた。


「おいしい、おいしい、めっさ、おいしい!!!」


ドリトスでチーズとシチューしか食べていなかったルナにとって、海鮮系のパスタは新鮮であった。夢中になって掻き込み、2度のおかわりをした。


女店主はその様子をつぶさにみていたが、その顔は朗らかで今までに見背たことのない表情だった。


                                *


食事が終わるとルナはバックパックに入った物を出した。


「チーズです。」


バックパックから乾燥チーズと小分けにされた生チーズが現れた。


「おばあさんが、生チーズは常温だとすぐに風味が落ちるのですぐに使うか、冷やしてくれって言っていました。」


「そうなのかい、ベアー?」


「はい、生チーズは鮮度がすぐ落ちるので涼しいところで保管する必要があります。」


「それから、これ」


そう言うとルナは老婆から渡された手紙を女店主に見せた。女店主は手紙に目を通した。


                                *


「なるほどね、ルナちゃんを2,3日あづかってくれるならチーズの料金はいらないって、ベアー、どう思う。」


ベアーはルナの持ってきたチーズの料金を計算したが、老婆の申し出は破格の条件であった。


「この量だと、400ギルダー近いと思います。」


「そんなにするのかい?」


「このハードタイプのチーズはかなり高いんです。厳選された牛乳から作るんで、かなりの高級品なんです。」


ベアーは淡々と話した。


「そんな高価なもんだったら1週間でも2週間でも構わないよ。」


ルナはそれを聞いてうれしそうにした。明らかにポルカで羽を伸ばそうという魂胆が透けて見える。


「それより、おかみさん、新メニューの試作をしないと。」


「そうだね、明日の賄から試してみようか。」


こうして新たな挑戦が『ロゼッタ』で始まることになった。


                                *


小屋に戻って寝ようとするとルナが話しかけてきた。


「ねぇ、ベアー、なんで、ここでバイトしてんの?」


「いろいろ、あるの」


「だって貿易商の見習いになるんでしょ?」


「公用語ができないと駄目なんだよ」


「えっ、そうなの……じゃあ、駄目じゃん」


ルナの言い方はあっけらかんとしているが本質をついていた。ベアーはなんとなくだがカチンときた。


「速く寝ろ、58歳!!」


ランプの明かりを消していたのでベアーにはわからなかったが、ルナはベッドの中でニヤニヤしていた。


                                 *


 翌日、少し忙しいランチタイムが終わると早速チーズを使った新しいパスタの創作が始まった。


「今日は、魚介を入れないでトマトソースだけでいこう」


そう言うと、女主人は生チーズのパスタ3種類を作り上げた。


「これは弾力があってモチモチした生チーズをつかったもの、こっちは一番コクのあるペースト状になったチーズを使ったもの、最後の奴もペースト状だけどこれは一番さっぱりしているチーズでつくったもの」


3人はそれぞれのパスタを食してみた。


「どうだい?」


「僕はさっぱりの奴はイマイチだと思います。ソースにあわないというか……物足りないというか……」


「私も同じです。」


「そうかい、じゃあ、モチモチの奴はどうだい?」


「これは美味しいですね、もう一つの奴も結構いいですけど、これがやっぱり一番ですね」


「ルナちゃんはどう思う?」


「私もモチモチがいい、だけど具が入ってるほうがいいです。」


「なるほどね」


女店主は難しい顔をした。


「確かにもちもちのチーズのパスタは美味しいけど、これだけだと商品としては印象がうすいんだよね……」


 店に出して金をとるということは生半可ではない。まして競合店との戦いがある、新メニューとしては客を引き付けるインパクトが必要になる。


「ちょっとこれは考えないとね…」


女店主は哲学者のような顔つきになった。


                                *


翌日もランチが終わると新パスタの創作を兼ねた賄が振る舞われた。


「今日は乾燥チーズのやつだよ」


女店主はそう言うと乾燥チーズをすりおろしてトマトソースに投入したパスタ4種類を作業台に並べた。


「昨日のもっちりしたやつの方がクセがないね」


「生チーズはクセが少ないんですよ、その分、特徴は薄いんですけど」


女店主は別のパスタに手を付けた。


「このハードタイプのチーズはコクと酸味があるね、おどろいたよ」


女店主は味の違いに驚きを隠さなかった。


「こっちの奴はマイルドだね……こりゃ甲乙つけがたいね……」


女店主はチーズの持つコクや酸味、そして熟成具合で変化するチーズの特徴を知らないとうまく使えないと思った。


「難しいね、使いかたとしては、チーズそのものがおいしいから下手にいじっても風味が死んじまうし……」


「ブルーチーズは酒のつまみで出すのが一般的なんです。好きな人はニョッキのソースに使ったりします。」


「うちはニョッキはやらないんだよ」


 ニョッキとはジャガイモと小麦粉を混ぜて作った白玉のようなパスタである。生パスタの平打ち麺をうりにしている『ロゼッタ』ではジャガイモを使わないので作ることはない。


「じゃあブルーチーズと他の乾燥チーズは夜の店の方のつまみとしてだすはどうですか?」


「マーサ次第だね、だけどあの子、客商売がイマイチだからね……」


女店主は難しい顔をした。


「とりあえず、昨日のモチモチした生チーズに絞ってメニューを考案しよう」


女主人はトマトソースと相性が良く、クセがなく程よいコクのある生チーズで新商品を作ることにした。



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