第十九話
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マルチンはクビなしホフマンを糾弾して締め上げると一枚の反省書を書かせていた。すべてマルチンの計画通りである。
『……これでいい……』
反省書には以下のことが書かれている、
≪中間試験において下級生、フォーレ パトリックたちの求めに応じてその資料を作成したことを深く詫びます。金輪際このようなことがないようにしたいとおもいます。大変申し訳ありませんでした≫
マルチンはその内容を見ると満足した表情を見せた。
『中間試験が終わった後にこの資料を校長に見せる。そうすればパトリックは終わりだ。前科があることを付け加えれば、校長もヤツがカンニングの首謀者として認めざるを得ないであろう。』
マルチンはルドマンにはめられていかんともしがたい状況に追い込んだホフマンをパトリックをつぶすための道具として使うことにしていた。
『高得点を取った後にこの事実を知らしめて奴を追い込む……すでに試験が終わった後だ、申し開きもできんだろ』
マルチンはさらに知恵をまわした。
『フレッドも連座して罪を負うことになるが、どの程度で落とすか……あまり重くするとローズ家の恥を上塗りすることになる……その点は考慮せんとな』
マルチンは後のことを考えてローズ家の子息であるフレッドには配慮が必要だと考えた。
『……さて、どうするか……』
深い闇の思考がマルチンの中で渦巻き始めていた。
と、そんなときである、彼にもとに事務員の女が駆け寄ってきた。
「マルチン先生、病院から連絡です」
言われたマルチンは不快な表情を浮かべた。
『……またか……』
マルチンは立ち上がると事務員の女を無視して歩き出した。
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マルチンが病院で知らされたのは思いがけない事実であった。
「母君が問診の途中で失踪しましてね……」
言われたマルチンは主治医が困った表情を見せると激高した。
「高い入院費を払っているのに……どういうことなんだ!!」
それに対して60代前半の医師は淡々と答えた。
「あなたの母君の病は病院で治るものじゃないんです。薬もきかないし、もちろん手術も意味がありません……そもそも入院自体、意味がないんですから。こういう結果は想定してもらわないと……」
医師が居直るように発言するとマルチンは唇を震わせた。あまりの怒りに顔が紅潮している。
「もういい、自分で探す!」
マルチンはそう言うと医師を無視して母のいた病室を飛び出した。
その後ろ姿を見た医師はため息をついた。
『あの病は……どうにもならん……本人もそうだが……その家族も……蝕まれる』
初老の医師は気の毒そうな思いを持ったが医師としての冷徹な見解はマルチンもその母も『救えない』という結論に至っていた。
『入院費の支払も滞っているし……そろそろ潮時だろう』
そう思った医者の表情は実に冷めたものであった。
*
マルチンは失踪した母親を探すうえで治安維持官を頼ろうかと考えたが、事を荒立てることを恐れて自分で探すことにした。病を持つ身内をさらしものにすることを嫌ったからである。
『どこにいるのだ……母は……』
マルチンは母を必死になって探したが時間がいたずらに過ぎるだけで、その姿は影も形もなかった。
雑踏に人波が揺れる……夕方近くになると夕餉の用意をするために現れた人々で市場は妙な活気を帯び始めていた。大通りも小道も人が増えて人探しをするには不適切な状況が生まれていた。
『……暗くなれば、厄介だ……』
病に倒れた母を看るようになってからすでに3年の月日が流れていた……教職に身を置いているため資料作成などの残業も多く、自分の休みなど取ったこともない……
さらには突然の失踪という重荷がマルチンの肩にのしかかっていた……マルチンの精神はすでに限界を超えている……。
『いい加減にしてくれ……』
マルチンが疲労困憊の状態でそう思ったときである、100mほど前方から歩いていくる珍妙な一団がその眼に入った。
『なんだ……あれは』
マルチンが立ち止まって大通りの向こうを見ると、その目には小さなロバに乗った老人、そのロバの手綱を引く少年、そしてその後ろを歩く小柄な少女の姿が映った。
『もしかして……』
特にこれといったことのない一団だが、老人の身に着けた衣類を見たマルチンはピンときた。
『……あれは……』
マルチンは気付くと走り出していた。
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マルチンが通りを渡ってその一団を確認にすると、その勘に間違いはなかった。
「母さん!!」
マルチンがロバの背に乗った老人に呼び掛けると、老人は呆けた表情で答えた。
「あなたは、だぁれ?」
青白い顔で答える老婆の表情は疑問に満ち満ちている、マルチンはそれを見ると大きなため息をついた。
「母さん、僕だよ……マルチンだ……」
マルチンが力なくそう言うと老婆は首を横に振った。
「あなたはマルチンじゃないわ、マルチンはそんな顔をしてない…」
老婆が不安げな表情を見せた。
「家に帰ろう、さあ母さん」
マルチンがそう言うと老婆はそれを無視した。
「……知らない人のところにはいかないわ……」
老婆がそう言うとマルチンは先ほどよりも大きなため息をついた、その表情は徒労感で満ち満ちている。かげりのある表情からは絶望の色さえも湧き出ている……
ロバの手綱を引いていた少年はマルチンを見て声をかけた。
「息子さんですか?」
少年はマルチンが力なく頷くとさらに続けた。
「このおばあさんは靴を履いていません。おぶって帰るのも大変でしょう。お家まで送りますよ」
マルチンはあまり関わり合いになってほしくない表情を見せたが、母が素足であることを確認するとやむを得ないと思いなおした。
マルチンはホフマンをはめてパトリックを追放する資料を書かせることに成功しました。すべて計画通りです。
ですが、プライベートではかなり苦しい状況が続いています。
はたしてこの後、いかなる展開があるのでしょうか? そして突如として現れたロバと少年と少女は誰なのでしょうか?




