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第十七話

41

その日の夕刻、パトリックが夕食を終えて寮の自室に戻ろうとすると……その背後から声が飛んできた。


「武勇伝を残したようだな、パトリック。サセックス家と領民を妥結に導いたのはたいしたものだ」


 講堂と食堂とをつなぐ渡り廊下で突然に声をかけてきたのは候補生代表のクレイであった。その後ろにはメガネをかけた候補生ルドマンが控えている。


パトリックはすぐさま敬礼した、上級生に対する応対である。


「硬いあいさつは結構だ。今日は少し話が合ってな……」


クレイはそう言うとパトリックにつらをかすように人差し指をたてた。


                                     *


場所を変えた二人はさしとなった。その後ろではルドマンが誰か来ないかを見張っている……


「単刀直入に言おう。此度の事案はフレッドではなく、お前の策であろう。」


言われたパトリックは即答した。


「いいえ、フレッド君の機転であります」


パトリックがそう言うとクレイは鼻で笑った、


「私を見くびらないほうがいい」


クレイはそう言うと調べ上げてきたパトリックの経歴に触れた。


「貴様はブーツキャンプにいたようだな、そこで何を学んだのか……まさか交渉術か?」


クレイは意味深な言い方をした。


「鉱山で取れる砂金の盗掘事件があった時、キャンプに収容されている囚人の一人が広域捜査官につなぎをつけて事件を解決に導いた……」


クレイはさらに続けた、


「横暴な館長が受刑者であるサルタンという少年と結託してキャンプを支配しようとしたところ、一人の受刑者の上申書が提出されたことでその企みが水泡に帰した……」


クレイはパトリックをねめつけた。


「この受刑者はいったい誰のことなのだ、パトリック?」


 さしものパトリックもクレイの調べ上げた事実に対して口を閉ざした。下手な言動が自分の立場を危うくするとその直感が訴えたためである。


クレイはパトリックの表情を読むと切り込んだ、



「だが、お前の過去は皆が知るわけではない……」



クレイはさらに意味深な物言いを見せた。



「どうだ、こちらに来んか?」 



クレイは斜に構えて発言した、その表情には自信が揺らめいている。



「フレッドにつくよりも、私のほうが将来的価値があるとおもうがな……なんなら中間テストの過去問をまわしてやってもいいぞ。私も人脈はある。そのほとんどの教科においてお前の必要な情報が網羅されるだろう」



 クレイがそう言うと腰ぎんちゃくであるルドマンは中間試験の過去問と思われる資料をパトリックに見せつけた。


パトリックにとっては『垂涎の品』と言って過言でない……すべての教科だけでなく、実技試験のノウハウまで記されているではないか……



だが、パトリックは美しい表情を変えずに発言した。



「面白い申し出ですが、私は誰の下に付くつもりもありません。」



クレイはその答えに不快な表情をみせた。申し出を拒絶されたことに対する怒りが滲んでいる……



「私はこの士官学校を出た後はポルカに戻って貿易商になるつもりです。軍人としての未来を描いているわけではありません。」



パトリックはそう言うと美しい相貌に陰りを見せて発言した。



「それに、人の過去を暴いてあげつらう人間の下で働くのはこころもとない。総代の申し出はお断りいたします。」



まさかの回答にクレイは下唇を噛んだ。



『ローズ家の嫡子、候補生代表ローズ クレイの私の懐柔を断るというのか……』



半ば面食らったクレイであったが、その思いはすぐさま怒りと憎しみへと変貌した。



「そうか、ならばもう何も言わん……お前は敵とみなすだけだ」



 クレイはそう言うとパトリックをねめつけて踵を返した。その背中には尋常ならざる不快なオーラが浮かび上がっていた。


                                   *


パトリックは去りゆくクレイとルドマンの後ろ姿をみると頭をポリポリと掻いた。



『不味かったかな……』



 パトリックは自分の選択が間違いないと確信していた。クレイのやり方を受け入れればその下僕しもべとして使われることは必至である……だが自由を奪われ従属することはパトリックにとって本意ではなかった。



『犬になるのはごめんだ』



だがそう思う一方で。クレイの動向は気になった。



『嫌な相手を敵に回したな……』



パトリックはそんな風に思った。


                                  *


 一方、パトリックと決別したクレイであったが……総代室にもどると腰ぎんちゃくであるルドマンがクレイの耳元で囁いた。



「私に策があります」



ルドマンはそう言うと風紀委員としての権力を行使する策を述べた。


……その内容は一言で陰険といえる……


「面白いじゃないか」


クレイはルドマンの策を吟味するとフフッと笑った。


「いいだろう、やってみろ」


そう述べたクレイの表情には悪魔的な笑みが浮かんでいた。



42

さて、それからしばし…


 マルチンは候補生たちの動向をさぐりながら、いかにして中間試験の過去問が流れていくかを分析していた。



『やはり、上級生からか……』



 想定通りの流れにマルチンは納得した表情を見せたが、上級生がパトリックに過去問を流す姿勢には互いの利害関係があることに気付かされた。



『なるほど、合コンか、その見返りに過去問を』



鼓笛隊との会合を持つことでパトリックが上級生をその掌に載せる戦略はうまくいっていた。


『なかなか、うまいやり方だ』


マルチンはパトリックが合法的に過去問を手に入れていることに不快な笑みを見せた。


『ばれていないつもりだろうが……私は甘くないぞ……』


マルチンはまじめさを欠く候補生が何よりも不愉快であった。


だがその一方で、マルチンは決定的な瞬間に関してはいまだにつかめずにいた。



『過去問の流出は手渡す瞬間を現行犯として捕まえなければ、しらばっくれられて逃げられる』



マルチンはほぞをかんだ……



『いかにして過去問流出の現場を抑えるか……』



マルチンがそう思ったときである、その後ろから忍び寄るようにして一人の候補生が現れた。


                                    *


「マルチン先生、クレイ総代から言伝を承っています。」


 メガネをかけた候補生ルドマンはそう言うとパトリックがいかにして中間試験の過去問を手に入れているかの方法を述べた。


「我々がパトリックたちを監視して、先生に伝えれば『その瞬間』にも立ちあえるのではないでしょうか?」


ルドマンが自信を見せて発言するとマルチンが答えた。


「なぜ故に、お前はそのようなことを言うのだ?」


それに対してルドマンが答えた。


「彼のやり方は風紀を乱すものです。これが蔓延すれば士官候補生の質が低下するのは間違いありません。風紀委員としては許しがたいものがあります。」


ルドマンはもっともなこと言うと懐から数枚の便箋を出してマルチンに渡した。


それを見たマルチンは苦い表情を浮かべた。



『パトリック……まさかの前科者か……ただ素行が悪いだけとは違うようだな……』



 罪状こそわからなかったものの、クレイがルドマンに渡した資料は実に詳細でパトリックに関することが事細かに記されていた。


『さすがだな、ローズ家の人脈を使って個人情報をあぶりだすとは……教職員の中にはローズ家の子飼いの連中がいる。奴らを使ったのか……』


知恵を回したマルチンは資料に完璧に目を通すと息を吐いた。



「この資料は預かっておこう、ルドマン君、下がりたまえ」



マルチンはルドマンがその場からいなくなると一つの結論に至った。



『ほかの候補生に対する見せしめになってもらう。パトリックには犠牲なってもらうほかないな……綱紀粛正という点では好都合だ。残念だが、これで終わりだ。』



そう思ったマルチンの表情はただの数学教師とは思えぬ悪辣なものであった。


パトリックの懐柔に失敗したクレイは腰ぎんちゃくであるルドマンを使って策略を練ります。


そして、マルチンを巻き込んで、敵とみなしたパトリックに攻撃を仕掛けます。


はたして、この後、どうなるのでしょうか?

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