第十五話
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無断外泊したことと午前の授業に遅れたことを糾弾されるとおもっていたパトリックとフレッドであったが……二人は思わぬ事態に直面していた。なんと校長から呼び出しをくらっていた。
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砦の面影を残す校長室には国旗が掲げられ、その部屋の中心に執務机が置かれていた。
「昨日、何があったか話してもらおうか」
校長は温和な表情であるもののその物言いは何やら意味深である……
「えっと……その」
フレッドがそう言うと校長のほうが切り出した。
「サセックス家でなにがあったんだ?」
既に昨日の出来事を校長は知っているようで、軍人らしい口調で二人を詰問した。
パトリックとフレッドは正直に答えることにした。無駄に隠したところで意味がないと判断したためである……下手な問答をすれば鉄拳制裁を食らう恐れもあるだろう……
*
「そうか、サセックス家の跡取りは暴行犯だったのか……領民の娘を手籠めにしようと……」
校長は不快な表情を浮かべた。
「貴族の風上にも置けんクズだな」
校長はそう言うと二人をさらに詰問した
「すでにお前たちがサセックス家と領民との間をとりもち交渉を妥結させたとも聞き及んでいる」
パトリックとフレッドは校長の情報収集能力の正確さとその速さに息をまいた。『もうわかってんじゃん……』二人がそんな表情をみせると校長は口角を上げた。
「士官学校では情報将校の育成もしている。この程度のことは風のうわさを聞きつけるレベルのことだ。」
校長はそう言うと二人を見た。
「来月からシェリー酒の値段が下がると聞いた……妥結の条件に減税という項目を追加しようだが……この案を考えたのは貴様らのどちらだ?」
フレッドはその問い対して『パトリックだ』と暗に示唆しようとしたが、パトリックはその前にきっぱりと答えた。
「ローズ フレッド君です」
言われたフレッドはまさかの言動に息をまいたが、それを否定する前にパトリックが校長に畳みかけた。
「フレッド君はサセックス家の頭首がローズ家の嫡子に対して槍を向けたことを逆手に取り、交渉の条件に酒税の減税をもり込んだのです。一触触発の状態を切り抜けられたのもフレッド君の知恵のおかげです」
それに対して校長は腕を組んで沈思した。
「……そうか……」
校長は意味深な視線をパトリック浴びせたが、しばし間を置くと二人を立たせた。
「歯を食いしばれ!」
言うや否やであった、張り手のようなビンタが二人にとんだ。
「無断外泊の罰だ、次回はこれで済まんからな」
校長はハトが豆鉄砲を食らったような表情を見せる二人をしり目に退出を命じた
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二人が出ていくと入れ替わるようにして教頭が入ってきた……
「フレッドが交渉を妥結したとは……なかなかやりますな……ローズ家のつまはじきのような人物が……」
教頭は驚いた表情を隠さなかった。
「兄のクレイとは違って将来は明るくないと思っていましたが……なかなかどうして……」
教頭がフレッドのことを褒めると校長はそれを否定した。
「あ奴に、そんな能力はないよ。実戦経験のない候補生が修羅場で知恵をまわせる機転がきくとはおもえん……ビビッて逃げ出すこともできなかっただけだろ。」
それに対して教頭が怪訝な表情を見せた。
「いい友達を持ったということだ」
校長はそう言うとグランドのほうに目を向けた、その視界にはパトリックとフレッドが談笑する様子があった。
『フォーレ パトリックか……フレッドに華を持たせて自分は一歩引き下がったところから状況を観察する……なかなかの策士だな……ラインハルトの読み通りだ』
校長はそんな風に思ったが厳しい表情をみせた。
『……だが、できすぎる……。』
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さて、その午後……
パトリックとフレッドの成し遂げたことが生徒たちに知れ渡ると、二人の株はうなぎのぼりになっていた。昼休みになると二人の前には人だかりができていた。
「きいたぞ、二人ともすごいじゃないか!」
パトリックの催した合コンに参加した連中は二人を囲むとほめそやした。その表情には高揚感がある。身近な人間が大事をなしたことにより、彼らも興奮しているのである。
「ぶちきれた領民は手におえない……とくにツーリの連中は気性が荒いからな……領主に反乱を起こすのもじゅうぶんありえる……」
クビなしがそう言うと鼓笛隊との合コンに参加した上級生のリッドが続いた。
「反乱になってしまえば領民も領主もまずいことになる……領主は監督責任をとわれて罰を受けるだろうし……領民は打ち首だ……」
最悪の事態を回避して妥結に導いたことに関心を持った連中がさらに集まってきた。
「どうやって、妥結に導いたんだ?」
それに対してパトリックが答えた。
「領主の失態に漬け込み、ローズ家の威光を用いただけです。」
パトリックが端的に答えると具体的な内容を聞こうと複数の者がさらに集まった。
「もっときかせろよ!」
食堂は二人を中心にして興奮のるつぼと化していた。周りの候補生たちはパトリックとフレッドの言動に耳を傾けようとした。
だが、これを良く思わない人物がいた……
「フレッドめ……」
そう思ったのは候補生代表のローズ クレイ……フレッドの兄であった。
候補生の代表として一目置かれた存在であるが、劣っていると思われた弟が思わぬ武勲を上げたことは彼にとって不快な思いを抱かせた。
さらに酒税の減税という快挙をフレッドが成し遂げたため、その点からも彼の評価は上がっている。シェリー酒の値段が下がるのは必至であるため、週末にツーリに飲みに行く候補生たちにとってはフレッドの功績は喜ばしいものである。
『……面白くないな……』
品行方正かつ成績優秀、士官学校で彼の右に出るものはいままでいなかった……だが弟であるフレッドの存在はにわかに注目され始めている……
それどころか学業以外の人気という点において評価されている……クレイは学業や軍事訓練といった表向きの評価こそ高いがそれ以外の点ではそうでもない……
クレイの中で生まれた不快さはすぐに形を変えた。
『早めに目は摘んだほうがいい、それが後のためだ』
クレイはそう思うとフレッドの隣にいる美しい青年にめをやった。
『フレッドが一人でサセックス家と領民を妥結に導いたとは思えん……あのパトリックという存在が大きな役目を果たしと考えるべきだな……』
フレッドは知恵をまわすと一つの結論に至った。
『奴は俺にとって邪魔になるやもしれん……パトリック……』
そんな思いを持ったクレイであったが、その眼に気になる存在が映った。その存在は妙に厳しい視線をパトリックとフレッドに投げかけていた。
『あの教師も腹に一物あるようだな……』
食堂で候補生の輪に囲まれたパトリックとフレッドに厳しい表情を向けているのは数学教師、マルチンであった。
『あの教師は……おもしろそうだ……』
そう思ったクレイはほくそ笑んだ。
武勲を打ち立てたパトリックとフレッドに対して敵愾心を燃やしたのは総代であるクレイ(フレッドの兄)でした。 クレイは数学教師マルチンの様子を見ると策謀を巡らせます。
はたしてクレイとマルチンはいかなる行動をとるのでしょうか?
* 次回からこの章の後篇になります。まだ書き溜めていないので2週間ほどお待ちください。(申し訳ない!!)




