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第十四話

33

農夫の拳がパトリックに向けて唸りを上げる、その軌跡は最短距離でパトリックの美しい相貌に叩き込まれようとした。


が、そのときである……思わぬ事態が起こった。


 なんと群衆の中から一人の娘が躍り出たのである。そしてその娘は間髪入れずに農夫の足にすがりついたのだ。



「だめ、その人は!!」



その娘は震える声を上げた。



「ダメよ!」



農夫はそれに対して激高した。


「邪魔だ、ルシオラ。領主の息子をかばい立てするような奴は、そいつらと同族だ。どうせ貴族同士、裏では手を組んでるんだ!」


だが、農夫に縋り付いた娘は手をはなさなかった。



「……その人は違う……その人は違うの」



若い娘は叫ぶようにして農夫に声を上げた。



「お父さん、その人は助けてくれた人よ。私が襲われたときに!」



父と呼ばれた農夫はルシオラの言動にその表情を変えた。


「私が今日の昼ごろ、ハンターを装った領主の息子に襲われた時、その人が助けてくれたの……破れた洋服を繕う費用もくれて……」


ルシオラと呼ばれた娘がそう言うと周りの領民たちはその顔を見回した。



「えっ……」


「何……」


「マジか……」



パトリックが領主と結託していると邪推していた連中たちはルシオラの言動に驚きを見せた。


「その人が助けてくれたから、私はお姉ちゃんみたいにならなくて済んだの……」


ルシオラが震える声をあげるとパトリックを殴ろうとしていた農夫が絶叫した。



「じゃあ、どうしろっていうんだよ!!」



 知恵のない農夫の叫びにはいかんともしがたい思いが滲んでいる。娘を暴行した貴族に加担する候補生に鉄槌を下そうとしたものの……その候補生が下の娘を救っていたという事実は農夫の心に凄まじい電撃を走らせていた。


パトリックは農夫に近づいた。


「交渉を続けるというならば、お前たちにも光が当たることもあろう。だが暴力を用いるならばそれはできん」


パトリックが美しい表情を崩さずにそう言うとマディソンが農夫に近寄りその肩をしっかりと抱いた。


「まだ、おわりじゃない。賠償を勝ち取るんだ!」


 周りでエキサイトしていた領民たちは彼らの様子に息をのんだ。そして先ほどまでたぎらせていた血がスッと引いていくのを感じていた。


群衆の変化を目にしたパトリックは様子を鑑みて和解の条件を述べた。


「暴行された者とその家族に対する見舞金、そして領主の息子に対する強制的な医療措置(山間にある病院に強制入院させて性癖の矯正を施す)を約束しよう。ただし、今回の事案は互いになかったこととして水に流す」


 パトリックがそう言うと『それでは納得できない』という声が間髪上がった。領主の息子に対する措置が甘いという意味だ。怒りが収まらぬ町民たちの額には青筋が入っている。


それをわかっているのだろう、パトリックはここぞとばかりに切り札をきった。



「この条件を加えてはどうかな?」



群衆はパトリックの付け加えた条件を耳にすると鼻息を荒くした。そこには悩ましい思いが滲んでいる……



そして、しばし……



パトリックは周りを見回した後、農夫の父親に語りかけた。先ほどの表情とは異なり慈愛が滲んでいる。


「もしサセックス家が約束を反故にするようなら、そのときは容赦なく鉄槌を下せばいい。そのときはお前たちを弁護する立場を私がとろう。私の隣にいるローズ フレッドは御三家の出身だ。そのフレッドが証言すれば枢密院とて無下にはできん」


パトリックがそう言うとマディソンが農夫の肩をしっかりと抱いた


「お前の娘は私が回復するまで面倒を見る……心配するな」


農夫の父親はしばし体を震わせると……そのあと沈黙した。そこには妥結を認める雰囲気が滲んでいる。


 マディソンはそれを感じ取ると小刀を取り出して親指の腹を少しばかり切った。薄く鮮血が流れるとマディソンはフレッドの差し出した羊皮紙に血判を押した。



領主の息子が引き起こした事件が秘密裏に落着した瞬間であった。



34

さて、事件が終わったその翌朝……


パトリックとフレッドは夜が明けてから帰路についた。さわやかな朝もやが街道を覆うなか二人は馬上の人となっていた。


「マズイな授業に間に合わん……それに無断外泊だしな……」


フレッドがそう言うとパトリックは申し訳なさそうな様子を見せた。


「すまんな、巻き込んで……」


パトリックがそう言うとフレッドは朗らかな表情を見せた。


「いや、おもしろかったよ、一触即発の状態で妥結まで持ち込んだんだ。たいしたもんさ。一つ間違えれば俺たちもやられてただろうしな。命のやり取りっていうのか……俺、初めてだよ、人生であんな経験したのは……」


荒れ狂う領民の姿に恐怖を感じていたフレッドは人生における修羅場の経験に興奮した面持ちを見せた。


その後、フレッドは気にかかっていた疑問をパトリックにぶつけた。


「門の前で領民たちと対峙した時……お前、わざと視線を外しただろ……あれはひょっとしてルシオラのことを見ていたのか?」


言われたパトリックは静かに答えた。


「ああ、ひょっとすると状況を変える手札になるかと思ってな……だが、ルシオラがあの農夫の娘とは思わなかった……」


フレッドはパトリックの一瞬の判断がその後の状況を大きく変える要因になったことに息を吐いた。


「お前……すごいな……」


フレッドが感心するとパトリックがそれに応えた。


「あれは幸運に過ぎない」


フレッドはそのあと『妥結』の条件について触れた。


「領主の息子は強制入院だろ……しばらくは出てこれないから領民の被害は無くなるだろう……それに見舞金も出た。領民としてはわるくないだろうな。」


フレッドはそう言うとパトリックが交渉の妥結に至らしめた最後の『切り札』に触れた。



「あの手で来るとは思わなかったな、まさかシェリー酒に課された≪酒税の減税≫とは……」



フレッドはパトリックが講じた手段に息をまいた。


「酒税があがって領民は不快な思いをしている。そこに領主の息子があの事件を起こしたとなれば、領民も黙っていられないだろう……かといって領民たちも投擲物をなげてサセックス家の執事と兵士を負傷させた……両者が妥協する必要がある」


パトリックはさらりと結論を述べると、相も変らぬ美しい表情で付け加えた。



「それにうまいシェリー酒が安く飲めるなら、俺たちにとっても悪くない。」



妙に達観したスーパーイケメンの一言にフレッドは言葉を亡くした・



『こいつ……ただのイケメンじゃやねぇな……なんなんだろうな……この雰囲気……』



フレッドがそんな風に思ったときである、二人の視界に士官学校の正門と本館が見えてきた。




パトリックはシェリー酒にかけられた≪酒税の減税≫という切り札をきることで、サセックス家とその領民との間に妥結を導きました。


ですが物語はこれでは終わりません……(次回、新たな展開があるやも!)

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