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第十七話

14

 翌週、『ロゼッタ』では作戦会議が開かれた。『鉄仮面』ことマーサは会議に参加しなかったが、改革案は複数出され自由闊達な議論が展開された。


「じゃあ、新メニューで巻き返しを図るのがあんたの意見だね」


「そうです。」


「具体的には?」


「うちでは使わないチーズを使ったものがいいと思います。」


「ベアー、あんたねチーズを使ったパスタなんてどこにでもあるんだよ、それじゃあ、あっちには勝てない。」


女店主は続けた。


「それにチーズって言ったって種類が多いし、コストの面も配慮しなければならないんだよ、青カビのチーズやパルメザンだって安くはないんだ。」


「わかっています、僕には考えがあるんです。」


ベアーはそう言うと自分の考えを述べた。


                                 *


女店主はベアーの熱弁に耳を傾けた。


「……やってみる価値はありそうだね……よし、ためしてみよう。それで味が良ければメニューに出す。それでいいかい?」


「はい」


ベアーは返事をすると早速行動に移った。


                                 *


『拝啓

 バーリック牧場の皆さまいかがお過ごしでしょうか。僕は今、ポルカのパスタ屋でバイトをしながら毎日を送っています。肉体的にはハードですが何とか仕事には対応できるようになりました。これもチーズ工房で腕力をつけたおかげだと思います。


 さて、本題にはいりたいとおもいます。実はうちの店で新メニューを出すことになりました。そしてそのメニューにバーリック牧場のチーズを使いたいと思っています。


 少量でいいので乾燥チーズと生チーズを数種類、小分けにして送っていただけないでしょうか。支払いに関しては着払いで構いません。


よろしくお願いします。


べアリスクライドル より』



手紙を読んでいた老婆は一息ついた。


『都じゃなくて、ポルカに行ったのかあの子は……』


老婆がそう思ってカフェラテを入れようとすると、ルナが母屋のドアを開けて入ってきた。


「どうかしたんですか?」


「ベアーから手紙が来たんだよ」


ルナは大きく目を見開いた。


「読んでみるかい」


老婆はそう言うとルナに手紙を見せた。ルナは嬉しそうに中身を呼んだ。


                                *


「パスタ屋? 貿易商の見習いになるって言ってたのに……」


「少し遠回りしているんだろ」


老婆もその点には気になったが、文面から察するに健康問題がなさそうなので深くは詮索しないことにした。


「さて、どれにするかね……」


そう言うと老婆は立ち上がりチーズ工房に向かった。


 棚には複数のチーズがあるがパスタとなるとクセの少ないモノのほうが使いやすい。老婆は3種類のハードタイプと1種類のセミハードタイプを選んだ。


「問題は生チーズだね……」


生チーズは鮮度が重要になる、ポルカまでは馬車を乗り継いで二日はかかる。


「どうしたの、おばあさん?」


「生チーズをどうするか迷ってるんだよ」


生チーズは水分を多く含んでいるので傷みやすい、1,2日で腐ることはないが常温で保存すれば風味は落ちる。


「まあ、とりあえずこれでいいか。」


そう言うと老婆は3種類の生チーズを選んだ。


「明日、街まで行って発送の手続きをすると……けっこう日にちがかかるね。量も多いし料金も……」


そんな時である、ルナが声を上げた。


「それなら持っていけばいいんじゃないですか?」


「お店があるだろ」


老婆は困った顔をした。


「そうじゃなくて……」


ルナはそう言うと満面の笑みを浮かべた。


                                *


 翌日の売り上げはさらに下がった。いつもの常連客も顔を見せない、女店主の顔に焦りが生じた。


「ベアー、チーズを送ってもらうとどのくらいの時間がかかるんだい?」


「今日の朝、発送したとすると4,5日でかかるでしょう。急いで送ってくれとは書きませんでしたから」


「弱ったね……」


昼のラッシュはそれなりに忙しかったが、シンクに皿がたまるほど大変ではなかった。確実に客足は遠のいていた。


「仕込みの量、どうします?」


「そうだね、少なめにしようか」


売り上げが落ちているだけあって女主人はロスが出ないようにトマトソースの量を減らすことにした。


「あの、最近、夕方からマーサさんがいなくなるんですけど、お店の方はいいんですか?」


「ああ、いいんだよ、ほっとけば」


女店主は売り上げには頭を痛めているようだが夜の店に関してはさほどの関心がないようだ。


「夜はさほどの売り上げがあるわけじゃないから、別にあんたが気にしなくていいよ」


そうは言ったものの女主人の顔はどことなく陰鬱だった。


                                *


 翌日の水曜は昨日より客が増えたものの、売り上げは低調で芳しくなかった。新しくできた競合店は列をなして客が並んでいるが『ロゼッタ』では対照的な光景が展開していた。


『本格的にまずいんじゃないのか……』


ベアーの脳裏にはロイドの言った『倒産』という言葉が浮かんだ。


『大丈夫かな、うちの店……』


                                *


 ベアーは店の掃除を済ませると、ロバの様子を見に行くことにした。いつものルーティーンである。シェルターについて厩に向かうとすぐにロバが目に入った。厩では変わらずロバに人気があるようで子供たちはロバに乗ったり尻尾を触ったりと楽しそうにしていた。


 そんな時である、年長の少女が声を上げた。目が大きく肌の黒い亜人の少女である、手には餌の入ったバケツを持っていた。


「ほら、あんたたち、ロバさんのご飯の時間なんだから、どきなさい!」


亜人の少女が声を張り上げると小さな子供たちはその場を離れた。


「早く戻らないとご飯の量、減らされちゃうよ」


 年長の亜人の少女がそう言うと小さな子供たちはシブシブと建物の中に帰っていった。少女はそれを確認するとロバに餌をやって体をブラシッングした。


 ベアーがその様子を見ているとロバと目があった。ロバはわざと視線を外してからベアーを一瞥して『ニヤリ』とした。そこには明らかな『勝ち組』としての優越感があった。


『あいつも……リア充か……』


貧乳に騙されたベアーは劣等感を抱いてシェルターを後にした。


                                 *


 小高い丘を切り出して造られたポルカの町並みは黄昏時になると独特の雰囲気がある。海の方に吹き下ろす風が水面を撫でて吹き抜けていく様子はベアーが育った故郷と違い、えもいわれぬものがあった。


『ずいぶん、遠くまで来たな。』


感傷的になったベアーが洗濯をしながらそんなことをおもっていると店の方から女店主が顔をのぞかせた。


「ベアー、ちょっとお店の方に来てくれるかい」


一瞬、『何だろう』とおもったが店の方に回ると驚きの光景が展開していた。



「おにいちゃん……会いたかったよ…」



なんとそこにはバックパックを背負ったルナがいた。



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