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第八話

17

パトリックが進行役として進められた合コンは想像以上の結果を導いていた。カップリングまでいかなかったものの、それぞれが打ち解けた雰囲気でお茶を楽しみ、親睦を深めたのである。


 パトリックは自分に対してラブラブビームを浴びせてきた女子をリッド(3年)に矛先を変えるようにうまくリードすると、一番もてないであろうクビなしにも会話の機会をふんだんに与えるように立ち回った。キーファという2年の先輩にはカップリングまで寸前というところまで行くようにおぜん立てした。


 さらには、進行役として巧みな話術を見せたパトリックは次回の合コンの約束まで取り付けたのである。


 スーパーイケメンのそつのない言動は年上の女子たちにさえ嫌味を与えることはなかった。むしろ先輩を立てながら静かにほほ笑むパトリックの姿は彼女たちにも好感を与えていた。



完璧といって過言でない働きである……



そしてもう一つ、合コンにおける最大の問題点、すなわち女子たちのお茶代だが……



その勘定はローズ家の嫡子、フレッドの前におかれていた。



『なるほど、合コンに参加できたのは支払い役が必要だったためか……』



 フレッドはカチンときたが、パトリックがリッドやキーファとから渡されるであろうブツのことを耳打ちするとその思いも薄れた……



『そういうことか……パトリック……』



勘定ビルを握りしめたフレッドはため息をついた。



『これだけうまくはめられたら、こっちもどうしようもないな……』



 颯爽と茶屋を出ていくパトリックの背中には雄々しいオーラがわき出ている。そこには『ブツ』の回収を完ぺきにしたパトリックの自信が絡みついていた。



『……中間試験の過去問とその解法を記したノート……俺にも役立つというわけか……』



パトリックが手にしたブツとは中間試験をカバーするノートとその過去問である。



『合コンをセッティングして先輩どもをてなずける……そして過去問とノートをゲット。ここの支払いは俺に回す……そして、その対価としてノートと過去問をシェアする……』



フレッドはパトリックの策に鼻息を荒くした。



『完璧だな……ただのスーパーイケメンじゃねぇ』



フレッドはそんな風に思った。



18

一方、その頃……


数学教師マルチンは途方に暮れていた……



『一体どうすれば……』



眼前にある問題は彼の手に負えなくなっていた。



『入院させる金もない……下級貴族の私のかせぎではたかが知れている……』



医者からマルチンに告げられた事実はあまりに悲惨なものであった。



『……治らないのは理解できる…だがこのままでは……私もつぶれてしまう……』



そんな風にマルチンが思ったときである、か細い声が聞こえてきた。



「マルチン……マルチンや……」



マルチンはその声を耳にすると背筋が凍りついた。



『やめてくれ……おれを呼ぶのは……』



 日中はメイドを雇って面倒を見させていたが、その費用もばかにならずマルチンは厳しい生活を強いられていた。すでにマルチンは実家である生家を手放していた……経済的にも限界が訪れていたのである。



『……もう無理だよ……』



マルチンは声の主を見ると体が震えてきた。



『……かあさん、もう、勘弁してくれよ……』



災厄ともいうべき事態はマルチンの心を砕いていた。



19

士官学校は2学期制になっていて、それぞれ学期に2度の大きな試験が用意されている。すなわち中間試験と期末試験である。この中間と期末においての成績は重要で、ここできちんとした点数を取らなければ放校となることも十分にある。


 ブーツキャンプで学問とよぶには程遠い環境にいたパトリックの学力はいまだに甚だしく劣っていた。真面目に学んでいる上級学校の生徒と比べれば、かなりの差があるといってよい。


 だがパトリックにとって幸運なこともあった。それは士官候補生がさほど優秀ではないという点である。現在ダリスでは政治家や高級官僚を目指す貴族の子弟が多く、できのいい指定は士官学校には来ない……すなわち優秀な貴族の子弟は士官学校には少ないのである……


 むしろ素行に問題のある者や、上級学校を放校された者、ないし経済的に困窮している者が多く、教育者の間では士官学校は貴族の吹き溜まりと揶揄されているのだ。パトリックにとってその点は芳しいものであった。



『地理と歴史はいけそうだな……それほど問題が変わるわけではないだろうから、この範囲を押さえておけば何とかなる……』



パトリックは合コンの成果として手にした過去問とノートを見ると次の教科に移った。



『語学は何とかなりそうだ……この範囲ならいける……』



 パトリックは幼いころから祖父のロイドから公用語であるトネリア語を習っていたため、中間試験の範囲であればそれほど苦も無く対処できると判断した。むしろ高得点もねらえると……


『単語と熟語、これだけ押さえておけば何とかなる……』


だが、その一方、土木と数学は厄介であった。


『野営地の造成か、地質的なことを考える必要がある……それに数学的な計算もあるな』


 野営地を作る行為自体も難儀なのだが、理論的な裏付けをして処理するとなるとさらに難しい……単なる計算ではなく実技も要求されるので厄介だ……すなわち勘では何ともならないのである。


『測量的な視点が必要になる……地形を考慮して塹壕を掘るとすると……面倒だな』


土木は治水に関しての知識が重要になる、塹壕を掘るにしても土質や近辺の環境を考慮する必要がある。


パトリックはクビなしの記したノートを見たがいまいち理解が及ばなかった。


『ここは問題だな……数式に当てはめて処理するだけでは何ともならん』


パトリックがそんなことを思ったときである、部屋のドアがノックされた。


                                   *


「よう!」


親しげに声をかけてきたのはフレッドである、その表情は柔らかい。


「あのノート役立ったな!」


フレッドはパトリックに回してもらったノートを写し終えたようで中間試験に対して並々ならぬ自信を見せた。


「授業の内容とノートの中身が8割かたかぶってるからな……ノートの内容を暗記しただけで赤点を回避できる!!」


フレッドがそう言うとパトリックが『静かにしろ!』とアイコンタクトした。


「ほかの奴らにノートと過去問の件がばれるのはマズイ……他言無用だ」


言われたフレッドは意図を理解するとすぐに小さな声に変えた。


「じつは、さっき先輩たちの中で合コンに参加したい連中がコンタクトしてきた。」


フレッドはそう言うと上級生の名前を上げた。


「どうする、恩をうっとくか?」


フレッドは合コンを通して先輩たちとコネを作る気があるようで、その物言いは策士的である。


それに対してパトリックは沈思した。


『あまりおおっぴらにやるのも芳しくない……だが土木の問題は理解が及ばん、とくに実技に関してはマズイ……この点は考える必要があるな……』


 実のところ、土木と数学は候補生たちにとって鬼門となっていた。特に土木は土や水を触るという汚れる行為があるため、貴族としては平民にやらせるのが当たり前である。すなわち、自分で理論を組み立てることができても、それを現場で実行できないことが普通であった。



だが士官学校ではそれは許されない……自分たちで野営地を作る実習がある……



パトリックはフレッドの名を上げた候補生たちを吟味した。


「よし来週の合コンは土木と建築の実技で好成績を収めた先輩方をお招きしよう」


パトリックがそう言うとフレッドが敬礼した



「了解しました、パトリック将軍!」



こうして第二回目の合コンが開かれることになった。



第一回目の合コンはうまくいったようですが、土木の実習に不安のあるパトリックは二回目の合コンを開催することにしました。はたしてうまくいくのでしょうか?


一方、数学教師マルチンは何やら厄介ごとを抱えているようです……彼の精神はかなり摩耗しているようです……この人……大丈夫なのでしょうか……

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