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第七話

15

午前の座学を終えたパトリックは昼食をとるために食堂に向かったが、そこでは何やらかまびすしい雰囲気が訪れていた。候補生たちは浮足立つと、奇声とも思える声をあげていた。


『……騒がしいな……』


パトリックがそう思うと暇をおかずして明らかに候補生とは思えぬ制服に身を包んだ集団が歩いてきた。


 候補生たちは色めき立つと、現れた存在に対して口笛を浴びせた。そこには明らかに敬意とは異なる好意が滲んでいる。


パトリックは30人以上の団体をつぶさに観察したが、候補生たちが歓迎した理由をすぐに理解した。



『……女か……』



 彼女たちは後方支援を行う補給兵と傷痍兵の傷を手当てする衛生兵で組織された部隊である。平民という身分から組織された存在だが、士官学校とは同じ軍属ということもあり定期的な合同訓練や会合をもっている。


 彼女たちはこの時期になると士官学校のとの合同行事として鼓笛隊を組織して士官学校で演奏会を開いているのだが今回もその準備で訪れていた。



『……色めき立つのも当然か……』



 男子のみの士官学校では彼女たちはその眼を潤わす重要な存在となっている。年に4回ある春夏秋冬の演奏会は候補生にたちにとって重要な出会いの場にもなりうる……。候補生たちの目は爛々としていた。


だがパトリックはそれには目もくれずに昼食をとるためにトレーを取った。



『茶番よりも飯だ』



 パトリックは席に着くとモクモクと昼食を口に運んだ。ハーブの練りこまれたソーセージを胚芽パンにはさんで頬張るとティーカップに入ったミルクティーで流し込んだ。特にこれといったことではないが美しい青年が貴族的な所作をみせて昼食をとる姿は実に優美である。


 食堂では女子の鼓笛隊に士官候補生たちが群がっているため、席について食しているのはパトリックのみになっていた……食堂の細長いテーブル席ではパトリックだけが座っている。


 落ち着いた表情で飯を喰うパトリックの姿は鼓笛隊の女子たちからは妙に見える。群がる候補生たちとは異なる雰囲気は鼓笛隊の一部に影響を与えていた。


                                    *


その日の夕刻……


 すべての訓練カリキュラムを終えたパトリックは寮の玄関に付くと、ふたをした下駄箱に手をかけた……すると、そこから何通かの封筒が落ちてきた。


パトリックは面倒そうにその封筒を拾うと、その柄から婦女子の出したものであることに気付かされた。



『……またか……』



 ポルカでイケメンとしてその名をはせてきたパトリックは女子たちのやり口をある程度認識していた。すなわちそれらの封筒がパトリックに対する恋文であることを看破していた。



『今は遊んでいる暇はない、成績が悪いとブーツキャンプに戻されるんでな』



パトリックはそう判断するとすべての封筒を玄関近くにあるゴミ箱に投入しようとした。


                                   *


と、そのときである、後ろから声がかかった。



「お前、その手紙は……」



声をかけてきたのはフレッドである、その表情には鬼気迫るものがある。


「お前、それ鼓笛隊の女子からだろ!」


 封筒のかわいらしいコスモスの柄から婦女子のにおいをかぎ取ったフレッドはパトリックに詰め寄った。



「捨てるなんて、どういうことだ!!」



ツーリで兄のクレイに飲み屋の女を取られたフレッドは鼻の穴をフガフガさせて言い放った。



「絶好のチャンスだろ!!」



だが、パトリックはにべもない反応を見せた。


「興味はない、遊ぶ余裕もないしな」


パトリックがそう言うとフレッドが立ちはだかった。



「お前ねぇ、この女に飢えた候補生たちのなかで、その手紙をもらえることの意味が解ってんの……それ、あれだよ、アレ!」



パトリックが目を細めるとフレッドが雄々しく言い放った。



「勇者だよ、それ勇者の称号だからな!」



フレッドは続けた、



「そこから合コンまで行き着いてみろ、それ、お前、魔王を倒したようなもんだぞ。世界を救ったようなもんだからな!!」



息せき切らしたフレッドの姿を見たパトリックはため息をついた。


「遊んだところで、俺の未来が明るくなるわけじゃない。中途半端に平民と遊んだところで意味がない」


 パトリックはそう言ったが、フレッドのいつになく真摯な表情を見るとその脳裏に面白い考えがもたげてきた。



『これはうまく使えば……飛び道具になるかもな……』



パトリックは飢えた士官候補生たちの動向を予測すると一つの仮説を導いた。



『中間試験も近い……やらない手はないな』



パトリックは悪魔的な笑みをこぼしてフレッドの肩をたたいた。



16

翌週の週末……


 授業を終えたパトリックは待ち合わせの場所に向かった。そこにはすでに複数の候補生たちが集まっていた。


「本当に来るんだろうな?」


 そう言ったのは3年のリッドである。最年長の候補生で居丈高な言動を見せた。先輩としての威厳をのぞかせているのだろう、だがその一方でその眼はギラつている。青年特有のがっつきがある…


「昨日、向こうサイドから打診がありました。」


 パトリックはそう言うと花柄の封筒に入った手紙を見せた。そこには明らかに女性の文字で書かれた文面がある。


それを見たリッドは納得すると大きく息を吐いた、


「鼓笛隊との会合は重要だ。3年としても諸君たちが粗相をせんように見張らんといかん」


リッドがそう言うとパトリックは敬礼した。


「先輩よろしくお願いします」


リッドは満足すると息を整えた。


「では、諸君、会合に参ろう」


 会合とは言うまでもなく合コンのことであるが、パトリックは鼓笛隊の婦女子からもらった挨拶の手紙をうまく使って『会合』という名の合コンを開く手はずを整えていた。


 集めたメンツはパトリックにとって重要と思われる人物を選んでいる。中間テストで合法的に高得点を取るためのカギになる人物たちである。



3年 リッド(19歳であるが、既に前頭部にそり込が入っている)地理と歴史が得意

2年 クビなし(その名の通り太っていて首がない)数学と物理を得意としている

2年 キーファ(中肉中背の候補生)公用語に堪能、トネリア人とダリス人のハーフ

1年 フレッド(兄のクレイに飲み屋の女を取られている)名門ローズ家の嫡子



パトリックは以上の4人を連れると足早に会場に入った。


                                  *


 会場はツーリにある茶屋である。レンガ造りの建造物で入口には木造の看板がぶら下がっている。どの町にもある大衆食堂のつくりと同じだ……


 パトリックは店の主人にテーブル席を案内させると4人の候補生がそれにつられて入ってきた。彼らはポーカーフェイスを装っているもののどことなく緊張している。これからの出会いに対する期待がそうさせているのだろう……


「私は彼女たちが来るのを外で待ちますので」


パトリックはそう言い残すとフレッドを引き連れて茶屋の外に出た。


                                   *


明るい陽射しが店の間口を照らしている、二人の候補生は石壁にもたれる姿勢をとった。


「お前、なかなか策士だな」


フレッドはパトリックの人選にそう漏らした。


「中間テストで高得点を取るためには上級生のノートが必要になる。その点を考慮しているな」


フレッドが穿った見方をするとパトリックはフフッと笑った。


「その通り、時間的にテストで高得点を取るのは無理に近い。効率的な学習が必要だ。無駄な時間は割きたくない」


パトリックがそう言うとフレッドは『確かに』とうなずいた。


「だが、なぜ俺を呼んだんだ、アニキに女を取られたことに対する慰めか?」


 フレッドにもプライドがあるのだろう、パトリックの憐みともいうべき行為に不快な思いもあるらしく、若干非難した口調を見せた。


それに対してパトリックは答えた。


「そんなつもりはない、名門ローズ家の嫡子にそんな無粋なまねはせんよ」


パトリックがそう言った時である、前方から5名の女子軍が歩いてくるのが分かった。




パトリックは中間テストを乗り越えるために合コンを開催するという判断をしました。はたしてこれはうまくいくのでしょうか……

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