第四話
あけおめ!!!
本年も読者の皆様よろしくお願いします!
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ツーリという町は小さいながらも活気があった。目抜き通りには街灯が整備され、カンテラをもって歩く必要がないようになっていて夜になっても煌々としていた。そしてその目抜き通りには5軒の飲食店と3軒の宿屋があった。
「この町は昔から荒くれた奴らでいっぱいのところなんだが、町の住民のほうが腕っぷしが強いって言われてる……だから酔っ払いも町民を恐れてあんまり暴れないって」
フレッドは何ともなしに話し出した。
「ツーリは領主のいる土地で、その領民は領主に税を納める徴税体制になってるんだ。領主は集めた税を都に支払う形で領民の統治を任されている。」
フレッドはそう言うと一軒の店を指した。
「あそこの店は年次の上の奴らがいくから、俺たちはこっちだ。」
休日前になると候補生たちは町に繰り出すのだが、年次に合わせて酒を飲む店が異なっていた。1年、2年、3年とそれぞれが別の店で酒を飲むことが慣例になっている。娑婆に出たときは制服のもつ権力から距離を置いてもいいように配慮しているのである。
フレッドは一番みすぼらしい小さな店にパトリックを案内した。
「ここが、一年が飲み食いできるところだ。」
店の外観はほったてごやのようで内装もぼろい……お世辞にも入りたいとは思えない代物である。中で働いている親父もやる気があるようには見えない。客も少なく、まともなものが食えるかどうか定かでない……
『……これなら屋台のほうがいいな……』
パトリックはそう思ったが、その考えを見透かしたフレッドが耳打ちした。
「外にある屋台は1年は使えないんだ……2年からだ……候補生にはそう言う決まりがある。」
フレッドがそう言うとパトリックはため息を吐いた。
*
二人はカウンターに座るとシェリー酒をたのんだ。ダリスは法律では学生が酒を飲むことを禁止しているが、あまり守られていない。週末になると酔った学生たちが町を練り歩く姿が当たり前となっている……もちろん候補生も同じである
パトリックは美しいとはいいがたいガラスのコップに注がれたシェリー酒を口にすると何とも言えない表情を浮かべた。
『……マズイな……値段が安いし……妥当か』
パトリックがそう思うと、半分ほど飲み干したフレッドがつまみとして出されたポテトフライに手を伸ばした。
「ここはこれが一番うまい!」
単なるポテトフライである。だが、それが一番マシな商品らしくフレッドはそれ以外、頼んでいない……
パトリックはパクパクと食べるフレッドにつられて、ひとつつまんでみたが何の変哲もないポテトフライに仏頂面になった。
「1年は外に飲みに行ってもうまいものは食えなくなってんだ……2年になって屋台の飯が食えるようになれば別なんだけどな……」
候補生の不文律で外食に関しても縛りがあり、1年次はまともなものが食えないらしい。上級生とは顔こそ合わせないですむようになっているが、うまいものは食えないのだ……
パトリックは店の親父を見た。
「もう少しまともなシェリー酒はないのか、この酒は白ブドウの風味もないしアルコール臭いだけだ」
パトリックが不満げに言うと店のおやじは『ない!!』ときっぱりと言い放った。年端のいかないガキにまともなものを提供する気がないのか、それとも貴族の候補生に対して不快な思いがあるのか……何やら腹に一物ありそうな物言いである
『どうやら、商売をする気もないらしいな……』
パトリックはそう思うと席を立ってカウンター席に勘定を置いた。
「もう少しまともなものを出してもらいたいものだ」
パトリックはシェリー酒に関しての知識を述べた。
「このあたりは知る人ぞ知る白ブドウの産地だ。シェリー酒には定評があるはずなんだがな……ポルカの貿易商は少なくともそう考えている」
パトリックがそう言うと奥の扉から女が現れて口を開いた。
「酒税が高くて、まともなシェリー酒は出せないわよ。良質の白ブドウは高い税率がかけられる……領主に文句を言ってくださいな」
女は艶やかな衣装を着ているが、年齢は20歳にも満たないだろう……パトリックたちとそれほどの年齢差があるとは思えない。
「貴族の決めたルールに従ってこちらはやってるだけよ。もちろんあなたたちがルールを変えてくれるなら別だけど」
女が嫌味を込めてそう言うとパトリックはそれを無視して店を出ようとした。
と、そのときである……
フレッドが固まったかのように動かないではないか……
パトリックはその様子を見て一瞬で状況を認識した。
『この娘に……惚れたか……』
ぽかんとしているフレッドの様子は痴呆の老人のようである。
パトリックは一目ぼれして立ち尽くすフレッドを無視して店を出た。
10
夜のとばりが落ちているもののツーリの街はにぎやかである、週末ということもあり多くの人々がメインストリートを歩いていた。
『久々の娑婆だな』
かつてポルカでは悪友とともに夜遊びに興じていたパトリックだがブーツキャンプを出てからは町の灯というものを目にしていなかった。
煌々と輝く街灯のもとを楽しげに行き交う人の波はブーツキャンプではありえぬ光景である。
『なつかしいな……ポルカが……』
ブーツキャンプでいた期間はそれほど長かったわけではない。だが特殊な環境で尋常ではない経験をしたパトリックは自分の故郷を思い出すと嘆息した。
『……ポルカの魚介、うまかったな……ブイヤベース……喰いたいな』
そんなことを思ったパトリックであったが、その脳裏には一人の少年と一人の少女、そして足の短い生き物が浮かんでいた。
『あいつら元気かな……』
ポルカで経験した人身売買にかかわる事案では彼らの活躍がなければ、今のパトリックはない……
『ここを出るまでの辛抱だ、それが終わればポルカに帰ろう。そしてあいつらとうまい飯を喰おう。』
パトリックがそんな望郷の念に駆られたときである。突然、その思いを断ち切るような事象が彼の目の前に入ってきた。
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「やめろ!!」
鳥の串焼きを売っている屋台のあたりで何やら小競り合いが起きている、パトリックは酔っぱらいの喧嘩かと思ったが、その実情はもう少し複雑であった。
「お前ら、ぼった喰った上にみぐるみをはがそうっていうのか!」
丸々とした体の男が屋台の店主ともみあいになっているのだが、周りの客はニヤニヤするだけで店主のほうを応援する雰囲気がある。
パトリックは特にこれといった感慨もなく、その様子を眺めた。
「串焼きは半生だし、値段も3倍……おかしいだろ!!」
丸々と太った人物の権幕は凄まじい、
「お前ら、士官候補生だからって、舐めてんのか!」
ボったくられた人物がそう言うと客の一人が一歩前に出た。
「貴族のクセに庶民の来る屋台で飲もうとするからだ。貴族なら大目にチップを払えよ!」
さらにカンテラの下にいた中年の男が前に出た。
「酒税を上げる領主と同じ貴族なんかに庶民の憩いの場を荒らされたくはないんだよ、さっさと払うものを払って出て行ってくれ!」
パトリックは一連のやり取りを耳にすると、何とも言えない表情を浮かべた。
『なるほど、貴族に対して反感があるのは酒税の一件があるのか……』
パトリックがそんな風に思ったときである、先ほどの士官候補生が声を荒げた。
「貴族を舐めるな!!」
そう言った候補生は皿の乗ったテーブル部分を持つと屋台自体をひっくり返そうとした。
「平民でもぼったくりは犯罪だろ!」
一方、ほかの客たちは屋台を横転させないように抑え込んだ。
パトリックは一連のやり取りを眺めていたが、太った候補生の動きが意外に的確で、相手の位置関係を把握して力をかけていることに驚いた。力学的に正しいポジションを取っていたのだ。
『……これなら屋台も倒れるな……』
パトリックがそう思ったときである、客の一人、中年の男がスッと動いた。その手には何やら光るものがあるではないか。顔を赤らめた男は太った候補生のほうにそそくさと身を寄せた。
『……マズイ……』
瞬間的に判断したパトリックは俊敏な動きを見せた。
ツーリという町に遊びに来たパトリックでありますが、屋台で思わぬ事態に巻き込まれます。
さて、この後どうなるのでしょう?




