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第一話

ダリス国立士官学校、そこは都から少し離れた郊外にある中規模の学園である。その歴史は古く300年前の魔人との戦いにおいて作られた拠点がもとになっていた。当初は周囲に塹壕を掘っただけの野営地であったが、後に砦としての役目を果たすようになると堅牢な建造物が隆々とした姿を現した。


 それから200年……太平の世が続くと軍事的な側面は薄れ、砦としての機能は必要とされなくなっていた……魔人の放ったモンスターたちもあらかたが討伐されたためミッションとしての軍事作戦も凍結されて軍事拠点として活用されなくなったのである。


 隣国トネリアとの関係も良好で『戦』という事態も考えられなくなるとこの建造物は100年ほど前から士官学校して活用されるようになったのである。


 したがってこの学園は学校とは銘打つものの、その様は軍事的な拠点としての風貌であり、学園施設というには物々しいいでたちであった。


                               *


 パトリックは現在、この士官学校の1年生フレッシュマンとして中途入学していた。すでに1か月の月日がたち、軍事教練や座学(普通の授業)といった日常の営みにも慣れ始めていた。


 士官学校は朝がはやく、朝練といわれる早朝訓練(マラソン、筋トレ、組手)が敢行されている。ブーツキャンプに比べれば大した内容ではないが、府抜けた貴族の子弟たちにはちょうどいい調教であり、貴族の地位に胡坐をかいて緩い日々を過ごしてきた候補生にとってはなかなかつらい……


 だがブーツキャンプで苦汁を飲んできたパトリックにとっては朝練などお遊び程度でしかなく、朝食前の軽い運動といって過言でなかった。むしろ食欲を喚起させて健康を邁進させるルーティーンとなっていた。



朝練が終わると……


 腹を空かせたパトリックは講堂に隣接した学食に向かった。すでに候補生たちが列をなしているが……この列には年次という厳然たるルールがあり、新入生であるパトリックは一番最後にしか給仕してもらえなかった。


空腹であっても待つほかなかった……


『面倒だが、やむをえまい……』


 そう思ったパトリックはいつものようにトレーに食器を載せて自分の番を待った。その眼には白衣に身を包んだ給仕の職員が慣れた手つきで候補生たちの食器にオムレツとカリカリベーコン、そしてキャベツのコンソメスープ、そして胚芽パンを載せる姿が映っている。


『いつもの光景だな……』


 朝食のメニューは変わることがない。365日同じものが出される……同じメニューを延々と食べるのだが、不思議と飽きのこない味である。


 最後に並んだパトリックが白衣に身を包んだ給仕の前に木製のトレーを出すと給仕の職員は他の候補生と同様に既定の量をリズミカルにもった。


「ありがとう」


 パトリックが声をかけると給仕をしていたでっぷりとした亜人の女はパトリックをちらりと見やった。そして特にこれといったことのない所作でベーコンを一枚多めに皿に盛るという早業を見せた。


 その行為にはパトリックの感謝の念に対してこたえる様相があったが、その眼からは異なる意味合いの視線が投げかけられている……マスクの下が『メス顔』になっているのは想像に難くない……


 士官候補生の制服に身を包んだパトリックはフレッシュマンらしく短髪にかりあげていたが、その美貌は相も変わらずで、髪型の変化など歯牙にもかけぬイケメンぶりである。雰囲気イケメンとよばれる偽物エセとは違い『本物』であるパトリックはここでもその美貌の力を振りまいた。


どうやら、給仕の亜人女もすでにその美貌のとりこになっているようだ。



パトリックは特に何も言わずに配膳されたトレーを取るとフレッシュマンに割りあてられた席についた。



『やっぱり違うな……』


パトリックは胚芽パンをちぎって口に放り込んだが、ブーツキャンプで口にしたクソ不味かった胚芽パンとは異なるふっくらとした口当たりと独特の風味に舌を鳴らした。


『同じパンとはおもえない』


 胚芽パンは普通の白いパンと違い胚芽と呼ばれる芽の部分が生地の中に入っているため味わいが深い。さらにパトリックのいる学校ではパン生地から作って窯でやいているため、常に焼きたてのパンを食することができる。香ばしくパリッとした焼かれたパンが提供されるのだ。


『さすが貴族の学舎だな、味が全然違う……キャンプのパンは酸味が強すぎたからな……』


 キャンプの胚芽パンは栄養価こそ同じであるが、刑罰的な意味合いが含まれていたため、意図的に鮮度の落ちたパンが出されていた。時間のたった胚芽パンは嫌な酸味がうまれ『ザンパン』といって過言でなかった……


パトリックは焼きたてのパンにバターをつけると、そのうまさに思わずうなった。


                                 *


そんなときである、パトリックの正面に一人の候補生が座った。


 その候補生はパトリックと異なり、どことなく風采の上がらない風貌である。しかしながら妙に気品がある……貴族独特のオーラといっていいだろう。あまり軍人には見合えない。


「お前、最近入ったヤツだろ?」


声をかけてきたのは同学年の候補生である……だが、彼も中途入学してきた人物である。


パトリックはそれとなく観察した。



『こいつはたしかローズ家の……』



パトリックはそう思うと再びパンを口に放り込んだ。


「どうだ、ここにも慣れたか?」


ローズ家の子息はどことなく自信のない様子でパトリックに声をかけた。


「ええ、それなりに……」


 パトリックが上級貴族に対する礼節をわきまえた言動で答えるとローズ家の子息は先ほどのやり取りを口にした。


「お前、一枚ベーコン多めに貰っただろ?」


その表情はどことなくうらやましそうであり、妬ましそうである。


「お前、イケメンだからな……」


ローズ家の子息はそう言うとパトリックをねめつけた。


「今度の週末、暇あるか?」


パトリックが怪訝な表情を浮かべるとローズ家の子息は小声でつぶやいた。


「今度の休みにナンパに行かないか?」


言われたパトリックは即座に断った。


「学力には自信がありません……今度のテストも赤点の可能性があります。」


パトリックがそう言うとローズ家の子息は唸った。


「…そ、そうか……まあ、今度にしよう……」


 何やら意味深な表情を見せたローズ家の子息は後ろ髪をひかれるような様子を見せてからパトリックのもとを去った。


イケメンを出汁ダシにしてナンパを成功させようと考えたローズ家の子息は何とも言えない表情を見せていた。



さて、その頃……


校長室の執務机の上では便箋が拡がっていた。


その内容を確認した学校長は窓からグラウンドを眺めて顎髭に手をやった。


『おもしろいな、ラインハルトの奴め』


 ローズ家の一員である校長はブーツキャンプの館長として君臨しているラインハルトから送られた手紙を読むと禿げ上がった頭を輝かせてほくそ笑んだ。



『学年で10位以内の成績を取らねば……ブーツキャンプにもどすか……なかなかきびしいミッションだな』



 校長はすでにラインハルトからパトリックの起こした事案について入学段階で説明されていた。すなわちブーツキャンプで彼が火薬玉を使ってコックにふんした蛮族の男を誅殺したことを……


『軍属でさえわからなかった蛮族を見抜き、なおかつとどめを刺すとはなかなか将来有望だ……逆上していたとはいえ、正当防衛の情状酌量もあるはずだ……だが、ラインハルトは暇を与えずにパトリックに対して圧力をかけている……』


校長の中で疑問がわいた。


『なぜ故ラインハルトはあの新入生を気にかけるのか……』


ブーツキャンプの館長として素行の悪い少年を束ねるラインハルトの意図は判然としない。


『蛮族とはいえ、人を殺めたことに対する罰ということか……』


校長はそんな風に考えたがラインハルトの試みは面白くもあった。


『府抜けた候補生しかいない現状はこちらとしても面白いものではない……どこまでパトリックが食らいつくか見るのも面白い』


 100年ほど前までは魔人の残したモンスターを退治するという命がけのミッションもあったため、この学校の候補生たちも緊張感のある日々を送っていた。


 当時はモンスターとの戦いで命を落とすこともあり、候補生たちは生死をとしたミッションを貫徹するだけの力量を備えなければならなかったのだ。


 だがモンスター討伐が終わりを向かえ、50年以上にわたって太平の世が続くとその緊張感はすでに失われていた。候補生たちは軍人という肩書をつけただけの貴族に成り下がったのである……


それどころか現在、士官学校は素行の悪い貴族の子弟の矯正教育を施す受け皿へと姿を変えつつある……


かつてを知る校長としては緊張感のない日々に鬱積した思いを持っていた。



『ストレステストか……悪くないな』



校長はそう思うと再びグラウンドに目を移した。そこには組手にいそしむ候補生の姿があった。


『さて、どうなるかな、パトリック』


校長は再びほくそ笑んだ。

パトリックはフレッシュマンとして士官学校に入学すると、ローズ家の子息フレッドという人物と出会うこととなりました。


さて、物語はこの後どんな展開を見せるのでしょうか?


* ローズ家とは御三家のひとつでダリスでは格式の高い貴族の家柄です。皇位継承権もあります。

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