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第十六話

13

 その週の日曜、ベアーは恒例のごとくパトリック宅に向かった。パトリック家では広い庭の一角で祖父のロイドが花に水をやっていた。


「ああ、ベアー君か、パトリックは今でかけているんだ、中で待つといい」


ベアーはそう言われ、客間のソファーに座った。


しばらくすると水やりを終えたロイドがやってきた。


「体の具合はいかがですか?」


「うん、悪くはなっていないね」


ベアーはロイドの顔色を見たが特に悪くはなさそうだ。


「じゃあ、今週もさっそく」


ベアーはそう言うと回復魔法(初級)を詠唱した。


「いつも悪いね、ありがとう」


ロイドは感謝の言葉を述べると紅茶を入れた。


ベアーはかねてから気になっていた質問を投げかけた。


「あの、ロイドさんは何の仕事をされているんですか?」


「うちは貿易商だよ、フォーレ商会って知ってるかい?」


フォーレ商会と言われ、ベアーは客船の中で行商人が話していた内容を思い出した。


                               *


『フォーレ商会、やばいらしいぞ、あそこ倒産するんじゃないのか?』


『売掛金の回収ができなくなるぞ』


『取引が滞るんじゃないのか……』


                               *


ベアーの脳裏にそんな会話が思い起こされた。


ロイドはベアーの顔つきから微妙な『匂い』を嗅ぎ取った。


「何か気になることがあるんじゃないのかね?」


丁寧で物静かなロイドの物言いに対し中途半端な配慮をするのも悪いと思い、ベアーは客船で行商人が話していたことを正直に話した。


「その話か……」


ロイドは顎髭に手をやった。


「どうやらかなり噂話に尾ひれはひれがついているようだな」


そう言うとロイドはベアーに紅茶を進めた。


「その話、半分は本当だが、もう半分は嘘だよ」


ベアーはロイドの顔をマジマジと見た。


「先物で穴をあけた話は本当だ。だがそれで倒産というのは嘘だ。」


「じゃあ、あの行商人の会話は……」


「誰かがそう言う話を意図的に流しているんだろ、『風説の流布』というやつだ」


ベアーは聞いたことがない言葉に目が点になっていた。


「『風説の流布』とは意図的に嘘の情報を流すことだ。ウソの情報を流して相手を困らせ、場合によっては廃業まで追い込む、ざっくりだがそんな感じだな」


ロイドが飄々と話した。


ベアーはその姿を見て怪訝に思った。


「ロイドさん、そうした情報を流されて怒らないんですか?」


ロイドはニヤリと嗤った。


「ベアー君、長く商売をやっているとね、色々なことを経験する。たちの悪いうわさを流して利得を得ようとするやつらは昔からいるんだよ。この程度でびくびくしていたら夜もおちおち眠れん」


 ロイドは豊かな経験からその程度の情報操作では揺るがぬという自信を見せた。ベアーは素直に『すごい』と思った。


「ところで、君の仕事はどうかね、もう皿洗いには慣れたかね?」


「はい、でも……」


質問されたベアーは『ロゼッタ』の状況を話した。


「なるほど、競合店ができて売り上げが落ちたってことか」


「そうなんです、最初は皿洗いが楽になってよかったんですが……せっかく作った生地やトマトソースが余っちゃっうのを見ると、あんまり……」


「商売としてはマズイ状態だね、個人商店だと夏を過ぎるころにはつぶれるかもしれない。」


ベアーは大きく目を開けた。


「個人商店というのは掛け(代金の後払い)がしづらい。関係している業者もほとんどすべてを現金で回すはずだ。売り上げが減り現金の額が減るとマズイんだよ」


ベアーは女店主が現金で業者に支払っている姿を思いだした。


「このままじゃマズイですよね……」


ロイドは頷いたが、その顔は意外に明るい。


「パスタの専門店ならそれに見合った商品を新しく出せばいい、季節ものの商品や新しい定番となる商品、君のいるお店は手打ちパスタが売りなんだろ、それに合わせればいい。」


ベアーは『なるほど』と思った。


「ピンチはチャンスと言ってね、物事は見方ひとつで変わるんだよ」


ロイドの言葉にベアーは感心した。


                                 *


そんな時である、パトリックが戻ってきた。


「来ていたのか、ベアー」


パトリックは嬉しそうにした。


「でもちょうど帰ろうと思っている所なんだ。」


ロイドのアドバイスをもらったベアーは店に戻って女店主に新メニューの提案をしようと考えていた。


「そうか、じゃあ、途中まで送っていくよ」


そう言うとパトリックは祖父のロイドに断ってから家を出た。


                                *


 相変わらずビーチは人であふれていた。


「この時期からは人が増えるんだ、海も穏やかだしね。冬は全く逆の顔を見せるけど」


「そうなんだ」


ベアーがそう答えた時だった、パトリックがベアーをチラリと見た。


「ところで、君、胸の大きな娘が好きなんだろ?」


「えっ?」


ベアーはいきなり図星をつかれたがとりあえず、すっとぼけた。


「いや、そんなことは……」


「最初に会った時、巨乳に見とれていたのは、何だったのかな?」


パトリックはベアーの顔を見てニヤニヤした。


「いや、そんな、ちょっと大きければいいかなって……」


パトリックは爆笑した。


「名門僧侶の家柄でも巨乳が好きって、なかなか面白いな」


「それとこれとは別だよ」


ベアーは口をとがらせた。


「まあ、そうだよね」


パトリックは変わらずニヤニヤしている。


「じゃあ、君はどんな娘が好きなのさ?」


パトリックは難しい表情を見せた。


「正直、あんまり女子は好きじゃないんだよね」


「えっ?」


「女って……結構いかがわしい所があるんだよ」


超絶イケメンが急に真顔になったのでベアーは驚きを隠さなかった。


「信用って言う点ではイマイチなんだよね……」


 何か含みのある物言いがベアーは気になったがパトリックはそれ以上話さなかった。ベアーはその様子を見て聞かないことにした。


 その後は取り留めもない世間話をしたが別れ際にパトリックはベアーの耳元でささやいた。


「僕もおっぱいは好きだよ、じゃあ、また来週!!」


パトリックはそう言うと踵を返してビーチをかけていった。


『そうか、パトリックも……おっぱい星人……』


ベアーはパトリックに強い親近感をもった。



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