第二十二話
台風が去った後も暑いそうです……
みなさん、水分補給は十分に!!
45
ボルト家の執事の描いたスキームは実にうまく展開していた。パストールを運び屋として使い、トネリアにあったボルト家の資産をダリスに運び込むことに成功していたのである。
「この物資をよそおった『ブツ』をここから運び出すことができれば、計画は終わりだ。あとはボルトと三ノ妃の思い通りになるだろう……」
ボルト家の執事はククッと笑った。
「仮にマルス復古の案件が失敗しても、このブツがあればこの先も安泰だ。私の財産として有効活用できるしな」
痩身の執事は運び込んだ『ブツ』をボルト13世の指示のままに扱うつもりはなかった。そこには明らかに別の意図がある。
「レイドルに計画が嗅ぎつけられればすべてが水泡に帰す……その前に懐に入れておくのも悪くない……」
痩身の執事はしたたかな思考を胸に秘めて風にその身を任せた。
「ここまで来るのは長かった……」
ボルト家の執事は落ち着いた表情をみせた。
「しかしそれもコレのおかげだ」
ボルトの執事はひとりごちるとその右目に人差し指と親指を突っ込んだ。
『この眼のおかげでな』
ボルトが取り出した眼球は明らかに人のものである。だが月光に照らされ怪しく光るそれには、明らかに人外の趣がある……
『この力で数多くの難局を乗り越えることができた……やはり、魔導の力は奥が深い……』
ボルトは眼球を月にかざした。
『力を使うにはまだ足りないようだな……かつてのような失態は犯したくない』
ボルト家の執事はかつて大きな失敗をしていた。それは港町ポルカで新興宗教の教祖として君臨しようとした時の過ちである……一人の少年と小さな魔女、そして不細工なロバにより当時の計画は破たんしていた……
『二度と同じ轍は踏まん……』
ボルト13世の執事はそう思うと積みあがった木箱を眺めた。
『あとはこの中身が貴族たちの懐へと運ばれれば計画は貫徹される。議会で書類が認可されるのは間違いない……そうなればマルス復古も現実のものとなる……仮にその計画がとん挫しようとも私の懐が潤うのは確実だ』
痩身の執事がそう確信したときである、その頭上から突然、声が飛んだ。
46
「こんな所に運び込んでいるとはな」
涼しげな声が積みあがった木箱の上から聞こえるとボルト13世の執事は不快な表情をうかべた。
「誰だ……」
それに対して声の主が答えた。
「こう見えても私は知己が多くてな……さまざまなフィールドに草がいる。第四宮のメイドだけではないのだよ、その知人にも及んでいる……」
声の主は木箱からスタリと飛び降りるとボルト13世の執事と対峙した。
「トネリア軍の払い下げの兵器としてダリスに物資を持ち込めば軍事機密という名目で臨検は免れる……外交特権とほぼ同じ効果があるからな。堂々とダリス国内へと運び込むことが可能だ。軍事目的とはなかなか考えたようだな。」
黒い執事服の男がそう言うとボルト13世の執事が不快な声を上げた。
「マーベリック、貴様か!!」
黒い執事はフフッと笑った、
「灯台下暗しとは言ったものだがローズ家もまさか自分の足元にブツを隠されるとは思っていない……軍人たちの盲点を突いた策略だ」
黒い執事服の男がそう言ったときである、ボルト家の執事は何やら投擲した、
……瞬転……
暗闇の中で刃が光る、
だが、マーベリックはボルト家の一撃を何事もなくかわした。
「その程度では私を捉えることはできんぞ」
マーベリックはそう言うと指をパチンと鳴らした
その刹那である、
ボルト家の執事の頭上から網の目状になった皮のネットが降り注いた。正方形になったネットの頂点部分にはマーベリックの手下が錘代わりにぶら下がっている、
「……くっ……」
ボルト家の執事は突然の頭上からの一手にキリキリまいした。
「おしかったな、もう少しで目的が達成されたのに」
皮のネットに絡め取られた痩身の執事はそれに対してククッと笑い返した。
「これで終わりと思うか?」
そう言った瞬間である、絡め取っていたネットが燃え出した。そして一瞬にしてネット全体に火が回ると、その一部はすでに灰と化している……
「私を舐めるなよ!」
想定外の事態にマーベリックは身構えたが、執事の右目が赤光を放ったことに納得の表情を浮かべた。
「魔道器か……禁忌の道具を用いたようだな」
マーベリックは再び指を鳴らした、手下に退避を促すためである。手下4人はすぐさま身を引くと蜘蛛の子を散らすようにして別方向に散会した。
「お前に特殊な力があるのはこちらも想定している」
以前ゴンザレスが金縛りにあった事実を思い起こしたマーベリックはニヒルに笑った。
「お前の眼が魔道器であることは百も承知だ」
だが、マーベリックにも痩身の執事の次の一手は読めていない……魔道器を用いた攻撃が何をもたらすのか定かではない……
マーベリックは痩身の執事の矛先を変える戦略を取った。
「そういえば、この積荷の中には何が入っているのかな?」
マーベリックはわざとらしく言うと、先ほど痩身の執事が燃やした縄の先端を拾ってすばやく積荷に投げつけた。木箱に入った積荷は着火すると勢いよく燃え出す……
「何をする貴様!!」
積荷を燃やされた執事は怒号を上げた。怒髪天と入ったものだが、その形相は夜叉をも上回る形相である……
「許さんぞ、己!!!」
怒り狂った痩身の執事はその眼を光らせるとマーベリックでさえも反応できない速さで間合いを詰めた。
さしものマーベリックもその速さにはついていけない……
間髪入れずに痩身の執事はマーベリックの胸倉をつかんでその面を拝んだ。
「私の速さにはついてこれんよ、この魔道器の汎用性は伊達じゃない!」
痩身の執事はそう言うとマーベリックの息の根を止めるべく、その右眼を再び輝かせた。瞳孔が開くと赤光があふれだす……マーベリックの執事服がチリチリと焼けだした……
絶体絶命の危機がマーベリックに訪れる……
だが、マーベリックは追い詰められたにもかかわらず涼しい顔を見せた。そこには異様なまでの落ち着きがある。マーベリックはゆっくりとした口調で語りかけた。
「魔道兵団を知っているか?」
マーベリックは優しく微笑んだ、その笑みの中には魔道兵団の団員が近くに潜んでいることを示唆する含みがある……
「私は知己が多いと言ったはずだ。魔道兵団の長、アルフレッド様とも懇意にしている」
ボルト家の執事はアルフレッドという単語を聞くや否やチッと舌打ちした。それと同時に赤光を放っていた右目は一瞬にして普通の眼へと戻った……集中力を欠いたため力を失ったようだ……
痩身の執事はマーベリックを捨て置くと周りの確認さえせずにその場を離れた。その動きはまるでハヤブサのようであり人を超越した速さであった。
47
「旦那、どうしやすか!!」
そう言ったのは隠れていたゴンザレスである、ボルト家の執事にたいする追撃の指示を仰いだ。
だがマーベリックはあえて追撃せずにそのままにしておくことにした。深追いするリスクを鑑みた暗殺者の勘がそう告げたためである。
その様子から意図をくみ取ったゴンザレスがマーベリックに声をかけた。
「燃えちまいましたね……全部……」
ゴンザレスは証拠の採取ができなかったことに残念そうな感慨を漏らした。
「これでいい、ボルト家と三ノ妃が画策したマルス様復古の工作資金はついえたのだ。皇位継承に関する企みはとん挫したといえるだろう。」
闇の中で生きてきたマーベリックは表に出して法的措置をとる行為に意味を見出していなかった。
「こうした事案は闇から闇へと葬られるものだ」
その発言に対してゴンザレスは深くうなずいた。同じく闇で蠢く存在として様々な事案を経験したがゆえの同意である、
「しかし、魔道兵団とは恐れ入りましたね。旦那があの単語を言うや否や、あの野郎、消えちまいましたからね。泣くも子も黙る存在なんですね……ところで魔道兵団の方はどこにいるんですか?」
ゴンザレスが先ほどのやり取り思い起こしてそう言うとマーベリックはフフッとわらった。
「何がおかしいんですか、旦那?」
ゴンザレスが素朴な疑問を口にするとマーベリックが涼しい表情で答えた。
「あれはハッタリだ。魔道兵団の団員はここにはおらんよ」
ゴンザレスは目玉が飛び出るような驚きを見せた。
「奴の持つ魔道器の力は計り知れん、それに対応するためについたとっさの虚言だ」
修羅場を何度となくくぐってきたマーベリックは魔道器を持つボルト家の執事に勝てるとは思っていなかった。それゆえに虚を交えた内容をそのやり取りの中で瞬間的に発話したのだ……一種の賭けといっていい。
言われたゴンザレスは唖然とした。その足元はかすかに震えている……
『マジかよ……修羅場で嘘をぶっこくなんて……この人は』
ゴンザレスがそう思ったときである。マーベリックが憮然とした表情を見せた。
「それよりも、われわれは使用者責任を問わねばならない」
マーベリックはそう言うと馬の留めてあるところに赴いた。
「ボルト13世にはお灸をすえんとな」
そう言ったマーベリックの顔は実に厳しいものであった。
はったりをかまして痩身の執事を追いやったマーベリックはボルト13世の持ち込んだブツを燃やすことでその計画をとん挫させます。ですが、まだけじめはついていません……
次回、マーベリックはボルト13世と対峙することになります。




