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第十九話

暑さに慣れない……

39

複数の魚介からにじみ出た出汁だしはトマトと実に調和していた。魚介の臭みを消すための香草の風味も実に心地いい、魚介に合わせた香草は肉類に合わせるものとは異なり適切なものが選択されている……そしてスープの中には食欲をしっかりと満たすために大ぶりに切ったじゃがいも見え隠れしていた。


 ルッカのことで気をもんでいたバイロンであったが、目前にある木椀から放たれる香りは、それを吹き飛ばした。



『今は食べることに集中!!』



 ルッカのことを考えても現実が変わるわけではない、バイロンは気持ちをさっくりと切り替えるとフォークを気になる具材に突き刺した。



『この貝柱……ブリンブリンっじゃない!!』



 鮮度のいいホタテでなければその食感は出ないのだが、マーベリックのスープのホタテはしっかりとした歯触りを演出してくる…間違いなく新鮮だ。さらには小麦粉を振って一度ローストする手間をかけてあるため、うま味もしっかりと残っている……



『アサリの味がめっちゃ出てる……それに、ニンニクの風味……これ、パンチが効いてるわ』



バイロンはスープを口に運ぶと、そのあと、すぐさまじゃがいもを咀嚼した。



『うわ~出汁だしがしみ込んでる、これが一番うまいかも』



バイロンが魚介のトマトスープにがっついているとマーベリックがゆっくりと口を開いた。


「此度の案件は第四宮の横領事件という単純なものではなく、その背景にボルト家の執事がいることがわかった。すなわち我々が追っている本丸と重なった。」


それに対してゴンザレスがフォークを手にしたまま答えた。


「ルッカという第四宮のメイドの孫がクラーク司法長官の口利きで留置所から出てきています……クラーク司法長官もボルト家の執事も裏でつながっていることが確認されましたね。」


ゴンザレスがそう言うとマーベリックが沈思した。


「お前がホテルで襲われたときにバイロンが機転を利かせて助けたと言ったな……たぶんあれが契機だ……ボルト家の執事はその報復をするためにバイロンにターゲットを絞ったんだ。そしてルッカを使って貶めようとした……」


ゴンザレスがごま塩頭を掻いた。


「手の込んだことをしやがって……」


それに対してマーベリックが答えた。


「自分の手を使わずに『人にやらせる』というのは貴族のスタイルだ。この事案もその典型だろう。我々の動きをけん制するためにも行ったとみて間違いない。」


マーベリックがそう言うと有頭エビを頭からかぶりついていたバイロンが答えた。



「なめてるわね!! その執事!! 頭突きをかましてやりたいわ!」



頭突き女子が怒りをぶちまけるとゴンザレスがそれに合わせた。



「ヤキを入れてけじめを取らないとこっちの気がおさまりやせん!」



マーベリックは二人の様子を見るとフフッと笑った。


「相手はからめ手から我々の背中を刺そうとした。それなら我々も同じく裏から回る」


マーベリックはすでに策がある様子を見せた。



「……これを使う……」



マーベリックは小さな桐の木箱を見せた。


「この中に入ったものをクラーク司法長官に送りつける。それを見れば彼奴も自分の状況を理解するだろう。そうすれば我々の知りたいことも自ずとわかるはずだ」


「なるほど、切り札を出すわけですね……」


ゴンザレスが感心するとバイロンが箱の中身を知りたがった


「知らないほうがいいこともある」


マーベリックがそう言うとバイロンが食い下がった、


「第四宮の副宮長として辱めを受けました、このまま知らないままでいるのは納得がいかないわ」


マーベリックが表情を歪めた、そこには余計なこと首を突っ込むなという意思がある……


それを感じたゴンザレスは気を回すとバイロンが発言する前に声を上げた。


「いいんじゃないですか旦那……今までの経緯を考えれば、御嬢さんが秘密を知るのも。ターゲットにされたわけですし……他言しないなら問題ないと思いますぜ」


 言われたマーベリックは不快な表情を浮かべたが……バイロンが有頭エビを突き刺したフォークを構えて真摯な表情を見せると……コホンと咳払いらしてから小箱を開けた。



バイロンは中身を見ると神妙な面持ちを見せた。



「……なにそれ……」



 バイロンがそう言うとマーベリックはフフッと笑った。その罪深い笑い方は背徳的であり倫理感が欠如している……



「……まさか、本物……」



バイロンが発言を続けようとするとマーベリックは小箱を閉じた。



「ここまでだ」



 マーベリックがバイロンに質する暇を与えぬように言うとそれに合わせて気を利かせたゴンザレスが声を上げた。



「そろそろ締めと行きましょうよ、旦那のスープの『アレ』はマジでうまいんだから」



 マーべリックはバイロンを無視するとスープのたっぷり残った鍋を再び火にかけた。そして台所に用意してあった『何か』を投入した。



「コメだ、リゾットになるんだよ。そこにチーズをぶっこむ。これが一番うまい。出汁の出たスープを吸ったリゾットは最高だぞ、」



 ゴンザレスがそう言うとバイロンは先ほどのやり取りなど忘れてコトコトと音を立てる鍋のほうに耳を傾けた。その表情は獲物を狙う肉食獣のごとき鋭さがある……



一方、鍋にコメを入れたマーベリックは二人には見えぬところで深い思考を働かせていた。



『ボルト家の執事はなぜ故に、手の込んだ方法をとったのだ……時間だけがいたずらに過ぎたとしかおもえん……バイロンを貶めることにそれほどの価値があるとは考えにくい…』



マーベリックは脳裏に沸いた疑問の答えが見つからないことに不快な表情を浮かべた。



『もしや、奴らの狙いは別のところに……』



闇に潜む密偵の勘は『奸計が水面下で進んでいるのではないか』という目に見えぬ胎動を感じていた。



40

さて、同じ頃……


ボルト家の執事はその痩身を風に揺らめかせていた。



『……まさか……第四宮の横領事件が……あのような展開になるとは』



 ルッカとクラーク司法長官を使ってバイロンとリンジーを貶めようとした痩身の男であったが、マーベリックとゴンザレスの地道な活動によりその計画はとん挫していた。


だが、痩身の執事の表情に陰りはない……むしろ意気揚々としている、



『この事案のおかげで十分な時間稼ぎができた。私の想定通りだ……』



 マーベリックの情報収集活動はバイロンの事案と重なったためになおざりとなり、ボルト家の執事と頭巾の女の詳細は依然として不明であった。ボルト家の執事にとっては芳しい状況が現在も展開している。



『おかげでトネリアからブツを無事に運び出すことができたしな』



痩身の執事はククッと笑った。



『これで計画は成功したのと同じだ。』



痩身の執事は木箱に入った荷物を運ぶ荷夫の姿を見て納得した表情を見せた。


「よくやってくれました、パストールさん」


声をかけられた男は機嫌よく返事した。


「この方法に気付く連中はいないでしょう……完璧です。正規ルートで物品を堂々と運べば臨検など怖くない」


パストールは荷車に乗せられる木箱を見てニヤリと渡った。


「手数料はトネリアにある寺院に寄付という形で送らせていただきました。」


 パストールはトネリアにある両替商の発行した送金記録を記した証書を見せられると実に愉快な表情を見せた。


「これからも長い付き合いをしていきたいものですね」


パストールはそう言うと再び船に乗るべく踵を返した。


「では、これで!」


 闇に消えゆくパストールの背中を見たボルト家の執事は意地悪く微笑んだ。だが、その笑みは実に意味深であった。



マーベリックは状況を分析すると切り札を用いて現状を打開しようとこころみます。(切り札である桐の小箱には何が入っているでしょうか?)


一方、ボルト家の執事の計画はさらに一歩進みました。すでに『ブツ』はパストールの協力によりダリスに運び込まれたようです……


さて、このあと、物語はどうなるのでしょうか?(次回から後半になります)

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