第十三話
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勝負は3分とかからなかった。
なんと何処からともなく煙幕がわきあがり、住人の集団を包んだのである……そして煙幕が晴れたとき、墓地にはうめき声をあげる住人たちだけがとり残されていた。
その模様は地獄絵図そのものであった……腕を折られた者、膝を割られた者、そして煙幕にあおられてパニックになり同士討ちをした者……死者こそいないものの惨憺たる惨状が展開していた。
無傷のマーベリックはその中でひざまずいた女の前に立つと、爬虫類そのものといわんばかりの眼でにらみつけた。
「どうした?」
マーベリックが声をかけるとダイナーの女将は震え上がった……
「……そんな……」
十人を超える住民が苦しむ姿を見た女将は言葉を亡くした。
マーベリックはそれにかまわず女の前に立つと懐から刃を抜いた。震える女の体全体を見回すと手にした刃を逆手に持ち替えた。
「付けを払ってもらうぞ」
マーベリックは淡々と言うと女の右の耳を一閃した。
赤いしぶきが飛んで耳がパタリと黒土に落ちる……
マーベリックは無言で落ちた耳を拾った。
「命はとらん、だが、この耳はもらう」
マーベリックはそう言うと耳を抑えてうずくまる女将を無視して歩き出した。黒いフロックコートが風に揺れる。陽光に照らされた黒いコートがなびく、その後ろ姿の中には死神の片鱗が宿っていた。
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「いいタイミングだったな」
マーベリックがそう言うと草葉の陰からゴンザレスが現れた。
「投擲の場所も完璧だ」
マーベリックが手腕を褒めると煙幕玉を投げたゴンザレスがにやりと笑ってその隣に並んだ。
どうやら現場近くにゴンザレスはその身を潜めていたようだ……マーベリックはそれをわかっていたのだろう……一連の事象はすべて計算されていたのだ。
「何か、わかったことは?」
尋ねられたゴンザレスは沈黙した。そこには頭巾の女とクラーク司法長官そしてボルト家のつながりが見つかっていないことを示唆している。
「そうだろうな……奴らも潜っている……そう簡単には動かんよ」
マーベリックがそう言うとゴンザレスが素朴な疑問を呈した。
「しかし、あのダイナーの女将……半端じゃない抵抗でしたね、素人の癖に……」
ゴンザレスがそう言うとマーベリックは涼しい表情で答えた。
「あの女将はただの女じゃない」
ゴンザレスが神妙な表情を見せた。
それをちらりと見やったマーベリックは続けた、
「母親が子供を守ろうとしたんだ、命を懸けるのも納得がいく」
マーベリックがそう言うとゴンザレスが『まさか』という表情を見せた。
「そうだ、あの女将はクラーク長官の母親だ」
言われたゴンザレスは生唾を飲んだ。
「あれが母親……じゃあ、平民の血を引いている人間が貴族に……それも司法長官にまで出世……確か大臣クラスの人間は貴族同士の血縁じゃないと無理なんじゃ……」
ゴンザレスはそう言うとマーベリックは神妙な表情のまま頷いた。
「旦那……ほんとの子供……アンドレア家とスミス家の間で生まれたはずの子供は……どうなったんですか……」
ゴンザレスがそう言うとマーベリックは不快な表情をみせた。
「仄暗い過去を持つものは少なくないが、スミス家とアンドレア家の過去は闇そのものだ。棺桶に入っていた子供の遺体を見て確信した。」
マーベリックがそう言うとゴンザレスはそれ以上たすねることをやめた……その中身が手におえないともおもったからだ……
「あの女の耳をそいだのは何の意味があるんですか?」
ゴンザレスが不可思議な表情で問うとマーベリックはニヒルに笑った。
「これからわかる」
その物言いいには自信があふれているではないか……ダイナーの女将の耳に何の意味があるのかわからないゴンザレスは首をかしげた。
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さて、マーベリックがベルツで情報収集をしている頃、バイロンは……
宮での業務は実に落ち着いていた。特にトラブルもなく安定した日々が続いている。だがその一方で第四宮のメイドたちはすでに第2回目の合コンに向けてバイロンとリンジーに対して熱い視線を投げかけていた。
組みしづらいと考えていたベテランたちも、敵対する姿勢を緩め状況を観察し始めていたのだ。
『何とも言えない空気ね……』
状況が変化してバイロンとリンジーの立場は以前と異なっていた。二人の統治に安定感がでてきたために、当初とは異なり前宮長であるマイラが仕切っていた時のように落ち着きが出てきたのである。
気を良くしたリンジーはバイロンに声をかけた。
「ねぇ、バイロン、最近なんかうまくいってるわよね……ベテランの小さな抵抗も少ないし……」
小さな抵抗とは掃除用具の片づけをなおざりにしたり、食器の洗浄に手を抜いたりという、つつましやかな嫌がらせである。備品がなくなったりするようなあからさまなものはないが、精神的にはイライラさせられる厄介なものだ。
だが、そうしたものが減っていることをリンジーは指摘した。
「やっぱり、合コンが効いてるんだろうね」
リンジーはそう言うとその表情をほころばせた。
「これをエサにすれば第四宮の人心把握がうまくいくかもね」
リンジーがそう言ってニタリとするとバイロンが小声でつぶやいた。
「そうだといいんだけど……」
うまくいきすぎている現状がなんとなく気にかかるバイロンはこの状態が継続するか不安を感じた。
そんな時である、宮長の部屋がノックされると突然ドアが開いた。二人はいきなりドアが開いたために身構えた。
「あっ……」
驚きの声を上げた2人の目の前には仁王立ちになった執事長、マイラが立っていた。
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「あなたたち、お話があります!」
その形相は明らかに怒りが滲んでいる、おしとやかな声でありながら厳しいものがある。マイラはリンジーとバイロンの前ににじり寄ると執事長としての威厳を放った。
「あなたたちが士官学校の生徒たちと会合を開いたと聞きました。」
言われたバイロンとリンジーは何とも言えない表情を浮かべた。
『……もうばれてるのか……』
バイロンがそんな風に思うとマイラがそれを見て口先をとがらせた。
「この手の話はすぐにうわさが広まるものです!」
久方ぶりに見えるマイラの静かな怒声に二人はたじろいだ。
『やばい……』
マイラはさらに続けた、
「バイロン、あなたお小遣いをほかのメイドに渡していたようね、その行為は芳しくないわよ」
それに対してバイロンは申し開いた。
「宮の予算は使っていません、すべて私のポケットマネーです!」
バイロンはそう言ったがマイラの表情は変わらず厳しい。
「確かにあなたのポケットマネーならこちらも何も言いません。士官学校の生徒たちと人脈をつけるのは悪いことではないでしょう。ですが……」
マイラはそう言うと犯罪者を見るような目でバイロンとリンジーを見た。
「公金の横領という疑惑があります」
マイラに言われたバイロンは驚きの表情を浮かべた、リンジーに至ってはその眼が半分、飛び出ている……
「あなたたちの裁量で使える経費のなかに使途不明金があると会計の担当者から報告を受けているの」
マイラはそう言うと実に残念そうな表情を見せた。
「あなたたちには嫌疑がかけられています」
マイラはさらに続けた、
「この嫌疑に対してきちんとした申し開きができなければ……あなたたちの立場は危ういわ……あなたたちを推薦した私も……」
執事長になったものの自分の推薦したバイロンとリンジーにスキャンダルが生じたマイラはその顔を紅潮させた。
「どういうことか説明してもらいましょう!」
言われたバイロンはまさかの展開に唇を厳しく引き締めた。
ゴンザレスのフォローによりピンチを乗り切ったマーベリックはクラーク長官の秘密を探り当てることに成功します。
ですが、その一方……バイロンとリンジーには思わぬ展開が待ち受けていました……なんと公金横領の嫌疑がかけられたのです……
リンジーとバイロンはこの後どうなるのでしょうか?




