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第十二話

20

『うまくいっただろうか……』


その女はすでに『事』が思った通りに運んでいると考えていた。


『あれだけワインを飲んだんだ……だいじょうぶさ……酔っぱらってりゃ、何もできない……今頃は、のされたイカみたいになってるさ』


女はでっぷりとした腹をゆすった。波打つ腹は服の上からでも十分にわかる。


『……あいつが妙に嗅ぎまわるのが悪いのさ……』


女はそう結論付けるといつもの仕事に戻った。


 辺境地のダイナーの売り上げなどたかが知れている……女は生まれてこの方、ここから出たことはない。だがそれゆえにこの地域のことは熟知していた。


『……今日も客の数は少ないだろうね……』


女はそう思って寸胴の鍋を開けた。


『いい感じで出来上がってるね……』


女はヒツジの臓物を煮込んだ寸胴を大きなひしゃくのような木べらでかき回した。


「これでよしと!」


女がそう思って寸胴に蓋をしたときである、その首元にひやりとする物があたった。


                                    *


「なかなかの出迎えだったな」


低い声が耳元でささやかれる。


「おまえの差し金だったとは」


女は首筋に当てられたものがヒツジの内臓をさばく包丁だと瞬時に気付いた。


「なめた真似をしてくれたな」


爬虫類のごとき目を見せた男は容赦のない判断を下そうとした。


「チンピラのうちの一人がしゃべったぞ、役所の主任とお前が親戚だとな」


言われた女はその眼を充血させた。


「なぜ、このようなことをしたか話してもらおうか」


男ががそう言うと不自然なことに女はククッと笑った。



「殺したきゃ、殺しなよ」



齢60を過ぎた女は恫喝に屈するどころか居直った。


「この地域で生きていくには秘密の一つや二つは飲み込むものさ。よその人間には吹聴できないことがあるんだよ!」


女がそう言い放つと、マーベリックは深く息を吐いた。



「そうか、なら、遠慮はせんぞ……」



マーベリックは容赦なく肉切り包丁を突き立てようとした。



と、そのときである、思わぬ事態が生じた……



なんと店主の親父が厨房に飛び込んできたのである。その形相は歪みにゆがんでいる……



「頼む堪忍してくれ……」



店の親父は頭をタイルにこすり付けるとマーベリックに哀願した。


「女房を殺されたら、俺は商売をやっていけねぇ……頼む」


それに対してマーベリックはにべもない態度をとった。


「こちらの欲しいものが手に入らないのであれば、それは無理だ。」


言われた親父は凍りついたように動かない……


「もうすぐ、孫が生まれるんだ……初孫なんだよ……かあちゃんに見せてやりたいんだ!!」


店の親父は懇願したがマーベリックはそれを無視した。



「当方には関係のないことだ」



 マーベリックは淡々と述べると首筋に当てたナイフに引くような動作を加えた。女将の首からうっすらと血液が滲む。


それを見たおやじは絞り出すようにして声を上げた。


「……待ってくれ……あんた、クラーク様のことを調べてるんだろ、なあ、クラーク様のことを話すから……頼む……」


店の親父が懇願して土下座を続けるとマーベリックは女将の首にナイフを当てたまま親父に向き直った。


「すべて話せ、包み隠さずだ!」



21

親父の話は実に罪深いものであった。正直耳をふさぎたくなるような不道徳さを内包している……


女将と親父を縛り上げた後、ダイナーを出たマーベリックは不快な表情を浮かべたまま厩のほうへと赴いた。


『そんなことがあるとはな……』


クラーク司法長官の出生の秘密は想像以上に仄暗いものがあった。



『断絶したスミス家との間のトラブルが……現在のクラーク司法長官を生み出した。だが、それは許されるものではないな……不貞から生じた事態はよどみを生み出した。』



そしてそのクラーク司法長官の秘密を知ったマーベリックはその裏を取るべくある場所に向かった。


                                 *


 マーベリックは曇天模様の空の下……ぺんぺん草も生えない乾いた大地にその足を踏み入れていた。眼前には粗末な寺院がぽつんと立ち、その周りを貧相な囲いが覆っている。辺境の地にふさわしい荒涼感が漂う中、マーベリックは墓地へとその足を踏み入れた。


『これか……』


墓石に記された名前を確認すると、いつの間にやら手にしていたスコップを墓石の前に突き立てた。



『遺体の確認だ……』



マーベリックは小遣いを墓守に掴ませて遺体の確認が容易にできるように人払いさせた。


 遺体を掘り起こす行為は背徳的ではあるがエバーミングが施された遺体は本人確認を行う上では欠かせない。貴族の遺体は平民の場合と異なり火葬せずにエバーミングして土葬するため、亡くなった時の状態で遺体が残っているはずである……


『夜から始めよう……そうすれば』


マーベリックはそう思うと暗くなってから作業を開始することにした。



22

途中、休憩をはさんで力水(砂糖と塩を水に溶かした物)でのどを潤しながら6時間ほど作業を進めると目当てのものが見えてきた。


マーベリックはカンテラで棺を照らすとその4隅を確認した。


『これでいい、これで開くはずだ』


 マーベリックは4隅をとめていた釘を器用にぬくと、棺の蓋に手をかけた。そして重い木蓋をスライドさせて中を確認した。


カンテラで中を照らす……



そして……



『やはりな……』



マーベリックはダイナーの親父が吐露した内容と自分の想定した内容が一致する証拠を見つけた。


『罪深い……本当に……』


エバーミングが施された遺体をみたマーベリックはその腹部にある傷を見て目を閉じた。


『ここまでしなくても……』


スミス家が断絶した理由は流行病といわれていた。だがその実情は異なっていた……


『スミス家からアンドレア家に嫁いだ奥方はクラーク司法長官を生んでいた……はずだった……だが実情は……そうではない……』


マーベリックは朝日が昇りだすのを確認すると深いため息をついた。


『……こんなことが……』


 マーベリックがそう思うとその背中に嫌な視線を感じた。密偵の直感はそれがただならぬことを一瞬で見破った。



『どうやら墓守が裏切ったようだな……』



 マーベリックの後ろにはクラーク司法長官の秘密を知るベルツの住人たちが集まっていた。その中には役所にいた事務官や地元の治安維持官もいる……


マーベリックは振り返ると彼らに呼び掛けた。



「そこをどけ、どかぬなら、容赦せんぞ!」



マーベリックがそう言うと集団の中からダイナーの女将が再び現れた。



「悪いね、知られたからには生かしちゃおけないんだよ。この秘密は何としてでも守るんだ!」



 ダイナーの厨房でマーベリックに殺されかけたにもかかわらず、女将の様子には恐れる様子ががみじんもない……むしろさきほどよりも腹を据えた感がある。その表情は雄々しく居丈高である。


それを感じたマーベリックは実に不遜な笑みを見せた。



「刃を抜くことの意味をどうやら解っていないようだな……」



 マーベリックはそう言うと人差し指を胸の前で立てた、そしてその指を自分のほうに向けると2回ほど連続してクイックイッと第二関節のところで折り曲げた。



「かかって来い!」



多勢に無勢であるがマーベリックの表情には自信が満ち溢れていた。




クラーク司法長官の出生の秘密を探っていたマーベリックでしたが、彼の前にはその秘密を守ろうとするベルツの住人達が立ちはだかりました……


さて、このあと、どうなるのでしょうか?

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