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第十一話

18

店の親父は酒が入ると実に饒舌になった。


「うちにハギスを買いに来るアンドレア様は子爵なんだけど、息子が優秀でな……」


おやじはそう言うとワインを煽った。


「いまじゃ、司法長官にまで上り詰めた。ありゃすごい出世だ!!」


マーベリックはワインをさらに頼むとおやじに相槌を打って話を促した。


「小さなころから出来が良くてな……神童って言われてたんだけど、ほんとに大臣になったからな……ベルツじゃ最高の出世だよ!」


 地元から大臣が出たことが心底うれしいようで店の親父は自分の子供のようにクラーク司法長官のことを褒めそやした。


「司法改革に乗り出しているようでかわら版じゃ、連日名前が出てるからな!」


おやじはワインを煽った。


「ありゃひょっとしたら宰相になるんじゃないかな」


おやじは願望を込めてそう言うとその表情を急に変えた。



「だけど母親は気の毒でな……」



マーべリックはその表情を見るとおやじのグラスに絶妙のタイミングでワインを注いだ。


「早死にしてな……子供が立派になったのに……」


おやじはそう言うとぐずり始めた……うっすらと涙をためると鼻水を啜ったではないか。


その様子を見たマーベリックは不可思議なものを感じた。


『……感情が高ぶっている……酒を飲んでいるとはいえ妙だな……貴族の家族に平民が思いを寄せるとは思い難い。』


店の親父の見せる態度にマーベリックは妙なものを感じた。



『ひょっとしてこの親父はクラークの母親を知っているのか……』



マーベリックは調べ上げた資料のことを思い出した。


『アンドレア家の婚姻は貴族同士のものだ。そこに平民の血は入っていない……平民が感情移入するようなものではないはずだ。』


 貴族と平民には断絶した壁のようなものがある。生まれや育ちに共通する部分もなければ接触する機会もほとんどない。それぞれが別の世界にいると言って過言でない。だがダイナーの親父はクラークの母親を竹馬の友のように感じている節がある……



『クラークの母親も調べる必要があるかもな……』



 アンドレア家に嫁いだクラークの母親は同じくベルツ出身の伯爵の家柄である。だが、クラークの母親の生家であるスミス家はすでに途絶えている……


マーベリックは饒舌に語る店の親父をよそにスミス家が途絶えた理由を推し量った。


『確か…スミス家は流行病で立て続けに亡くなった……はずだ』


マーベリックがそう思ったときである、店の裏から戻ってきた女将がおやじに声をかけた。



「あんた、こんな昼間から酔っぱらって!!」



でっぷりとした女将は二重あごを震わせると怒りをにじませた。



「夜の仕込があるんだから!!」



へべれけに酔った主人は首根っこを押さえられると引きずられるようにして厨房へと追いやられた。



『ひと悶着ありそうだな……』



マーベリックはその一部始終を薄目を開けてみていたが、女将の怒号を聞く前に勘定を払うと店を出た。



19

マーベリックは酒臭い息であったが、それにかまわず役所へと向かった。クラーク司法長官とその母親に関する出生の書類とそれを作成した行政官のことを調べるためである。



だが、出生の書類に関する行政官の部分は珍妙な記述があるばかりであった。



『なんだ、これは……』



 通常サインの下には活字体で行政官の名前が記される。サインでは読みづらいため担当した行政官の名をはっきりさせるためである。


だがマーベリックが手にしたクラーク司法長官の出生証明書には活字体の部分が記されていない。


マーベリックは戸籍係の女を呼び止めるとその理由を尋ねた。


「……昔の書類のことは……」


係りの女は首をかしげるだけで適切な答えをしなかった。


『怪しいな……』


 マーベリックがそう思ったときである、奥から40代後半の主任と思しき役人がやってきた。女の上司であろう……


「なにか?」


女の上司はマーベリックの見ていた書類を見ると思い出したかのように手を打った。


「いや、むかしの書類はいい加減なところもあるんです……当時の行政官がサインだけすればそれでよかったんですよ。おおらかな時代でしたから」


口ひげを生やした男がマーベリックに慇懃に述べるとマーベリックはそれに応えなかった。


「そうですか……」


マーベリックは自分の求める内容を口ひげの男に悟られたくないと思うとぼかした応対を見せた。


「もう、結構です……ありがとう」


マーベリックは丁寧にそう言うと役所を後にした。


                                   *


役所を出たマーベリックはメインストリートから離れた小道に入ると行政官のサインを思い起こした。


『行政官の名前を隠そうという意図が明らかだ……特定させないようにしている……』


マーベリックは沈思した。



『やはり、何かあるのは間違いないな……』



マーベリックはさきほどの行政官の反応を思い起こすと疑惑を確信した。



『行政官も怪しいということだな……』



 マーベリックがそのように結論付けた時である、路地裏から3人の男が歩いてきた。その風体は野良仕事を終えた農夫に見えるがその表情は明らかに違う……


 マーベリックは酔ったふりをして様子を見ようとしたが闇に潜るエージェントとしての勘がそれを否定した。



『先制攻撃あるのみ』



直感的な結論がいまだに間違ったことはない、マーベリックは疾風怒涛の動きを見せた。


                                    *


 二人の農夫がドウッと倒れた……その懐から刃物ナイフが零れ落ちる。その形状は明らかに人を殺傷するためのものである。


マーベリックは残った一人ををねめつけた。


「刃を抜けばこの二人のようにはすまないぞ」


言われた農夫は一瞬躊躇を見せたが、それにかまわず刃を懐から抜いた。


マーベリックはそれを見ると爬虫類のごとき冷たい目を見せた。


「容赦はせんぞ!!」


                                    *


勝負は一瞬であった……


 ナイフを持って突進してくる農夫を華麗な体捌きによりかわしたマーベリックはすれ違いざまにその腹部に膝蹴りをいれていた。


 農夫は悶絶すると口から吐しゃ物を吐いて倒れこんだ。だが、マーベリックはそれにかまわず農夫の肩あたりに足を置いた。


「いたずらが過ぎるようだな」


マーベリックはそう言うと男の鎖骨に向かって軽くスタンプした。


コキリという気味の悪い音がすると農夫はなくような声を上げた。



「鎖骨が二つあるのはしってるか……」



マーベリックはのたうつ男を無視して再びその足を農夫の肩あたりにおいた。


「お前の雇い主を教えれば、助けてやってもいいぞ」


マーベリックがそう言うと農夫にふんした男はその形相をかえた。


「頼む、助けてくれ……」


マーベリックは男の懇願を無視した。


そして ふたたび……コキリという音がした。鎖骨が折れたのは言うまでもない……


「まだ下半身が残っている……膝を割るのは嫌いじゃないんだ」


マーベリックは溌剌とした表情でそう言うと男の膝に向けて一撃加えようとした。



と、そのときである、



男が声を上げた、



「あいつだ、あいつだよ、アイツが頼んできたんだ!!!」



マーベリックは農夫にふんしたチンピラが涙を流す様を見ると実に罪深い笑みをこぼした。




ベルツのダイナーで食事を終えたマーベリックは役所に向かってクラーク司法長官のことを調べます。


ですが、役所から出るや否やマーベリックは3人組に襲われます……


はたしてこの後、どうなるのでしょう?

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