第十話
湿度が高く、暑くなってきたので、読者の皆様、体調にはお気を付けください。
17
さて、その頃……
ボルト13世は兵器納入の裏金をトネリアの業者をとおして『寄付』という形で還流させていた。そのスキームは実にうまく展開し、合法的脱税と言って過言でない状況を呈していた。
『まずまずの金額だな』
トネリアの両替商に作ったボルト家の財団の口座にはかなりの金額が入金されている。
『この金を工作資金として投入すれば、おもしろい未来が展開する。』
ボルト13世はダリスの政界工作資金として十分な金額がたまったことに気を引き締めた。
『頭巾の女……クラーク司法長官……そして私、この3つがトライアングルになれば帝位が見えてくる……』
ボルト13世はグラスに葡萄酒を注いだ。
「首尾はどうだ!」
ボルト13世がそう言うと柱の後ろに控えていた顔色の悪い執事がひょっこりとあらわれた。
「上々にございます」
それに対してボルト13世が重ねて問うた。
「具体的には?」
フォッフォッと執事は笑った。
「クラーク司法長官は我々の計画の核心を確認いたしました。御館様の思う方向に動いております。すでに書類の作成も始めております。頭巾のお方は無駄な動きを見せておりません。これも計画通りでございます。」
それにたいしてボルトが答えた。
「ホテルでネズミを逃がしたと聞いたが、その点はどうだ?」
ボルトが執事を試すように言うと執事は不遜な笑みをこぼした。
「問題ありません、忍んでいた相手の素性はすでに分かっております。」
ボルトが怪訝な表情を浮かべると痩身の執事は答えた。
「レイドル侯爵の手のものです、既に見当はついております」
執事はそう言うと切り返すように資金について触れた。
「あとはトネリアにある資金をいかにしてダリスに移すかであります。」
言われたボルト13世は口をへの字に曲げた。
「その点は考えねばならんところだな」
プールした金を用いてダリスの貴族を懐柔しようとしていたボルト13世ではあるが、表だってそれを行うことは脱税と利益供与の可能性が生じる。立法府にその点を突かれれば自分の身も危うくなる……
ボルト13世が渋い表情を見せると枯れ枝のような指を見せた執事が発言した。
「死人を使って運ばせる方法がありますが」
言われたボルト13世は何の意味か分からず怪訝な表情を見せた。
「船の事故で亡くなったあの男は使うのです。」
言われたボルト13世はなるほどという表情を見せた。
「パストールか、奴を使って運ばせるか……おもしろそうだな」
仄暗い企みを思いついた執事に対してボルト13世は満面の笑みを見せた。
「金さえ配ることができればなんら恐れることはない。わが道は明るいぞ!」
ガハハと笑ったボルト13世は新たな計画を練り始めた。
18
マーベリックは単身、早馬を使って辺境の地ベルツに到着していた。辺境といわれるだけあってベルツには主だった産業がないだけでなく、地域固有の特色も薄い。名所、旧跡といったものもなく、田畑で働く農民の姿も活気があるとはいいがたい。
燦々と陽はふりそそぐものの町全体にもやがかかったような曇りがある。馬から降りたマーベリックはその雰囲気に不快なものを感じた。
『いきなり役所に向かうのも怪しまれるな』
人口の少ない土地で行政文書を調べることは眼につくのはまちがいない。マーベリックは自分のしている行為が悟られるのではないかという危惧を持った。
『よそ者はすぐに悟られる……怪しまれれば厄介ごとに巻き込まれるやもしれん。』
そう思ったマーベリックは行商人のいでたちで情報収集することにした。
*
マーベリックは町の雰囲気を肌で感じながら道行く人々の取り留めもない会話に耳を澄ました。その内容は田舎町の日常が垣間見られる程度のもので特筆するようなものはない。
『どこかに入ってみるか……』
10軒ほどの商店とダイナーが並ぶ目抜き通りに足を運ぶと、マーベリックは『寄生木』と書かれた食堂に目をやった。
『様子を見てみるか……』
客が一人もいない食堂は伽藍としていたが、食材を煮込むスープの香りが厨房から漂ってきた。マーベリックはあたりを見回すとカウンターに腰を掛けた。
「いらっしゃい、見ない顔だね。旅人さんかな?」
60歳を超えた店の主人が声をけるとマーベリックがそれに応えた。
「行商人ですよ、薬草を売ってるんですけど……」
マーベリックがそう言うと店の主人がガハハと笑った。
「ここで薬草を買うやつはいねぇよ、裏の山に行けばいくらでもとれるからな」
言われたマーベリックは驚いた顔を見せた。
「辺境の土地とは言われているが山ではいろんなものが取れる。この土地の薬草は知る人ぞ知る名品なんだ。まあ、あんまり有名じゃないんだけどな」
店の親父はそう言うと自慢の品を進めた。
「ヒツジのスープだ」
店の親父はそう言うと勝手にマーベリックの前にスープを運んできた。くせのある匂いが鼻孔をつく……
マーベリックは何も言わずにスプーンを取った。
『臭みは強いが、味は悪くない……複数の香草が使われているな。』
ヒツジ肉は柔らかく煮込まれているが独特の獣臭がある。それを抑えるために香草を使っているのだろう……だが、その香草にもクセがある……食べる人間によっては金を払うのを躊躇する者もいるだろう……
だがマーベリックはそれを勢いよく平らげた。
「あんたいい食べっぷりだね!!」
店の親父がそう言うとマーベリックは別の品を注文した。
「ハギスとワインをもらえますか」
店の親父はニヤリと笑った。
「あんた通だね!」
店の親父はそう言うとキッチンのほうへと小走りに向かい寸胴をあけた。
ちなみにハギスとはヒツジの胃に刻んだ臓物(心臓、タン、肝臓など)と香草そして麦を入れてゆでたものである。かなり癖が強く、一般的な料理ではない。酒との相性は悪くないものの頼む客は多くはない。マニアックな一品といえるだろう。
「うちのハギスはアントレア様にも好評なんだ。」
店の親父が嬉しそうに言うとマーベリックはマッシュポテトの添えられたハギスを口にした。黒こしょうをかなり効かせてあるようでスパイシーである。マッシュポテトと一緒に食べるとなかなかであった。
『なるほど、こういう臭みの消し方もあるのか……』
おやじの作ったハギスには香味野菜(セロリ、玉ねぎ、にんにく、しょうが)がふんだんに入っている。これらが内臓肉のクセをおさえているのだが、その複雑な風味は形容しがたい。マズイとか美味いという概念を超えている……
マーベリックはおやじに声をかけた。
「どうですか、一杯付き合ってもらえると助かるんですけど」
マーべリックがそう言うと店の親父はご機嫌の表情を見せた。そこには≪のんべぇ≫の片鱗が湧き出ていた。
ボルト13世はトネリアにプールした金をパストールを使って運ばせようと策を練り始めました……計画は順調に進んでいるようです……
一方、マーベリックはクラーク司法長官の過去を探るべく辺境の地ベルツへと到着しました。マーベリックはベルツで手がかりを手に入れることができるのでしょうか?




