第十四話
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青年はベアーより1つ年上の16歳であった。だがその落ち着いた雰囲気と立ち居振る舞いは同じ年齢の若者とは明らかに違っていた。
『これが品格か……」
貧乏僧侶とは違うパトリックの身のこなしにベアーは舌を巻いた。
「10分ほどで家に着くから」
パトリックは落ち着いた声でベアーに話しかけた。
そんな時である、波打ち際で戯れていた娘たちが寄ってきた。
「ねえ、パトリック私たちと一緒に遊ばない、天気もいいし」
一団の中にいた巨乳の娘がパトリックに声をかけた。
「今は駄目なんだ」
パトリックはそう言ったが巨乳がそれに構わずパトリックの腕をとった。ブルンブルンと大きな胸が揺れる、ベアーはその光景に息を飲んだ。
『やっぱり大きさだ!!』
ベアーがそう確信した時だった、巨乳の娘がベアーを一瞥した。
「そんな冴えない奴といないで私たちと遊ぼうよ!!』
それに対してパトリックは実に鋭い目つきで巨乳を見た。
「彼は僕のお客さんだから、そう言う言い方はやめてくれないか」
パトリックは静かだがきっぱりとした口調で言った。
巨乳の娘はパトリックに嫌われたくなかったのだろう、すぐに手を離した。
「ご、ごめんなさい……」
娘はベアーに謝った。
*
一方、娘の謝罪の言葉はベアーの耳にまったく入っていなかった。なぜならベアーは別のモノに集中していたからだ。
『デカい……』
娘の頭を下げた角度がちょうどよく胸の谷間がモロに見える。
『なんてすばらしい胸、巨乳万歳!』
そんなベアーを横目にしてパトリックが再び口を開いた。
「ごめんね、いやな言い方をして。明日、お茶でもごちそうするよ」
パトリックは巨乳の娘に向かってさりげないフォローをいれた。他の男ならいざ知らず、パトリックが言うと実に嫌みがない、巨乳の娘は顔を赤らめていた。
ベアーはその様子を見て一つ学習した。
『これが……リア充か』
パトリックの見せるそつのない女子に対する扱いは田舎から出てきた女性経験のないベアーには考えられないものであった。
*
その後、パトリックがベアーを連れて入ったのは庭のある大きな住宅であった。貴族の住むような館ではないが敷地も広く豪奢なたたずまいの住居であった。
「こっちだ」
パトリックはそう言うとベアーを石造り2階建ての住居に招き入れた。外壁は石やレンガが使われていたが内側のドアや床板は木材が使用され、人が暮らす空間としては温かみがあった。ベアーは実家の母屋と比較したがあまりの違いに嘆息を漏らした。
「実は、おじい様が病気なんだけど、医者の薬があまり聞かないんだ。ぜひ君の回復魔法を使ってほしいんだ」
パトリックがベアーに頼んだ、その表情は憂いを含みイケメンの度合いをさらに高めていた。
『マジでパトリックかっこいいな……』
年頃の娘なら一発で撃沈するだけの破壊力がある。
「頼めるかな?」
パトリックの問いに対してベアーは答えた。
「それは、構いませんけど……」
ベアーの中で一抹の不安がよぎった。
「回復魔法は、病気にはあまり効果がないんです、ですからあまり期待しないでほしいんですけど……」
「構わない」
こうしてベアーは一階にある奥の部屋に連れて行かれた。
*
「おじい様、パトリックです」
そう言うとパトリックは部屋に入った。
部屋には青白い顔をした老人がベッドに仰臥していた。
「どうした、パトリック?」
「実はおじい様に会わせたい人がいるんです」
「誰かな」
ベアーは一歩進みでた。
「その少年か?」
「はい」
ベアーは自己紹介した。
「あの、僕、ベアリスク、ライドルと言います。」
パトリックの祖父は驚いた顔をした。
「君はもしや、ライドル家の?」
「はい、そうです」
「そうか、ライドル家の――」
パトリックの祖父は興味津々の顔をした。
「おじい様、ライドル家って?」
パトリックは怪訝な表情を浮かべた。
「お前は学が足らんな、パトリック。」
そう言うとライドル家がかつて魔人を倒した由緒ある一族であることを老人は説いた。
*
「そうだったんですか」
パトリックはベアーを見た。
「今は没落して、ご飯を食べるのにも苦労してます。それに300年前の話はもうおとぎ話みたいなもんですから……」
ベアーはライドル家が話題にあがるとは思わず驚いた。
「面白いお客さんを連れてきたな、パトリック」
そう言うとパトリックの祖父はベッドから立ち上がった。
「ベアー君そこにかけたまえ、それからパトリック。お茶を入れてくれるか」
「わかりました。」
パトリックはそう言うと部屋を出て行った。
椅子に腰かけるとベアーから話しかけた。
「あの、お体が悪いと聞いたのですが」
「年をとればどこか悪いところは出るもんだよ」
「初級回復魔法が効くかはわかりませんが、ためされますか?」
「いいのかね?」
「構いません、ですが老衰や病にはあまり効き目がないんです。ですからあまり期待されても……」
「魔法を経験するのは実は初めてなんだ、やってみてくれ」
ベアーはパトリックの祖父の前に行くと背中に手を当てて回復魔法(初級)を詠唱した。
*
「これで終わりです、効くかはわかりませんが……」
「わしは血管障害があるんじゃ、不治の病でどうにかなるものではない……じゃが、なんとなくだが気分がいい」
そんな時である、パトリックが紅茶を持って戻ってきた。
「おじい様、顔色が……」
「どうやら魔法の効果があったようだの」
パトリックは実にうれしそうな顔をした。
「ありがとう、ベアー、君のおかげだ」
「いや、そんな……」
ベアーは照れた。
「パトリック、いい友人を見つけたようだな」
そう言うとパトリックの祖父は紅茶に手を伸ばした。
*
この後3人はポルカの歴史や街の話をして2時間ほど過ごした。和やかな時間でベアーにとっては知らないことが多く勉強になった。
「そろそろ、僕、帰ります。明日も仕事があるんで」
「そうか、そんな時間か、パトリック送って差し上げなさい」
そう言われるとパトリックはベアーを送ろうとした。
「いや、だいじょうぶです。ここなら歩いて帰れますから。」
「じゃあ、ビーチの所まで送るよ」
そう言うと二人は家を出た。
*
「君のおかげだよ、おじいさまが良くなったのは」
「いや、君のおじいさんの持つ生命力が強いからだよ。回復魔法は生命力の強さによって効果が違うんだ。生きようとする気持ちがあれば効き目も強いんだ。」
ベアーは祖父に教えられたことをそのまま話した。
「そうなのかい?」
「うん、だけど回復魔法じゃ病気自体はなおらないから、体は大切にしないと」
「ベアー、来週も良かったら顔を出してくれないか?」
そう言うとパトリックはベアーの手を握った
「構わないけど」
パトリックの手中には100ギルダーの金貨が握られていた。
「こんなにいらないよ、僧侶の相場じゃ5ギルダーぐらいだし、それにライドル家の事を知ってるなん
て……ちょっとうれしくなったしね」
御先祖様の偉業をほめられたベアーは機嫌をよくして礼を受け取らなかった。
「じゃあ、また来週」
ベアーはそう言うとパトリックと別れた。
*
帰る途中、大衆浴場によって汗を流したが、その湯船の中でベアーは思った。
『やっぱり、もらっておけば良かったな……金ないのに…』
未だに僧侶としての心構えが抜けないのか、ベアーは多額のお礼をもらうのに躊躇してしまった。
『後悔、先に立たず』である。




