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第六話

10

会合はちょっとした休憩をはさんだ後、雑談という名目のフリータイムへと突入した。各自が気になる存在の近くに移動して話しかけるといった具合である。


 バイロンは人目を引く美しさであるためやはり男性陣には人気があるようで年の近いフレッドとゴードンが同時にやってきた。


「君のような若い子が副宮長なんて、すごいね」


 最初に声をかけてきたのはフレッドである、軍人の卵らしく短髪に借り上げた頭髪は清潔感がある。一重の瞳に薄めの唇が印象的な青年だ。


「たまたまです。宮長だった方が執事長に出世して……その関連で我々が一時的にこのポジションについただけです。」


バイロンは謙遜するとさらに付け加えた。


「この人事は一時的なもので、落ち着けば新しく優秀な方が宮長と副宮長に就任されると思います。」


バイロンがそう言うともう一人の士官候補生、ゴードンが反応した。


「それでも宮長に次ぐポジションに出世だなんてすごい……僕たちみたいな候補生とは雲泥の差だよ」


 ゴードンはインテリに見えるメガネをかけていた。フレッドと同じく短髪に整えていたがカットにこだわりがあるようでフレッドのような無粋さはない。


『……この候補生は遊んでるわね……』


 バイロンはゴードンが遊び人であることを看破した。それはフレッドとは異なる会話の軽快さにあった。会話の運びと立ち振る舞いが『慣れている』と感じさせたからだ。


 バイロンは港町のポルカで女優をしていた経験から、ある程度『男の質』に関して目利きができたがゴードンの雰囲気には誠実さを感じなかった。


『相手を傷つけずに適当にあしらっとけばいいわね……』


 そう思ったバイロンはゴードンの軽快なトークにたいして差しさわりのない会話を展開していなすと、きりのいいところ会話を切り上げた。


「お二人にはマールやローラさんにも声をかけていただきたいのですけど」


バイロンは矛先をうまくかわす絶妙のタイミングで二人に声をかけるとリンジーのほうに視線を映した。



『……微妙ね……』



 パトリックに話しかけられたリンジーは彫像のようになっているではないか……極度の緊張感により相槌を打つこともできない。背中を小さくしてうつむいていた。



『こりゃダメだわ……』



バイロンはそう思うと二人のほうに歩み寄り後ろから声をかけることにした。


「何のお話かしら?」


 声をかけられたリンジーは『渡りに船』といった表情を見せると会話が流れるように何とかしてほしいとバイロンに眼で訴えかけた。


「まさか学業のお話でも?」


バイロンが軽快に尋ねるとパトリックがそれに応えた。


「いや、日常の事柄だよ。大したことはない」


パトリックがそう言うとバイロンがそれに反応した。


「うちの宮長は上級学校を飛び級で卒業した秀才なんですよ。私と違って優秀なんです。語学だけじゃなく化学、数学、物理、といった理科系知識にも強いんです。」


バイロンがそう言うとリンジーがはずかしそうにした。


「……たいしたことなんかないよ……」


リンジーがモジモジするとパトリックがその表情を変えた。


「数学の公式で解の公式ってあるだろ、あれって自分で導き出せる。」


 尋ねられたリンジーはテーブルの上にあった紙ナプキンと取ると懐にあったペンを取り出して解の公式をすらすらと書きだした。


「こんな感じかしら」


リンジーは何事もないかのようにして公式を証明した。


それを見たパトリックは唖然とした。


「すごいね……」


リンジーは何食わぬ顔で答えた。


「公式は丸暗記すれば問題は解けると思うけど……原理がわかれば自分で導き出せるの。」


公式を導き出したリンジーはさらに発展した数式を掻きだした。


「三角関数なんかは暗記するより、数式の意味を理解すれば自分で発展して式が出せるのよ、原理を理解すればそのほうが楽なのよ」


バイロンは紙ナプキンに書かれた数字と文字群を見ると頭が痛くなってきた。


『やばい……何を書いているかわからん……ちんぷんかんぷんじゃ……』


 数学的思考に乏しいバイロンがそう思ったときである、パトリックが紙ナプキンに書かれた文字群を指した。


「この部分の式の変形はどうやって……」


それに対してリンジーは計算部分をわかりやすく書きだした。


「……なるほど……」


パトリックはリンジーの能力に息を止めた。


「すごいね……式の変形部分って、単に計算だけじゃ解けないから理解が及ばないことがよくあるんだけど……」


パトリックがそう言うとリンジーがそれに応えた。


「数学は計算じゃないの、数式の意味するところを理解しないと……原理っていうのかな根本を数的に追いかけないと文字と数字の羅列になっちゃうからね」


言われたパトリックは小さくうなずくとリンジーに肩をポンとたたいた。


「君はすごいね、紅茶を一杯おごらせてくれか」


 肩を叩かれたリンジーは鼻の穴をフガフガさせるととろけた表情を見せた。頬が紅色に染まりポワポワとしている……すでに正常な意識は飛んでいる……



『あちゃ~、リンジー……』



バイロンは我を忘れたリンジーをフォローするべくパトリックに声をかけた。



「うちの宮長に恥をかかすようなことはつつしんでくださいね」



 バイロンはパトリックにくぎを刺すと、ポワポワしているリンジーを横目にマーベリックが手紙で記したことをそれとなく聞き及ぶことにした。


「そういえば、そちらの学校にある備品の中に訓練で使う新しいモノがあると聞いたんですけど?」


パトリックは首をかしげた。


「何のことか……わからないんだけど」


その表情を見たバイロンは『嘘はない』と判断した、女の直感がそう囁いたからだ。


「それならいいの、もし何かあるようなら知らせてくれると助かるのだけれど」


バイロンは余計なことをパトリックに感づかれないようにすると声をかけた。


「じゃあ、うちの宮長をよろしくお願いします」


そう言うとバイロンはそそくさとその場を後にした。


                                  *


一人になったバイロンは席に戻ると紅茶を飲みながらふとその視線を窓際に移した。


『あら、あら……』


なんとそこにはティナとナバールの姿があった……どうやら二人で行動するらしい。


バイロンはティナの胸元を強調した被服を見ると口角を上げた。


『寄せて上げるコルセット……胸元の演出にひっかかったようね』


ナバールという士官はティナの策略にはまったようでウハウハの表情を見せていた。



『やるわね……さすがベテラン……』



バイロンはそんな風に思うと気分を変えるために外の空気を吸おうと表に出た。



11

さて、バイロンが合コンをしている頃、おなじホテルで……


『バイロンはうまくいってるみたいだな……なかなかやり手だな』


 マーベリックの命によりバイロンのバックアップをしていたゴンザレスはバイロンの合コンの手腕に舌を巻いた。


『ベテランに男をあてがうとは……なかなか賢い方法だ。』


 清掃員のに扮したゴンザレスがそんな風に思って忍び笑いを漏らしていると、その眼に気になる風体の輩が飛び込んできた。エントランスから入ってきたその人物は平民服を身に着けていたがその所作はどことなく雅である。


『変装だな……俺の目が欺けると思ってんのか』


密偵の勘がゴンザレスに訴えかける、


『何かありそうだな、面を確認させてもらうぜ……』


ゴンザレスはあとをつけることにした。


                                  *


ゴンザレスは思わぬものを目にしていた。


『あれは……』


 平民の身に着けた衣服を着た人物は昇降機に乗るときに目深にかぶった帽子を脱いだが、ゴンザレスはその顔に見覚えがあった。



『あれは……司法界の彗星、クラーク司法長官…』



 クラーク司法長官は貴族政治における歪みをただすべく汚職や袖の下といった賄賂を厳しく取り締まっていたため平民からは人気があり、かわら版でもその名が大きく扱われている。ダリスの民衆でその名を知らぬ者はいない……


ゴンザレスは首をかしげた。


『長官クラスになると警備の連中がつくはずだ……だがいない……忍んできているとなると普通じゃないな』


 町人服に無粋なコートという貴族とは思えない出で立ちはマーベリックの密偵であるゴンザレスの嗅覚をさらにくすぐった。



『誰と会うか……おもしろそうだな』



うま味のある情報を報告すればマーベリックから金一封がもらえるのは間違いない。



『バイロンはおいといて、こっちのほうにターゲットを移すか』



そう思ったゴンザレスはその視線をクラーク司法長官のほうに移した。



合コンはまずまずといった感じで進んでいます……


その一方で、マーベリックの指令を受けてバイロンをフォローしていたゴンザレスは合コン会場のホテルで思わぬ人物、クラーク司法長官を目にします。


さて、この後、どうなるのでしょう?


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