第五話
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士官候補生たちとの『会合』は街にある老舗ホテル、ウエストハイアットのラウンジで始まった。5人ずつの男女がそろうと互いにあいさつを交わした。
バイロンたちのメンツは:
リンジー(17歳 宮長)
バイロン(16歳 副宮長)
マール (17歳 バイロンに頭突きを食らってからは安定した子分となっている)
ローラ (25歳 勤続7年の中堅)
ティナ (28歳 勤続10年のベテラン)
一方、パトトリックたちのメンツは:
パトリック(17歳 士官候補生 1年生)
フレッド (18歳 士官候補生 1年生)
ゴードン (18歳 士官候補生 2年生)
オグマ (24歳 新人士官 卒業生)
ナバール (27歳 士官 卒業生)
長テーブルに品のいい純白のテーブルクロスがかけられている。その上には人数分の紅茶と焼き菓子が置かれていた。燭台にともされた明かりは赤々として互いの顔がはっきりと確認できた。
最初に口を開いたのはバイロンであった。
「このたびはこの会合で士官の皆様とお会いできて光栄でございます。国防に邁進する皆様との交流はのちに大きな事案が生じたときに、必ずや役立つと思っております。将来、近衛隊に配属される方もいらっしゃるとおもいますので、顔合わせは今のうちからが良いかと存じ上げます。」
士官候補生は士官になった後、近衛隊に配属される者も少なくない。バイロンはそれを加味してのちの人脈づくりであることを述べた。
一方、それに対して一番年配の士官、ナバールが答えた。
「会合を開いていただきありがとうございます。我々もこの機会を生かして第四宮とのパイプを作りたいと考えております。近衛隊には私の友人もおりますので声をかけておきます。」
両者ともに人脈を広げるという形をとることに同意をすると、それぞれが挨拶を始めた。
*
あいさつと自己紹介がはじまると互いがそれぞれの顔を確認した。各々(おのおの)に好みがある……だが目ざとく見れば失礼にあたるため、それとなく視線を送っていた。好みの相手を見つけようとする姿勢は男女ともに関係がない……
あいさつが終わると焼き菓子を手に取ってお互いににこにこした笑みをこぼしながら、繕った会話を展開した。だがそこにはあざとくしたたかな値踏みが含有されている。
『みんな、相手を観察してるわね……様子見ってやつね……』
芝居の話をしながらそれとなく教養の程度を測ったり、生まれや育ちなどを尋ねたりと、パズルのピースを埋めていくような会話がしっとりと行われた。
『第四宮で働くメイドたちは出自も明るいし、教養もばっちり……むしろ候補生たちのほうが知的水準がひくそうね……』
バイロンがそう思うとそれとなくパトリックが近寄ってきた。
「今回の申し出は助かったよ……」
パトリックはそう言うとリンジーのほうに向かおうとした。
「宮長にも挨拶しておかないとね」
パトリックがそう言って離れるとバイロンは儀礼的なあいさつを見せた。
*
リンジーのほうに向かったパトリックは軽く会釈すると、キャンベルの別邸であったことに軽くふれた。
「その節は無粋なところ見せて申し訳ない」
パトリックがそう言うとリンジーは鼻をフガフガさせて答えた。
「いえこちらこそ……みっともないところを……」
丁寧に返答したリンジーだがその様子はすでに『心ここにあらず』といった感じである、フワフワとしたその表情は明らかに尋常ではない。
『あちゃ~、あいさつしただけで……フラフラになってんじゃん……』
バイロンはしどろもどろになってパトリックと話すリンジーを見ると前途多難な未来を予想した。
*
儀礼的な話が終わると休憩となった。女子サイドはお色直しするべくお手洗いへとむかった。
バイロンとリンジーが鏡を見ていると、その後ろからベテランメイドのローラ(24歳)とティナ(28歳)が現れた。
ティナはバイロンを見ると会釈した。
「なかなか、おもしろい会合ですわ……副宮長」
ティナはそう言うとバイロンの隣に立って洋服の胸元を止めていたボタンをはずした。そして腰の部分にある革のベルト(コルセットのような形状)を締めた。胸元が盛り上がると豊満な乳房のように見える。
「みなさんはお若いですから、私はナバールさんとお話しさせてもらいます。」
ティナはやる気満々のようである、その眼は獲物を狙うコヨーテのようになっていた。すでにターゲットは決めていて他の女子には『近づくな』というオーラをかもした。
それを感じたバイロンは同意をこめた会釈した。
『これはいいわ……』
ベテランの筆頭ともいうべきティナがこの会合で機嫌をよくすれば第四宮でのベテランの管理が楽になるのは間違いない。彼女を軸にしてほかのベテランを取り込むことができれば業務の安定は堅い……
一方、もう一人の中堅ベテラン、ローラは特にこれといった反応を見せなかった。
バイロンはその様子から『腹に一物ある』と考えると、懐から小切手を取り出した。
「予算に限りはありますが小物類に関する多少の出費が可能です。もしよろしければローラさんにその管理の役をおねがいできませんか」
ローラは目の色を一瞬にして変えた。
「ローラさんはお召し物もそうですが髪飾りやネックレスにも目利きがあると聞いております。」
バイロンはそう言うとローラの金銭欲をそれとなくくすぐった。
「ローラさんのセンスを見せていただけると助かります」
しばしローラは沈黙すると……エレガントなあいさつを見せて金額の書いてある小切手をそそくさと受け取った。
『かかったわ……』
バイロンは化粧室を出ていくローラの後ろ姿を見るとにんまりとした。
『男で落とすか、金を使うか……人心把握はどっちかよね』
バイロンがそう考えているとリンジーが怪訝な表情を見せた。
「……大丈夫なのバイロン……」
心配したリンジーがそう言うとバイロンはきっぱりと答えた。
「ポケットマネーの流用だから心配ないわ、宮の予算にはびた一文触れてない」
実のところ宮長と副宮長にはわずかであるが自由裁量になる経費がある。これは盾持ちや御者といった給与の少ない現業職の人間に対するチップとして渡すことが目的なのだが、リンジーはその経費をバイロンが流用しているのではないかと心配していた。
『経費の目的外使用は厳重の処す』
この文言はメイド手帳の中にあるメイド心得の一つなのだがバイロンはマーベリックから渡された小切手を用いてその点をクリアーしていた。
「大丈夫、何とかなる金額だし……」
バイロンはそう言うとリンジーのほうに気を使った。
「今日は顔合わせだから、あんまりグイグイいかなくて大丈夫だからね……宮長なのに『軽い』と思われたら、こっちのほうがあまくみられるし……」
バイロンがそう言うとリンジーは大きなため息をついた。
「そうよね、立場もあるし……軽率な行動や言動は間違った印象を与えるだろし……」
そうは言ったもののリンジーの表情は宮長ではなく年ごろの乙女そのものである。バイロンはリンジーが『なんとしてでも接吻するぞ、大作戦!!!』を慣行したいと考えていることを悟った。
『間違えがなければ……いいんだけど』
バイロンがそう思うとリンジーが突然その懐から香水の入った小瓶を取り出した。
「せっかくだし、思い切って大胆に行くのも……悪くないと思うのよね」
リンジーはそう言うと小瓶の蓋を開けて『勝負する女』の顔を見せた、そこには『香り』の力を借りて男心を引き付けようという策略がある、リンジーは力強い声色で発言した。
「私、思い切って股間に香水をかけていこうと思うの!」
バイロンはリンジーのアクロバティックな悩殺スタイルに絶句したが、その後、間髪入れずにリンジーの手から香水を奪いとった。
「ダメです、宮長!」
バイロンに一喝されたリンジーはシュンとなると恨めしそうにバイロンを見つめた。
合コンの前半戦は参加者それぞれが様子見といった感じです、
さて、後半はどうなるのでしょうか……はたしてリンジーは?




