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第四話

頭巾の女はボルト家の用意した馬車からさっそうと降りるとほくそ笑んだ。


「……未来が変わる……」


 女は森の中にある豪奢なコテージに身をひそめていたが、その警備にあたる連中がすでに骨抜きになっていることを理解していた。


「ボルト家の嫡男は小狡い男だと思っていたが……なかなかどうして欲深い」


 頭巾の女はコテージを警備する兵士がボルト家の手練手管により籠絡されていることに気付くと腹の底から笑った。


 小銭をつかまされた警備の兵士は頭巾の女のことなど興味がないようで、ボルト家の懐柔を自ら望んでいる節さえ感じられる。


「……おもしろいぞ、このゲーム……運が再びこちらに動いてきた」


頭巾の女はひとりごちると、机に向かって手紙をしたため始めた。


『司法省の介在があれば……状況をひっくり返すことができる……』


頭巾の女はそう思うと一人の男の名を浮かべた。



『クラーク司法省長官……』



クラーク司法長官とは昨年より司法省のトップについた若き政治家である、若干42歳という年齢で長官のポストに身を置いた人物で、政治改革に邁進しようとする若手のホープだ。貴族の不正を容赦なく暴くため、瓦版でも連日その名が取り上げられている……


『あの男は……フフフ……私の手の内にある……』


クラーク司法長官と『懇意』にしていた頭巾の女は自分の置かれた苦境が一気に変転すると確信した。


『クラークは高級貴族に対して不快な思いを持っている……あの男なら改革という名のもとに私の想いを現実になさしめる……』


 そう思った頭巾の女はボルト家の執事が見せたビジョンを思い起こし、そこにいた一人の人物の顔を思い浮かべた……



『……まさか……あのようなところに……』



ボルト家の執事によって見せられたビジョンは彼女の人生を変えるだけのインパクトがあった。



『まだ終わりじゃない……今から始まるのよ!!!』



頭巾の女はそう思うと、したたかな計算を脳裏に描いた。




バイロンは思わぬ事態に歯噛みした。


「どういうことよ、これ!!」


バイロンは素っ頓狂な声を上げるとマーベリックから突然届いた知らせに驚きを隠さなかった。


その知らせは以下のとおりである:



≪拝啓


第四宮 副宮長 バイロン殿


士官学校との接触を試みてほしい。パトリックを窓口として活用することもいとわない。

できれば士官学校にある納入された備品に関してもそれとなく聞き及んでほしい。


かかる経費はすべてこちらで持つ。(小切手帳をしようされたし)


なお、『会合』を行う時のバックアップはこちらでするので心配しないように≫



 バイロンはメイドの待機所にある自分のロッカーにいつの間にやら入れられていた連絡文書を読むとその眼を細めた。


『熟慮しろとか言っといて……合コンやれってか……アイツ何考えてんだ……おまけに納品された備品まで調べろってか……』


バイロンはそう思ったが、文面に記された文言を見つめて押し黙った。



『経費はもつ……つまり使い放題……』



バイロンはそう思い直すと沈思した。


『今週末は暇になるし……リンジーはその気になってるし……』


バイロンの脳裏に別の考えがもたげてきた。



『……ベテランに対するエサ……』



 バイロンもリンジーもベテランメイドのコントロールを円滑にしたいと考えていた。ルッカの陰険なご注進というやり方ではいずれベテランたちの憤懣が爆発すると恐れていたからである。ベテランの中にいる数名は顔にこそ表さないものの、バイロンとリンジーに対して気に食わない思いを持っている……


『いつまでも頭突きを武器にするのも誉れあるメイドとしてはエレガントさに欠けるわ……恐喝して無理やり従わせる方法もずっとは続かない。それに手足になるベテランも必要だわ……』


バイロンは一つの結論にいきついた



『ベテランたちを合コンのメンツとして呼べば懐柔できるかもしれない』



バイロンはその眼を細めた、



『第四宮の人間関係を円滑にするためには悪くないかも……』



そう思ったバイロンはマーベリックから届いた便箋に同封されていた小切手帳を見てニヤリと嗤うと、そそくさと筆を執った。




バイロンからの申し出はパトリックにとって渡りに船であった。手紙を受け取ったパトリックは口角を上げた。


『これは、おもしろい……』


 パトリックは定期試験を目の前にしていたが……ブーツキャンプとは異なるレベルの高い士官学校の授業内容にまだついていけなかった。さらには授業に付随するレポートの量も多く、学業と訓練に忙殺されて試験に対する対策が遅れていた。


『中間試験の化学と土木はまだ手つかずだ……間に合う見込みもない』


赤点という文字が脳内でちらついている……


『下手な点数であればブーツキャンプに戻される……そうすれば学ぶことが阻害される……』


 くさい飯を食ったブーツキャンプであるが、あそこで学べる教育内容は著しく低い……ミッチやガンツ、そしてどもりのミゲルと過ごした日々も悪い意味で充実していたが、戦術論やリーダー論といった高度な教育はキャンプでは学べない……



『半端な成績ではマズイ。だが、合コンを武器にすれば……何とかなるかもしれん』



パトリックの脳裏に何人かの候補生の顔が浮かんだ。



『土木と科学に関しては過去問のノートをもってる連中がいる……奴らの力を借りるためには会合がカギになる!』



パトリックは策士の目を見せると筆を執った。



『このチャンス……使わせてもらうぞ!!』



 こうして合コンはバイロンの意図とパトリックの意図が打算的な意味合いにおいて一致したため開催のはこびとなった。



そして合コン、もとい会合の朝……第四宮の宮長の部屋では……


「バイロン、洋服……どうする……」


鼻息を荒くしたリンジーは鏡の前で気合を入れていた。


「宮長だし……あんまり派手なのはどうかと思うけど……シックな感じがいいんじゃない……」


バイロンが妥当な意見を述べるとリンジーもそれに同意した。


「そうよね、初めて会うのにいきなり悩殺するような洋服じゃ……心象が悪いわよね」


 リンジーはそう言うと水玉のがらをあしらった紺のワンピースに襟の大きなジャケットを身に着けた。いわゆるアンサンブルというスタイルだが、小柄なリンジーにおとなの雰囲気が醸された。


「似合うじゃない!!」


 言われたリンジーはスカートの丈を気にしていたがバイロンの一言をきくとまんざらでもない表情を浮かべた。


 一方、バイロンはチュニックに長めのスカート、そこに牛革のブーツを合わせていた。特にこれということのない演出だが、年ごろの娘の衣服としては若干大人びて見える。


「とりあえず、今日はこれでいってみましょう」


 バイロンを見たリンジーは気合を入れると頬を平手でパンパンとたたいた。そして左手を胸元で引き寄せるとこぶしを作った。



「……今日の合コン……」



リンジーの表情が真剣みを帯びた



「……あわよくば……パトリック様と……」



リンジーはそう言うと小さいながら力強い声を上げた。



「……初めてのチュウ……」



『チュウ』という単語を耳にしたバイロンは卒倒した。



『何を言ってんの、この娘……』



だがリンジーはそれにかまわずバイロンを見た。



「偶然でも何でもいいの……とにかく……チュウ……これがこの合コンでの目的です」



リンジーは≪なんとしてでも接吻するぞ、大作戦!!!≫を打ち上げると第四宮の待機所から娑婆に出るゲートに向かって颯爽と歩き出した。


その後ろ姿を見たバイロンは深いため息を吐いた。



『リンジー……やばいわ……これマズイって……』



バイロンはそう思ったが、リンジーはそんな思いなど無視して大股で闊歩していた。






 頭巾の女はクラーク司法長官を知っているようで、自分の企みのために彼を計画に引き入れようとしています。彼女は何を計画しているのでしょう?


 一方、バイロンはマーベリックの申し出のもとに会合という名の合コンに参加することになりました。はたして合コンはいかなる展開を見せるのでしょうか?


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