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第三話

                               *


美しい装飾がされた皿に鎮座した肉塊はステーキのようにスライスされている。それが二枚……バイロンの目の前にあった。


『なんだろう、このお肉……』


 バイロンはゆっくりとフォークと突き刺すと、意外な弾力が跳ね返ってきた。だが少し力を入れるだけで肉の繊維がススッと離れていく。


『普通の肉じゃない……ばら肉とも違う……』


バイロンはたっぷりとソースをつけると一口ほおばった。


『なにこれ……』


バイロンは初めての触感と肉からジワリと溢れるうまみに沈黙した。言うまでもなく美味である……


そしてもう一つ脅かされたのがシチューの味である。


『……デミグラスよりさっぱりしてる……でもコクはしっかりある……』


牛脂のしつこさはみじんも感じられず、比較的あっさりとしている。だがうまみは凝縮している……


マーベリックはその表情を見ると自信を見せた。


「それは牛のタンだ。ばら肉のような柔らかさや、頬肉のようなうまみとは異なるものがある。屋台の串焼きのように硬くもない」


マーベリックはそう言うとタンについてふれた。


「口に入れたときは弾力があるものの、噛んでしまえば肉の繊維がほどけていく……そして独特のうまみ……癖はあるがほかの部位では味わえないものがある。香草と一緒に煮込んでいるため肉の臭みはみじんもない。」


マーベリックは自信をみせて続けた、


「ソースはデミグラスを基本しているがそこにトマトのピューレを入れることでさわやかさを演出している。こうすることでソースの口当たりが柔らかになる」



マーベリックはとうとうと解説を展開したが、バイロンはその話を耳に入れていない……


 マーベリックはその様子を見ると一瞬ムッとした表情を見せたが、すぐさまシチューを平らげて『おかわり』を要求するバイロンの姿勢をみると、フッとため息をついた。



『……うんちくは無駄か……』



マーベリックが斜に構えてバイロンを見ると、バイロンはフォークを掲げた。


「速くよそってくださいますか?」


 淑女のような言動ではあるが臨戦態勢に入ったバイロンにはマーベリックの説明など無駄であった。それを見たマーベリックは白旗を上げると黙って二杯目のシチューをよそった。


                                 *


このあと、牛一頭分の『舌』を平らげたバイロンは実に満足そうな表情を見せた。


「おいしゅうございました」


 バイロンがそう言うとマーベリックは食後のハーブティーをしぶしぶ差し出した。それに対してバイロンは何やら意味深な視線を浴びせた。


「あら、デザートはありませんの?」


バイロンが尋ねるとさすがのマーベリックもその表情を変えた。



「お前、喰いすぎだろ!」



それに対してバイロンは切り返した。



「別腹ですわ、スイーツは。淑女の『たしなみ』を所望します。」



その物言いに躊躇はない、マーベリックはたじろいだ。



『用意していない……マズイな……話題を変えよう……』



そう思ったマーベリックはコホンと咳払いすると宮長リンジーの仕事に関して言及した。


「人間関係について精査したい。宮長のリンジーだが、彼女の働きぶりはどうだ?」


リンジーという響きに反応したバイロンはその表情を変えた。


「仕事には慣れてきたみたい。事務能力は高いし、お妃様からも嫌われていない。だけど……」


 バイロンが二の句を告げるのをためらっているとハーブティーを口にしたマーベリックが爬虫類のような目をみせた。


「話してみろ」


言われたバイロンは一瞬、目を伏せた後、リンジーがパトリックに夢中になっていることをこぼした。


「……合コンしたいんだって……」


それを聞いたマーベリックは何とも言えない表情を浮かべた。


「士官学校の候補生と合コンか……たしかに情報を取るうえで人脈が増えるのは悪いことではない。だが、宮長という立場でうつつを抜かされても困るな……」


マーベリックが至極当然なことを述べるとバイロンもそれに同調した。


「だけど、リンジー……仮面舞踏会マスカレードで会ったパトリックっていう候補生にもうメロメロ…なのよね……表情が解けちゃってる……」


パトリックという名を聞いたマーベリックは顎に手をやった。


「あの候補生は芳しくないな……あの眼は……」


 マーベリックはそう言うとそのあと沈黙した。その様子には闇に生きる存在だけが見せるほの暗さが滲んでいる。


「……あの眼は私たちに似ている……」


マーベリックは続けた、


「士官学校との合コンは熟慮しろ。人脈作りというならその選択も悪くはないが……下手に恋愛感情が絡むと自分の首を絞めることになる。会合を催すことに反対はせんがな」


 マーベリックはそう言うとバイロンに帰るように促した。


                                  *


バイロンが出ていくと階下で待っていたゴンザレスがいれかわりにやってきた。


「旦那、バイロンは出世しましたね……驚きですぜ」


ゴンザレスはバイロンの立ち回りに感心しているようで素直に驚いていた。


「第四宮の宮長といえば、オートクチュールで着飾ってお妃様たちに帯同する立場ですからね……それもまた16,7の娘でしょ……考えられませんよ」


ゴンザレスはそう言うと意味深な表情を見せた。


「それに美人ですよね……将来が楽しみだ」


ゴンザレスはマーベリックの表情をうかがった。


「旦那もまんざらじゃないんでしょ?」


 その物言いはいやらしい中年のおっさんそのものである、マーベリックとバイロンの関係を揶揄していた。


「副宮長と『関係』を築けば向こうの情報はタダで手に入るし……俺たちにとっても仕事がやりやすくなりますぜ。宮に忍ばせる密偵としてはうってつけじゃないですか」


それに対してマーベリックはゴンザレスをにらみつけた。


「バイロンはすでに侯爵さまから『自由にしていい』といわれている……我々の手足として使うエージェントではない。」


それに対してゴンザレスが反応した。


「でも、バイロンは使えますぜ……勘もいいし、動きも悪くない……こちら側に引き込んでおいて損はないですぜ……なんだったら金で買っちまえば……」


ゴンザレスが続けようとするとマーベリックがそれを遮った。


「この世界に引き入れるつもりはない」


マーベリックはきっぱりと述べた。



「……あの娘は……」



マーベリックはかねてから思っていることをポロリとこぼした。



「バイロンは……たぶん公爵様の……」



マーベリックの言葉の内容に気付いたゴンザレスはそれ以上の言葉を求めなかった。



「……これは失礼しました……」



ゴンザレスはその場の空気を読むと即座に話題を変えた。


「ところで旦那、ボルト家の動きですが……」


ハーブティーの入ったカップに口をつけていたマーベリックはゴンザレスに報告を促した。


「妙な動きがありやす。うちの密偵がボルト13世の屋敷を張っていたんですが……そこに頭巾をかぶった女が入っていきやした。それから、その女の後をつけたんですが……」


ゴンザレスが言葉を濁した。


「……実はうちの密偵が煙に巻かれまして……」


「収穫がなかったということか?」


かわいた声でマーベリックが言うとゴンザレスがそれに応えた。


「はい、邪魔が入りまして」


マーベリックが不審な表情を見せるとゴンザレスがそれに応えた。


「うちの動きを悟った連中がいるんだと思います。うちの人間の一人がやられました。妙な技を使う輩だったそうです……」


 ゴンザレスの表情は実に悔しそうである……そこには密偵を束ねる棟梁としての忸怩たる思いが浮かんでいる。


だがその一方で密偵として仕事を成し遂げた自信を見せた。


「旦那、公爵様が求められていたボルト家の兵器に関することですが……ローズ家の家元が言ったように兵器談合があるのは濃厚ですぜ。」


ゴンザレスは続けた。


「これが兵器購入のリストです」


マーベリックはそれを見ると即座に精査した。


「兵器の納入先はボルト家の息のかかったところばかりだな………」


マーベリックはリストを眺めると談合や癒着といった匂いを嗅ぎ取った、


だがその一方でそのリストの中にある妙な名前に気付いた。



「……納入先に士官学校とあるな……」



マーベリックがそうもらした時である、その脳裏にバイロンの顔が浮かんだ。



「合コン……面白いかもしれんな……」



マーベリックがひとりごちるとゴンザレスが怪訝な表情を見せた。


「旦那、何の話ですか?」


 マーベリックはゴンザレスの問いかけを無視すると実に罪深い表情をみせた。そこには闇に潜む人間の本質が浮かび上がっていた。



バイロンの食したシチューはタンシチューでした……(作者も食べたいです……)


さて、密偵のゴンザレスの報告はボルト家の兵器談合疑惑を濃厚にしました。彼の持ってきたリストの中には士官学校も関連していると示唆されていました……


さて、この後どうなるのでしょうか?

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