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第二話

ボルト家、それは帝位をいただく御三家のひとつである。300年前の魔人との戦いにおいてダリス建国の父、ダリス一世をわきから支えた英傑の一族であり、その手腕は人をまとめ上げる能力においていかんなく発揮された……


 そして現在、ボルト家はダリスの政治、経済を制御するかなめ石として活躍してダリス全土の商工業をコントロールしている。それゆえにその名は隣国のトネリアでも知らぬ者はいない。



 そのボルト家の邸宅……王座には憂いた表情の男が座っていた。口ひげをはやし、既に髪を失った頭皮に手に平を当てている。眼下はくぼんでいるが、その眼はぎらぎらと輝いている……


「お館様、お客様でございます」


執事がそう言うと玉座の男は『通せ』と低い声で言った。


時を待たずして観音開きのドアがノックされると執事が扉を開いた。


そこには頭巾で顔を隠した女が立っていた。



「お待ちしておりましたよ、お客様」



 ボルト家当主、ボルト13世が禿げ上がった頭を輝かせて恭しく迎えると頭巾の女は口元だけを見せてそれに応えた。


「ここにくくるまでの道中、大変でしたがそちらのほうから迎えが来たので、馬車に乗りこみました。」


頭巾の女がそう言うとボルト13世はにやりと笑った。


「実は面白い話がございましてね」


ボルト13世はそう言うと無駄話など一切せずに要件の核心にいきなり触れた。


「実は私どもが経済事案の予算を振り分けていた時です。山間の村でおもしろいことがわかりまして」


ボルトがそう言って頭巾の女に内容を話すと、女はその身に電撃が走ったような様子を見せた。



「……それは、まことか……」



頭巾の女はその場で打ち震えた。


「間違いありません、ですが現段階では私どもも動きが取れません。司法省に働きかけができる方が必要なのです。」


ボルト13世がそう言うと頭巾の女は即答した。


「それはなんとかなる、それよりもお前の言ったことが本当かどうか確認したい。」


頭巾の女がそう言うとボルト13世はほくそ笑んだあとに柏手を打った。


                                  *


 先ほどの執事は枯れ枝のような体形をした痩せた男である。妙に青白い顔と節くれだった指が印象に残る。


 男は懐から妙な形の小枝を出すとそれに火をつけた。モクモクと煙は上がるものの、その煙は頭上で円形を描いた。



「この煙は特殊なもので……遠くにある『もの』を写してくれるんですよ。」



 痩せた執事が慇懃にそう言うと円形の煙の中心から透き通った水のような面が浮き出てきた。執事はその水面を節くれだった指でなぞった。


「……おお……」


 水面に波紋が起こるとヴィジョンがあらわれうっすらと輝いた。そしてその光の中からはっきりと人とわかる存在が映し出された。


「さあ、ご覧ください。」


 映し出された像の中では3人の男がいそいそと働いていた。一人は親方、もう二人はその弟子といった出で立ちである。


頭巾の女はその弟子の一人を見るとのどを震わせた、その様は尋常ではない。


 興奮した頭巾の女はそのビジョンに近づいてその手で触ろうとした……そして触れた瞬間である、その像は水面に波紋が起こるがごとき現象を見せて消えてしまった。


                                  *


「いかがですかな?」


 ボルト13世がそう言うと頭巾の女は実に不快な笑みを見せた。そこには先ほどとは異なる策士の様相が滲んでいる。


「司法省のトップとは懇意にしています。私から手紙を書きましょう。」


頭巾の女はそう言うとボルトを見た。


「ながいつきあいになりそうですね」


 頭巾の女はボルトに丁寧にいとまごいすると、雄々しく一歩を踏み出し大股で闊歩して入口の扉から出て行った。その背中からは権力闘争に自ら身を投じることを厭わぬオーラが滲んでいる……


それを肌で感じたボルト13世は頭巾の女よりも不遜な笑みをこぼした。



「おもしろくなりそうだ、レナードよ。お前が帝位につくのは簡単ではないぞ」



ボルト13世はひとりごちると、自分の構想の歯車が回り始めたことに満悦した。



いつもの様子である……薄暗く淫靡な空気が漂う骨董屋はその独特の雰囲気をかもしながらバイロンを向かいいれた。バイロンはその空気を肌で感じながら奥へと進んだ。


店主の男に会釈すると店主はいつもと同じようにカウンターの裏へとバイロンを通した。


いつもと同じようにリズムよく階段を上るとバイロンの鼻腔に煮込み料理の香りが飛び込んできた。


『なんだろう……』


バイロンが期待を胸に2階の扉を開くといつもと同じようにマーベリックが佇んでいた。


「相変わらずだな、ノックをしないとは……」


やれやれといった表情を見せたマーベリックの表情もいつもと同じである。


バイロンはそれを見ると特に反応せずにいつもの席に座った、これもいつもと同じである。


                                   *


 マーベリックは隣の部屋から真鍮の鍋を取ってくると花柄の刺繍をしたランチョンマットを敷いたテーブルの上にそれを置いた。


バイロンはその鍋をみるとニヤリと笑った。


 その様子を見たマーベリックはコホンと咳払いするとナイフとスプーン、そして浅めのスプーン皿をバイロンの前に置いた。



「今日の料理は手が込んでいる……」



マーベリックは淡々とそう言うとおもむろに蓋を取った。


                                  *


『うわ~、なにこれ……』


 バイロンの目の前にはクツクツと泡を立てるシチューが現れた、実にいい香りである。仄かな香草のフレーバーが心地よい。表面から沸き立つ熱気と茶褐色のソースが食欲をそそる、


『デミグラスソースのシチューだ……ビーフシチューかな……』


 マーベリックはシチューの中に入った具材を慎重にフォークとスプーンナイフを使って取り出すとバイロンの前にあった取り皿においた。シチューのソースをその上から上品に掛けると、そのわきに素揚げしたじゃがいもと茹でたいんげんをそえた。彩が明るくなると一気に高級感がわき出てくる……


バイロンは垂涎のシチューを目にすると『はやく寄越せ!』と目で合図した。


それに対してマーベリックは不遜な笑みを見せるとシチュー皿をバイロンの前からわざと遠ざけた。


そして、一言……



「今週の報告を先に聞かせてもらおうか?」



いつもと同じく報告を促すマーベリックの言動にバイロンはチッと舌打ちした。


                                   *


「かくかくしかじかというわけ」


 お茶会が終わり、比較的安定した状態が第四宮で進行していることをバイロンがかいつまむとマーベリックはそれに対して沈思した。


「何もない状態があるのはいいことだ。だが、それが続くとは限らん……」


マーベリックはそう言うとバイロンの人物関係に触れた。


「ルッカという年寄りと、お前が頭突をして調教したマールという娘はどうだ?」


言われたバイロンは即座に反応した。


「ルッカさんはベテランメイドのお目付け役として活躍してもらってる。リンジーが手当てを多めに出して配慮してるわ。そのかげでルッカさんはこっちのほうになびいてる。マールのほうは私のほうがコントロールしてるし……とりあえず現段階では問題ないわ」


「年寄に手当で配慮か……なかなか面白い方針だ。」


マーベリックはリンジーの意外な手腕に忍び笑いを漏らすとバイロンにシチューを進めた。


「今日は特別なシチューだ、食べてみなさ……」


 マーベリックが語尾を明らかにしないうちにバイロンはすでにスプーンとフォークをシチューの中に沈めていた。


マーベリックはその電光石火のアクションに舌を巻くほかなかった……





ボルト家の所に頭巾の女がやってきました……彼らは何やら企んでいるようです……この先、彼らはいかなる行動をとるのでしょうか?


一方、バイロンは定期報告のためにマーベリックの所に行きましたが、そこでは特別なシチューが用意されていました……さて、このシチュー……なんでしょうか?

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