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第一話

早朝5時、


まだ外は夜のとばりが下りている……暗い宮中ではカンテラ灯が煌々としていた。


だがメイドの待機所では軍靴が石畳を行進するかのごとく整然とした足音が響いていた。


メイドたちは顔を洗い、着替えを済ませると朝礼が行わる食堂へ小走りに向かった。


「みなさん、おはようございます」


凛とした声が放たれるとメイドたちがそれに応えた。


「おはようございます」


副宮長であるバイロンが整列したメイドたちの声を聴くとその面構えを確認した。


「多少のむくみやクマのある方もおられますが、本日も誉れあるメイドとして第四宮の業務を滞りなく遂行するようにおねがいいたします。」


 若輩の身でありながら、権力闘争とお茶会を乗り越えたバイロンの存在はメイドたちに畏怖を与えている。小言を言って釘をさすバイロンのスタイルにもメイドたちは服従する姿勢を見せた。


「では、宮長から朝礼の挨拶をいただきます」


バイロンが叱咤するように言うと整列したメイドたちが『はい』と声をそろえた。


バイロンはそれを見るとリンジーにアイコンタクトした。


リンジーは一段高い台座に上るといまだに慣れない宮長としてのあいさつを見せた。


「本日は大きな行事がありませんので……最近、行き届いていない庭の清掃を行いたいと思います。落ち葉もそろそろ目立ってきていますしね」


 リンジーがそう言うとベテランメイドたちがあからさまに不愉快な表情を見せた。そこには『庭の清掃』という単語を厭う様子が見られた……それというのも『庭の清掃』は給金に手当のつかないサービス残業の色合いが濃いからだ


バイロンはその雰囲気を嗅ぎ取るとすぐさま合いの手を入れた。


「ルッカさん、庭の清掃の監督をよろしくおねいがいします。」


バイロンがしとやかに言うとルッカは『待っていました!』と言わんばかりの狡猾な笑みを見せた。


「かしこまりました。清掃の監督をお引き受けいたします」


 65歳を超えるルッカは若々しいメイドたちの粗相を報告することをなによりもの愉しみにしている陰険な性格の持ち主なのだが、庭の清掃の監督者という立場は彼女にとってうってつけであった。


ベテランたちはルッカという単語を耳にすると皆いっせいに大きなため息を吐いた。


その様子を見たリンジーはホッとした表情を見せると一堂に声をかけた。


「では、朝食にいたしましょう!」


リンジーがそう言うとメイドたちは上り始めた朝日を浴びながらスープと胚芽パンを配膳しだした。


一日の始まりである。


                                 *


 朝食を終えて、それぞれのメイドが自分の持ち場に散会するとバイロンとリンジーは宮長と副宮長の会合を開いた。


「ルッカさんにベテランの監視をまかせたけれど……いつまでもこの方法でいいのかしら……」


リンジーには一抹の不安があるようでバイロンにそのことを相談した。


「そうね、プレッシャーをかけるやり方もずっと続けばベテランたちも不愉快だろうし……場合によっては反撃もありえるわね……そうなると厄介ね……」


 飴と鞭という言葉があるが、鞭ばかりだとベテランのストレスは増えるばかりであろう、意図的な『粗相』をすることでバイロンとリンジーに対して一矢報いないとも限らない……


「この辺は考えていかないとね……」


バイロンがそう言うと気分を変えるためにリンジーが話題を変えた。


「今月はイベントがないから……宮の仕事は落ち着いた感じになると思うわ」


リンジーが手帳を開いてスケジュールを確認してそう言うと、バイロンは『フム』と頷いた。


「滞っている業務もないし、庭の清掃が終われば余裕もできるわね。有給休暇も取れるかもしれないわね」


 仕事で忙殺されていたバイロンとリンジーはまともな休みが取れなくなっていたのだが、どうやら久々の休日が取れそうな雰囲気がある。うまくいけば二人とも同時に休みが取れそうだ……


「ねぇ、リンジー……休日はやりたいことある?」


 バイロンが明るい声をだすとリンジーの表情が急に変わった……そしてじっとりとした目でバイロンを見つめた。


何やら意味深である……


バイロンはそれを悟るとリンジーの口元に耳を近づけた。


リンジーは一呼吸置くとボソリとつぶやいた。



「……パトリック様に会いたい……」



その表情は実に真剣である、宮長として業務にあたる時よりもはるかに真摯である……


「えっ……」


バイロンが『それは無理だ』と首を横にフリフリするとリンジーは鼻息を荒くした。


「……あいたい……絶対に会いたい!」


リンジーがそう言うとバイロンはたじろいだ。


「宮長なんだから、士官学校の子たちと遊べるはずないでしょ、立場があるんだから。それに向こうだって訓練とかあるだろうし……」


バイロンが正当な見解を述べるとリンジーはその眼を細めた。


「一目、見るだけでもいいの……」


リンジーはパトリックに首ったけになっているようで…その表情はフワフワとしている。


「バイロン、あなたキャンベル卿の別邸でトラブルに会ったあと……パトリック様と話してたでしょ」


リンジーはバイロンにそう言うと再びじっとりとした視線をバイロンに浴びせた。



「コネがあるんでしょ、バイロン?」



言われたバイロンは『そんなものはない!』とジェスチャーで表現したがリンジーは聞く耳を持たない。



「期待してるからね、来週の休み!」



リンジーはそう言うと上唇をぺろりと舐めた。そこにはパトリックに対する並々ならぬ思いが滲んでいた。



さて、それとほぼ同時刻……


 マーベリックは御者として馬車の手綱を取っていた。街道から外れた小道をゆるりとしたペースで進んでいる。


 穏やかな日差しは実に暖かい。飛び交うモズはピクニックにいざなうようなさえずりを見せる。豊かに実った葡萄がツルから延びる様は秋の到来を祝福しているではないか。


だが馬車の中では外とは異なる雰囲気が醸し出されていた。


                                  *


「この前のお茶会はじつにおもしろかった。レナード卿が顔色を青くしたのはたまらぬものがあった。」


 レイドル侯爵に話しかけているのはローズ家の家元であった。レナード家、ボルト家と同等の御三家と呼ばれる皇位継承権のある家柄の頭首である。軍事に明るく国防に邁進して生きた一族だ。


だが家元は柔和な笑顔とは裏腹のしたたかな政治家のような口調で続けた。


「パストールと組んで皇位継承権を確実なものしようと奔走し……その結果、子飼いのキャンベルに裏切れるとは間抜けな話だ。」


ローズ家の家元は『お茶会』の裏側をすでに知っているようでその口調は断定的である。


「だが、あのお茶会における一ノ妃様の退位における逆転劇をもたらしたのは、あなたの『使い』が賢者アルフレッドにつなぎをつけたからでしょう」


ローズ家の家元はお茶会事件の真相をしたり顔でつぶやくと、それに対してレイドルは包帯でまかれた顔で答えた。


「どうやらあなたも優れた密偵をお持ちのようだ」


レイドルが無味乾燥な口調で述べるとローズ家の家元は何食わぬ顔で答えた。


「軍事は情報が制する時代ですよ。当たり前です、レイドル家の動きも注視している」


家元はそう言うと本題を切り出した。


「実はボルト家に動きがありましてね……」


その物言いは物憂げである、


「芳しくないこともちらほらと……」


そう言うとローズ家の家元はレイドル侯爵をねめつけた。



「兵器購入に関して談合の疑いがある」



言われたレイドルは包帯を巻いた顔で淡々と答えた。


「何か証拠でもおありですかな?」


言われたローズ家の家元は首を横に振った。


「兵器購入に関しての予算は議会で何の問題もなくとおっている。だが、必ずボルト家が中心となってそのとりまとめをしている。そして兵器の一部はトネリアから輸入している……」


ローズ家の家元はボルト家とトネリアの業者との間に癒着があるのではないかと考えていた。


「代金の決済はトネリアで行われている。裏金があるかどうかの確認はこちらではできない。」


家元が不愉快そうに言うとレイドル侯爵は相変わらずの表情で答えた。


「我々の持つ調査能力に期待したいと?」


ローズ家の家元はいやらしく笑った。


「まあ、そんなところだ」


家元はそう言うと取引をレイドル侯爵に持ちかけた。


「我々の持つ情報をそちらに渡す代わりに、そちらの情報もこちらにもらえんかね、特にトネリアのことを……」


レイドルはそれに対して何とも言えない含みのある返事をした。



                                    *


ローズ家の家元を街中で降ろした後、館に帰る道すがらマーベリックはレイドル侯爵に話しかけた。


「先ほどの話、ローズ家の情報はどこまで本当なのでしょうか?」


それに対してレイドルが答えた。


「トネリアで兵器の決済が行われているのならば、ローズ家ではその確認はできんだろう。軍人で経済に明るいものはそれほど多くない。経済人脈に関しても同じだ……それ故に我々を頼ってきているのだろな」


ローズ家、ボルト家、レナード家の関係は三つ巴とも、三すくみともいえる権力構造になっている。


「レナード家が先のお茶会で失態を見せたことでローズ家の家元は皇位継承に関する変化が生まれるのではないかと考えたのだろう。そうなればボルト家にもチャンスがあると……だがボルト家の動きには不審なものを感じているのだろう。」


レイドルがそう言うとマーベリックがそれに対して怪訝な声を上げた。


「ローズ家もボルト家も格式は十分ですが、亡くなった陛下の血を引いた子息はおりません。なき陛下の血を引いているのは遠縁とはいえどもレナード家の頭首のみです。」


マーベリックがそう言うとそれに対してレイドルが答えた。


「確かに血縁という点からは皇位継承権はレナード家が一番近い。」


言われたマーベリックはその眼を細めた。


「だが、ボルト家のほうはそうは思っておらんのだろ」


レイドルはククッとくぐもった笑いを見せた。そこはかとない腹黒さがそこにはある……


「マーベリックよ、情報を集めて精査しろ。来週までに」


レイドルはそう言うとそのあとは何も言わずその眼を伏せた。




御三家といわれるローズ家とボルト家の名前が出てきました……ローズ家の当主はボルト家を怪しんでいるようです……


一方、バイロンのいる第四宮ではリンジーがパトリックにメロメロになっています……



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