第二十五話
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午前の相場が引けると正気に戻ったベアーたちは会社の倉庫にて作戦会議を開いた。
ロイド、ウィルソン、マクレーン、ジュリア、そしてベアーは上がりゆく羊毛の値段とレバレッジをかけた先物取引の総利益を紙面に記すと午後の戦略を描いた。
「大将、とりあえずこれだけの金があれば先物を決済して……午後の株式相場でうちの株を買い戻すのがいいんじゃないですか……あと15%の株を買い切れば50%を超えます。そうすればキャンベルに乗っ取られることはありません」
ウィルソンはマーケットに出回る船会社ケセラセラの株を買い戻して買収されない状況を作るのが筋だと述べた。
この見解にベアーは賛同した。
「乗っ取られない状況になれば、余裕をもってこっちも策が練れますね!」
ベアーがそう言うとジュリアもそれに同意した。
だがそれに対してマクレーンが冷静な見解を述べた。
「たしかに、株を買えば買収されるリスクはなくなるでしょう……でもキャンベルは他の手を打ってくるんじゃないですか……再び倉庫の使用権を取り消すとか、ゴロツキを使って嫌がらせをしてくるとか……かわら版の内容もまだ現実になったわけではないですし……」
マクレーンがそう言うとロイドがうなずいた。
「私も同じ考えだ……株を買って株式市場で安定した状況を作ってもキャンベルがその程度で圧力をやめるとは思えない。倉庫の使用権だけでなく資金繰りや、商売のルートといった重要な要素をつぶしに来る可能性が高い。奴の持つグループ会社に徒党を組まれれば商売はうまくいかんよ……」
ロイドは続けた、
「キャンベルのうちに対する執着は尋常ならざるものがある。向こうは恥をかかされたと思っている分たちが悪い……」
パトリックの参加した仮面舞踏会での事案からいままでの経緯を客観視したロイドはキャンベルが商売人とは異なる貴族のメンツにこだわっていると看破していた。
「今この状況下を切り抜けても……真綿で首を絞められるようにしてケセラセラは潰されるだろう」
ロイドが腕を組んでそう言うとその場の全員が大きく息を吐いた。
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そんな時である、元気な声をあげて小さな少女が倉庫の入口から入ってきた。その少女はロバの背中に大きな包みを載せて運ばせていた。
「そんな陰気な顔をしてても、何も始まらないわよ!」
そう言った少女はロバの背中から包みを下ろしてベアーたちの集まっているテーブルの上にドンとおいた。
「さあ、召し上がれ!!」
開いた包みの中から出てきたのはいつものレモンケーキである、甘い香りとレモンの酸味がその場に拡がる。
「脳にエネルギーを与えないと、いい考えなんか浮かばないよ!」
少女がそう言うとベアーがそれに反論した。
「ルナ、今はお茶をしてる余裕なんてないんだよ……伸るか反るかの重要な時なんだ!!」
ベアーが非難めいた口調で言うとルナはそれをシレっとした表情で受け流した。
「腹が減っては戦はできぬ、古今東西いわれてるでしょ!」
ルナが切り返すとロイドが小さくうなずいた。
「確かにな、疲労も甚だしい。あれだけ急激なマーケットの変化を経験すればこちらのほうがパンクしそうだ……少し休憩を取ろう……根を詰めた状態ではいい考えも浮かばん」
ロイドは素直にルナの意見を取れるとジュリアに紅茶を入れるように目くばせした。
*
レモンケーキは実に心地よい酸味と甘みを口に運んだ。精神的に疲労した彼らの脳は甘いものを欲していたらしく、一口ケーキをほおばると全員、声も上げずに口に放り込んだ。
「キャンベルがグループを使って圧力をかけてくるなら、うちの商売も上がったりになる。たとえ株を買い戻しても取引先のルートをつぶされれば商いができない……」
ウィルソンが3つ目のレモンケーキに手を伸ばしてそう言うとジュリアが続いた。
「となると、まともな商売を存続するのは厳しいわね……」
キャンベルのグループ会社の総資本を恐れた皆はその表情をゆがめた。
「現状は両替商の連中もキャンベルの息がかかっているしな……決済の資金を融通してもらえなければ最悪、倒産に追い込まれるかもしれん。」
ウィルソンが困った表情を見せるとロイドがそれに反応した。
「最悪のことはすでに想定済みだ……船会社ケセラセラを解散して先物取引で成功した金を皆でわける選択肢もある。マクレーンさんの投下してくれた資本をもあれで回収できるだろうし」
ロイドは先物で儲けた金を社員たちに給料として配り、会社をたたむという考えを示した。
「……大将、勇気ある撤退ですか……」
ウィルソンが不服そうに言うとマクレーンもそれに同意した。
「仮に撤退しても、今度は私のほうにキャンベルは矛先を向けると思います……それではケセラセラを助けた意味がありません」
マクレーンがそう言うとロイドは唸った。
「ケセラセラをたたんでも、キャンベルならパトリックに対する嫌がらせをやめるとは思えないわ。むしろ嫌がらせを強めるでしょうね」
ルナが魔法少女(見た目10歳、実年齢58歳)の勘を働かせるとロイドはさらに唸った。
「……たしかに……キャンベルならやりかねん……」
ロイドがそうこぼしたときである、手持無沙汰にしていたロバがトコトコと歩いてくるとベアーの前にあった株価の表を顎でクイクイと指した。
「お前はロバなんだから、相場なんてわかんないだろ……」
ベアーがそう言うとロバはそれにかまわず反吐を吐くようにしてボードに唾を吐きつけた。あまりに無礼な態度にその場の全員は言葉を亡くしたが……吐き捨てた唾液がキャンベル海運の屋号に付着すると、その場の全員は晴れ晴れしい気分となった。
「お前、いい腕してんじゃやねぇか、」
ウィルソンがガハハと笑ってそう言うとロバは首を横に振った。どうやら違うという意味らしい
ベアーは怪訝な表情で株価を記した表を見たが別段これといった情報はない。
「……なんなんだよ……」
ベアーがそう言うとロバは株価の推移を記したチャートに向けて顎を突き出した。
「下がってるんだろ。あたりまえだよ、ラッツのかわら版でキャンベルの疑惑が掘り下げられたんだ。当然キャンベル海運の株価は下がるさ」
ベアーが自信をもってそう言うとロバはさらに首を横に振った。
どうやら違うという意味らしい……
今度はルナが合間に入った。
「キャンベルの株価が下がっても、あいつがいなくならない限りはうちに対してあの手この手で嫌がらせをしてくるのよ。キャンベル海運が乗っ取られでもしない限りこの状況は好転しないのよ」
ルナが分かりやすい説明をするとロバは素直にうなずいた。そしてすべてを理解した様子で短い脚のひづめを使って文字を書いた。
≪ば…い…しゅう…≫
その文字を見たベアーは思わぬ単語に息をのんだ。
ロバの描いた文字を見たベアーたちは驚きます。この後、彼らはどうするのでしょうか?
*
まだまだ、寒いです、受験生は風邪などひかぬように!




