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第二十四話

57

9時になり相場が開かれると、キャンベルは船会社ケセラセラを買収するべく『買』の注文を入れようとした。


『時間はかかったが、これでケセラセラも終わりだ。』


キャンベルは薄ら笑いを浮かべて株価を記したレポートを見た。


だがその目には自分の支配したグループ会社の株価が軒並み下がっている状況が展開していた。


『龍の巣の影響か……』


キャンベルはそう思ったが、支配したグループ会社の損害を考慮してもその株価は下がりすぎている……


『どうなってるんだ……これは……』


 キャンベルはジャネットからもたらされた新しい報告を耳にすると刻一刻と変わるグループ会社の株価の値動きに驚きを隠さなかった。



『下がる速さが異常だ……何が要因だ』



そして……



 状況を分析したキャンベルは株価が下がる原因が一枚の号外として出されたかわら版にあることに気付かされた。


『………』


『……これは……』


キャンベルはかわら版の記者を殺害させたゴロツキが広域捜査官により逮捕されたという内容に息をのんだ。


『…あいつら……つかまったのか……』


 キャンベルは想定外の事態にたじろいだ。自分にとって気に食わない記事を書こうとする記者を誅殺した事実が露見したのである。


だがそれと同時にキャンベルは自身の置かれている状況をすぐに悟った。



『広域捜査官が動いているのか……弁護士を使って私にかかる火の粉を払わなければ……』



 キャンベルはすぐにそう判断したがマーケットの動きは想定外の展開を見せている。15分刻みで入ってくる株価の情報が芳しくないのである……


『株価が下がりすぎている……株価が下がれば資金繰りが厳しくなる……』


 適正価格を下回った株価というのは時価総額を毀損させる。すなわち財政状態が悪くなるのだ。帳簿上の数字が悪くなると両替商の資金繰りが拒否されることも十分にあり得る……月末で決済を控えているキャンベルには不快な状態であった。


『くそっ……ケセラセラの奴らめ!!』


ブチキレたキャンベルは奥の手を投入することを決めた。



『あの金を投入する……舐めるなよ、この俺を……弱小貴族が!!』



 キャンベルはブーツキャンプで盗掘されてゴルダに運び込まれた白金の一部を懐に入れていたが、それを元手にして先物取引で大きな利益を得ていた。



『あの金はまだ残っている、あれを打ち込めばケセラセラなど恐れるに足りん』



 キャンベルは脱税を察知されないように巧妙な手段を用いて先物取引での利益を隠匿していたが、この状況を勘案してその金の投入を決定した。


『龍の巣の被害でケセラセラにはもう資本がないはずだ……ここで押し切れば何の問題もない』


 キャンベルはグループ会社の株の下がるスピードを鑑みて、明日には反転攻勢に打って出られと判断した。


『それにジャネットが死ねば保険金も手に入るしな……最後は私の勝ちだ!』


キャンベルはそう思うと自信を見せて口角を上げた。


 だが、そのキャンベルの眼に思わぬものが飛び込んできた……窓を開けて外を見たキャンベルはその表情を歪めた



『……なんだ、アレは……』



それは物珍しい鳥の群れであった、そしてその鳥の飛来と同時に妙な肌寒さがキャンベルをおそった。



58

取引所で株価を記したボードを見ていたベアーとウィルソンは急激に気温が下がるのを感じた。妙に乾燥した空気があたりを覆い始めたのである。


長そでの麻シャツを着ていたベアーは思わぬ気温の変化に対応できずにくしゃみした。


「さぶいっすね……急に…」


一方、ウィルソンも同じ反応を見せた、両手で二の腕をさするような動作とると鼻水を垂らした。



「龍の巣が北の空気を運んできたのかな……」



 冬の到来にはまだ早いにもかかわらず、その気温は明らかに初冬のそれに近い……長袖一枚ではやり切れぬ寒さである……龍の巣がもたらしたのは台風の被害だけではないようだ…


取引所にいたほかのプレイヤーたちもみな寒そうな表情を見せると自然の変化にたじろぐ様子を見せた。



そんな時である、ベアーとウィルソンのところに大声を上げて一人の女性が走りこんできた。



59

それはジュリアであった、その表情はいつになく落ち着きがない……


ベアーとウィルソンはその表情を見ると何事かとあせった。


「どうしたんだ、ジュリア!」


 キャンベルの反撃かと心配したウィルソンが真剣な表情を見せるとジュリアが天を指した、そこにはカモメが飛んでいるではないか、


それを見たウィルソンは意味が分からず怪訝な表情を見せた。



「カモメがどうした、ここは港町だぞ。カモメなんていくらでもいるだろ!」



ウィルソンがそう言うとジュリアは息せき切らせて『よく見ろ!』と二人に伝えた。


ベアーはカモメを観察したがその模様を見てポツリと漏らした



「あの模様、普通のカモメじゃない……」



言われたウィルソンが空を見上げるとジュリアが興奮した面持ちで発言した。



「冬カモメよ、冬が来たのよ!!』



ジュリアがそう言うとベアーは一つの重要な事柄を思い出した。



「まさか……」



ベアーは5秒ほど考える大声を出した。



「ウィルソンさん、アレですよ、仕込だやつですよ!!」



言われたウィルソンは大口を開けた。そして痴呆の老人のような表情でつぶやいた。



「……羊毛…か…」



資金繰りを行うために先物市場に投入していたブツである



「冬が来たってことは……」



ウィルソンが声を震わせるととジュリアがうなずいた。



「……羊毛の値段も……」



 3人は顔を見合わせるとすぐさま株式市場のボードを離れ、先物市場にある商品相場のボードを確認しにいった。



そして……



「……あがってる……」



「……上がってる……」



「……めっさ、上がってる……」



 羊毛を現物として先物市場に投入した時、10gあたりの値段は20ギルダーであった……だが、現在その価格は40ギルダーに跳ね上がっている……


「急激に気温が下がったから、羊毛の需要をみこして投資家たちが動き始めたんだ……」


ベアーがそう言ったときである、冬の到来を告げる冬カモメが群れを率いて頭上を滑空した。



「本当に冬が来たんだ……とうことは……」



ウィルソンがそう言うとベアーが興奮した面持ちでうなずいた。



「まだ、上がりますよ、羊毛の値段!!!」



 ダリスに被害をもたらし、ロイドとマクレーンの資産を毀損した『龍の巣』は思わぬ事態を引き起こしていた。



60

脳内麻薬、エンドルフィン……これは極度の興奮状態で脳から分泌される物質である。別名、快楽物質とも呼ばれ賭博、性的興奮、ランナーズハイなど著しく何かに夢中になっている時に多幸感を引き起こすと認知されている。


そしてこのエンドルフィン……ウィルソン、ベアー、ジュリアの脳内ですさまじい勢いで生産されていた。



「また、騰がった……」


「ああ…まただ……」


「まだ騰がり続けているわよ……」



 先物取引で限界までレバレッジをかけているためちょっとした値上がりでも大きな利益を生み出す状態となっているのだが、実物の値段があれよあれよという間に上がっていくのである。うなぎ上りという言葉通りの上昇を見せる羊毛の値段はすでに元値の5倍近くになっている……


「はじめてだ、貿易商を30年近くやってるが……こんなことは……」


 ウィルソンは爆騰がりともいえる羊毛の値段の変化に興奮をこえて感情がなくなるという事態を迎えていた……


 ジュリアは値上がりしている毛皮の値段と先物取引でかけた100倍のレバレッジを計算すると声を震わせた。



「はひゅ……」



何を言っているかわからないではないか……


ベアーはジュリアの計算したメモをのぞいてみた。



「はひゅ……」



ベアーも同じ反応を見せた。



 そんなときである、3人の前にロイドとマクレーンがやってきた。そして状況を分析するべく羊毛の値段を記したジュリアのメモを確認した。



「はひゅ……」



マクレーンとロイドは同時に鼻から空気が抜けるようなおとを出した。


 その場にいた5人は急激に上がる羊毛の値段を見ると言葉を失い、大口を開けたまま微動だにできない状態に陥った。




龍の巣のもたらした影響により先物市場に投入していた羊毛が高騰するという事態を迎えました。


ベアーたちは思わぬ変化に大口をあけてポカンとしています。


はたしてこの後どうなるのでしょうか?


* 明日からまた寒いらしいのでインフルエンザには注意が必要です!!

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