第二十三話
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雷鳴、大風、そして断続的な大雨――昼ごろまでのうららかな天気は午後になると一変し、すさまじい嵐が到来した。
「これが龍の巣……」
その勢いは想像を超えていた、ベアーが経験した今までの台風とは全く異なる自然の驚異を見せつけた。
海は荒れ、川の堤防は決壊し、濁流が田畑を飲み込んだ。龍の巣は人々の築いた営みの成果を縦横無尽に引き裂いたのである。ダリス全土を覆う大型台風は尋常ではない破壊神としての力を見せつけたのである。
さらに、竜の巣はダリス全土に居座るという最悪の展開を見せた。長時間、ダリス全体を覆うという事象を引き起こしたのである。
これによりダリス全土で惨憺たる状況が展開した。
*
そして翌朝、月曜日の早朝……
龍の巣はやっとのことでダリスから抜けて東の海上へと抜けて行った。
だが、その爪痕はすさまじくダリスの各都市の機能はマヒしていた。とくに堤防が決壊した地域の被害は大きく死者こそ出なかったものの農産物の被害は甚だしいものがあった。
この状況を鑑みたダリスの国会はすぐさまに声明を出し、5日間の復興期間を設けることを決定した。そして、その間に被害の算定を行う旨を行政機関に通達した。
当然すべてのマーケットが停止し、株式相場も一時的に閉鎖へと追い込まれた……
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それからしばし……
行政により定められた復旧期間が終わると同時に物流が回復して人々の生活に日常が戻り始めた。
人々は自分の仕事をそれぞれに始め、被害を取り戻すべく動き始めた……
龍の巣の爪痕は大きく様々な産業に打撃を与えていたが、幸運にも基幹産業や重要なインフラなどは被害が小さかったため人々の生活は落ち着きを取り戻していた。
しかし、その一方で、その落ち着きは相場の始まりを告げることを意味していた。
間もなくすると行政機関は週明けの月曜から相場を開始する旨を正式に通達した……
*
翌週の月曜、早朝……
ベアーたちは倉庫に集まると最後の会議を始めた。すでに万策尽きたといった感があった。それというのも龍の巣の被害が大きくロイドもマクレーンも株式市場に現金を投入できなくなっていたのだ……
数多くの業者が龍の巣の被害で四苦八苦しているにもかかわらず、相場は今日の9時から開始される……容赦のない行政の決定はケセラセラにはかなり厳しい……
『……くそ……』
状況は芳しいとは言い難い……倉庫の屋根は吹き飛び、商品の一部は水浸しになっていた。保険をかけているとはいえ、それが下りるにはかなりの時間がかかる……それまでの資金繰りができるかどうかさえ定かではない。ロイドの手元に残った資本もスズメの涙であり、マーケットで自社株買いなど到底できない……
『……資金繰りが厳しい……』
被害状況を確認した皆は顔を青くした、悲壮感の漂うその表情には明るい未来が見えないことが滲んでいた。
『……どうすればいいんだ……』
ベアーがそう思ったときである、倉庫の入り口をドンドンとたたく音が聞こえた。
*
ドアを開けるとそこには顔色を赤くしたラッツがいた。
「間に合ったぞ、ベアー!!」
ラッツは息せき切らすと倉庫の中に入って一枚のかわら版を見せた。
「今日の8時にこれがでます!!」
ラッツはそう言うと大きな見出しがついたかわら版の紙面を見せた。
≪ポルカの港で殺害された記者の容疑者が広域捜査官により逮捕。その裏にはキャンベル卿の影が……はたしてキャンベル卿は殺人教唆で訴追されるのか≫
紙面を読んだベアーが声を上げた。
「これ本当か!!」
ベアーがそう言うとラッツが鼻を鳴らした。
「昨日の夕方、ピエールさんを殺した容疑者を広域捜査官が逮捕した。事情聴取をしている最中だけど、容疑者がキャンベルとのかかわりがあるのは間違いない。こっちは裏取も終わってる!」
ラッツはそう言うと自慢げな表情を見せた。
「復旧期間で捜査が進んだんだ。嵐のせいで堤防が決壊したんだけど…その結果、容疑者が根城にしていた場所が浸水して表に出てこなきゃいけなくなったんだ。盗んだブツを運び出そうとした所を捜査官が逮捕ってわけよ!」
「すごいじゃないか、ラッツ!!」
ベアーが湛えるとラッツが鼻を鳴らした。
「ダチが困ってるんだ、助けるのは当たり前だろ。それに先輩の敵も取りたいしな!」
ラッツがそう言ったときである。後ろでそのやり取りを聞いていたロイドが声を上げた、その声色には覇気がこもっている。
「そのかわら版、すべてを買おう!!」
ロイドの表情は勝負師のそれへと変わっているではないか……
「残った資本を投入して、購入したかわら版を号外として取引所で配ってくれ。それをプレイヤーたちに知らしめるんだ。マーケットは龍の巣の被害で混沌とするはずだ、そこに先駆けて、そのかわら版を知らしめる。」
ベアーはロイドの意図を悟った。
『かわら版でマーケットに津波を起こすぞ、大作戦!!!』
ベアーは少ない資本で状況を変転させようとするロイドの情報戦略に気付くと、その表情を引き締めた。
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その日の8時半……
取引所ではすでに多くのプレイヤーたちが情報収集をしていた。9時から開始される取引に向けて様々な動きを見せている。ある者は購入する銘柄の株価を確認し、ある者は購入した株を売り抜けるためのタイミングを吟味している。龍の巣の被害を考慮した戦略を練っているようだ。
ベアーはそれを見るとラッツとともにかわら版を配り始めた。
「号外です~」
その単語が飛ぶとプレイヤーたちの目が動いた。
「この号外は無料です、早い者勝ちですよ!」
ラッツがそう言うと近くにいた連中が我先にとラッツとベアーの持っていた号外をひったくった。
マーケットにおける株価を気にする連中は経済関連のニュースに目ざといのだが、彼らは見出しに書かれたキャンベル卿の疑惑を読むと皆その表情を曇らせた。
『キャンベル卿の関係者が逮捕……最悪、殺人教唆…』
『でも貴族は逮捕できないよな……不逮捕特権があるから』
『いや、広域捜査官が動いているから……わからんぞ……広域捜査官のトップは貴族だろ、それに逮捕した容疑者と司法取引もあるだろうから……』
『じゃあ、キャンベルは訴追の可能性もあるのか……』
『あるかもな……』
『ところでキャンベルが逮捕されたらどうなるんだ?』
『そりゃ、上場取り消しだろ!』
上場した業者のトップが殺人教唆となれば、その業者がマーケットから追放されるのは必然であった。取引所の規約では重犯罪を犯した経営者の会社はマーケットから追放されることが決まっている……特にそれが貴族であれば……
『ということは、キャンベルの息のかかった業者はどうなるんだ……』
『キャンベル海運はグループ会社だからな……ひょっとしたらグループ会社の上場も廃止されるんじゃ……』
利にさといプレイヤーたちはその勘を働かせるとキャンベルの置かれた状況を鑑みた。
『一つ間違えればキャンベル海運……危ないな……』
『となると、持ってるキャンベル海運の株は……始末したほうが……』
ベアーはかわら版を読んだプレイヤーの顔色が変化するのを見逃さなかった。
龍の巣はロイドとマクレーンに大きな被害を与えましたが、その一方でキャンベルに関わりのあるゴロツキの逮捕をもたらしました。
そしてラッツはそれに乗じて、その情報を瓦版にのせてマーケットにいるプレイヤーたちに知らしめました。
はたして、この後どうなるのでしょうか?




