第二十二話
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広域捜査官につなぎをつけたベアーとラッツは証拠をもってスターリングとカルロスと接見した。彼らはその眼を括目すると、ラッツの持つ資料に目を通した。
「こりぁ、すごい……」
広域捜査官はパトリックのいたブーツキャンプで盗掘された白金が鉄仮面の率いる盗賊団によりゴルダに運ばれて、そこにあるキャンベル卿の倉庫に隠匿されたと認識していた。そしてその白金はゴルダで生じた騒乱事件のどさくさに紛れて運び出されて北の蛮族の住処を通ってトネリアに持ち込まれたと想定していた。
すなわちゴルダにあるキャンベル卿の倉庫に白金は残されていないと踏んでいたのである。
「あったのか、白金の残りが……」
ラッツとベアーは二人の顔を見ると今までの顛末を報告した。
「なるほど、ピエールという君の先輩が命がけで…これを手に入れたのか」
カルロスが禿げ上がった額をさらに輝かせると、隣でいた美しい上司は冷たい瞳で二人を見た。
「殺された倉庫番の奥さんは筆跡鑑定を拒否している。さらにはキャンベルから保険金という形で金銭を援助してもらっている……こちらに協力するとは思えないわね」
スターリングが冷静な意見を述べるとベアーとラッツが困った表情を見せた。
「貴族のかかわる事案は広域捜査官では追い切れないのよ、あくまで枢密院の人間じゃないと……」
スターリングは沈んだ表情でさらに続けた。
「仮に枢密院にコンタクトできたとしても現物である白金が残っていなければ、白金の事案は追い込めないわ……もしキャンベルが白金をすでに現金化していたり、ゴルダから運び出した後なら証拠が存在しないことになる。そうなれば意味がないわ……」
ベアーもラッツも現物としての証拠――すなわち白金を手にしているわけではない。白金の在庫を管理していた資料を手に入れただけである。この文書だけでは証拠として不十分なのだ。倉庫番の男がこの世にいないため資料を裏付ける証言も期待できない……
スターリングが残念そうな表情を見せるとカルロスがそれに意見を投じた。
「ピエールを殺したゴロツキを追うのはどうですか、奴らはキャンベルから指令を受けているはずです。そこを突けばキャンベルを殺人教唆の罪で問えるんじゃ?」
カルロスがもっともなことを言うとスターリングは首を横に振った。
「ゴロツキの逮捕はできるかもしれない……でも殺人教唆でキャンベルを落とすのは無理よ。貴族は枢密院でしか裁けない。たとえ殺人教唆でもね……言ったでしょ、私たちの捜査権は貴族には及ばないのよ……」
スターリングは歯痒そうに言うとカルロスがさらに意見を投じた。
「そういう意味じゃないんです、仮にピエールを殺したゴロツキからキャンベルの情報を聞きたせれば枢密院だって黙ってられないんじゃないですか。彼らも動かざるを得ないんじゃ……」
言われたスターリングが美しい表情をゆがませると、それを見たベアーが声を上げた
「広域捜査官のトップは貴族ですよね……ゴロツキを逮捕してキャンベルの関与をうたわせれば、告発できるんじゃ……」
ベアーがそう言ったときである、隣にいた突然ラッツが手をたたいた。
「それだ、ゴロツキの逮捕だ!! それだよ、ベアー!!」
ラッツはなにか思いついたのだろう、その表情は明るい。
「ゴロツキが逮捕された事実があれば、俺たちは記事をかける。そうすればキャンベルの殺人教唆だってまゆつばだとはいわれない……キャンベルの関与を疑わせる記事を書くのは悪いことじゃない、むしろ記者としては当然だ!」
ラッツはかわら版の記者らしい見解を述べるとスターリングとカルロスは捜査官らしい表情を見せた。
「たしかに、それはそうね……ダリスでは疑う自由も言論に担保されている……逮捕者が出ればそちらも好きなように記事が書けるわね……もしその記事で世論が形成されれば枢密院も動くかも」
スターリングはそう言うとベアーが神妙な表情を見せた。
「その記事があれば、マーケットの動きも変わるかもしれない……そうすればキャンベルだって……」
ベアーの表情を見たスターリングはスクッと立ち上がった。
「ピエール殺害の犯人を追うわよ――時間がない――急いで!」
言われたカルロスはベアーとラッツを見てニヤリとするとスターリングに対して敬礼した。
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翌日の日曜――うららかな日差しがのぞく秋晴れが展開した。海上をいわし雲が流れる様は港町でしか目にできない光景であり、その下を漁船が走る姿は形容しがたい趣がある。文芸家がいれば詩を書きたくなうような状況である。
だが、ベアーたちにはその絵画のような状況を楽しむ余裕はなかった。
「明日がヤマになる」
ロイドはそう言うと現状を述べた。
「現在はマクレンーンさんの資金援助により自社株を35%買い戻すことに成功している。だがあと15%の株を買い戻さなければ、キャンベルにのまれる。」
相場での激しいやり取りだけでなく、仕手筋にあおられてマーケットが混乱したためロイドは自社株の購入を思うようにはできていなかった。ロイドの資本で買える金額をはるかに超えていたためである。
「50%の株を買い切れば、キャンベルはうちに手出しできなくなる。だが向こうが50%の株を手に入れれば、キャンベルの勝ちだ!」
ロイドがそう言うとベアーが昨日にやり取りをその場にいた皆に話した。
「キャンベルは大きなスキャンダルを抱えています。そして現在、広域捜査官がその闇を暴くべく奔走しています。」
ベアーが昨日のやり取りを述べるとロイドたちは大きくうなずいた。
「その事件が顕在化すれば、相場は荒れる……そうなれば我々にもチャンスがあるね」
そう言ったのはレオナルド14世ことマクレーンである。
「捜査が進展することを待とう、広域捜査官に協力して犯人逮捕が迅速に行われれば、われわれの現況も変わる」
他力本願という事態ではあるが、現状で船会社ケセラセラには大きな資本はない……打つ手がない以上、天命を待つほかないのだ。
だが、残された時間は少ない、ロイドたちの思いが貫徹できるかは疑わしい……
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そんなときであった、ロイドのところにケセラセラの乗組員がやってきた。その表情は緊張感に満ち満ちている。
「大将、大変です!! 大変なんです!!」
その声を聴いた皆は倉庫から出て外を眺めた。そこには抜けるような青空とそれを二分するような大きな暗雲が垂れ込めている……
「なんだ、あの雲……」
ベアーがそう言うとケセラセラ号の船長が声を上げた。
「龍の巣だ!!」
その声は尋常ではない、船長は顔色を変えるとすぐさま乗組員に指示を出した。
「船をドックに入れろ!!!」
船長が叱咤するとその場にいたクルーたちは血相を変えてケセラセラ号に走って行った。
ベアーはクルーたちの様子を見て確信した。
『台風が来るんだ……それも超大型の!!』
龍の巣の暗雲がさらに大きくなる……ベアーはその変化を見ると背筋が凍りつくのを感じた。
広域捜査官に捜査の打診をしたベアーとラッツですが、はたして彼らの捜査は間に合うのでしょうか……
そして『龍の巣』という超大型台風がが港町を覆い始めました……
さて、この後、どうなるのでしょうか?
(インフルエンザ、気をつけろ!!! 特に受験生!!!)




