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第二十話

45

間一髪の状況をサングースの大貴族レオナルド14世ことマクレーンによって救われた船会社ケセラセラはその日の夜、関係者すべてがロイド邸に集まった。


「まさか助かるとは……」


ロイドはそう言うと深々とマクレーンに頭を下げた。



「ありがとうございました」



 ここ最近のキャンベルの猛攻でノックダウン寸前まで追い詰められていたロイドの表情は徒労の色が濃かった。だが厳しい局面を乗り越えたことで声色は明るい。


それに対してマクレーンが答えた。


「命のやり取りをした修羅場で助けていただいたことに対するお返しです。大したことではありません。あのサングースの出来事は一生忘れえぬものです。この程度のことはお安いご用です。」


マクレーンは続けた。


「ですがよくない話もあります」


マクレーンはその表情を変えた。


「実はわが領地でもキャンベルが買収をたくらんでいるんです……ゴロツキを使って地上げを慣行している……地回りのチンピラが不動産屋を垂らしこんでいます。役人たちにも賄賂を渡して書類の改ざんをさせています。」


マクレーンの話にベアーは息をのんだ。


「ポルカと同じですね――キャンベルはいたるところに手を出している。ミズーリや学園都市の不動産も集中に収めたと聞き及んでいます、」


ロイドがそう言うとマクレーンが反応した。


「キャンベルを止めねば、いずれはうちに火の粉が飛ぶのも間違いない……ここで奴を抑えておかないと」


それに対してロイドが答えた。


「キャンベルは先物取引で得た潤沢な資金だけではなく、買収した会社の資産を撃ち込んでくる可能性がある……まだ余談はできませんぞ」


ロイドそう言ったときである、ベアーが思い出したように答えた。


「実は今日の午後、キャンベルをギャフンと言わせるようなネタをつかんだんです」


ベアーはそう言うとラッツとともに孤児院シェルターで見つけた資料に触れた。


「殺害されたかわら版の記者の残した資料が見つかったんです。ゴルダに秘密裏に運ばれた白金の資料です。それが筆跡鑑定されて表に出ればキャンベルもごまかしがきかないはずです!」


ベアーの話を聞いたマクレーンは興味を示した。


「盗掘された白金をキャンベルが在庫として隠していたとすると、その事実は重いな。少なくとも脱税の嫌疑がかかる。さらに記者殺害の教唆犯となればただでは済まない。枢密院でとりあげられればお家取り潰しもあり得るはずだ!」


ロイドもマクレーンの見解にうなずいた。


「筆記鑑定が認められれば、大きな前進になる。そうなればキャンベル自身の身が危なくなるでしょう」


だが、ロイドはそう言ったものの厳しい表情を崩さなかった。


「しかし、それが事実なら……キャンベルは躍起になって反撃してくるだろう。奴がどんな手を用いてくるか……たぶん手段は選ばんはずだ」


ロイドがそう言うとマクレーンが答えた。


「ある程度の資金はこちらにありますので、株の買い支えはできるとおもいます。ですがそれほど長く続けられるわけではありません……多くの現金があるわけではありませんから。仮にキャンベルが買収した業者の資産を用いて株式市場に現れれば……再び危うい状況が……」


マクレーンがそう言うと皆が沈黙した、そこにはキャンベルのしたたかな行動に対する恐れがある。


「何か策を講じねばな……上場取りやめの審議は株式委員会に取り計らっているが、それが認められるのは手続き上のことも含めて来週になる。それまで持ちこたえねば意味がない」


 ロイドは株式市場からの撤退手続をすでに終わらせていたが、それが認可されるにはまだ時間がかかりそうだ……



『来週が本当の山になる……』



ベアーは厳しい表情で確信した。



46

「小賢しい奴らめ」 


キャンベルは別邸の客間でワインをあおると秘書のジャネットを見た。その表情は感情が喪失している。


「空売りをかけたのは悪い戦略ではない。だがケセラセラに援軍が現れることを想定しなかったのはお前のミスだ。」


空売りで損害を出したキャンベルはジャネットをなじった。


「お前の先見性のなさは経営者として致命定期な欠陥だ」


キャンベルは小さくなったジャネットに詰め寄った。


「欲をかいて買収のタイミングを間違うとは無能の極みだな」


 ジャネットは少しでも安い値でケセラセラを買うために空売りをかけていたのだが、それがサングースの貴族レオナルド14世により阻まれたことでキャンベルに損害を与えるという最悪の事態を生み出していた。


「まさか、このままで終わらせるつもりではないだろうな?」


キャンベルに詰められたジャネットは体を震わせた。


「ケセラセラごとき弱小貿易商の買収に失敗したとなれば笑い話では済まんぞ」


言われたジャネットは唇を硬く結んだ。キャンベルはそれを見るといやしい笑みを見せた。


「まあいい、お前は今まで努力してきた。その点を考慮して今回のことは大目に見てやろう」


まさかの言葉にじゃネットはその身を震わせた。


「キャンベル様、ありがとうございます」


ジャネットがそう言うとキャンベルは懐から3枚ほどの便箋を取り出した。


「両替商の口座の名義人にお前の名を使う。取引に失敗して私の名前が傷つくのは許しがたいからな」


キャンベルは実務上の資金繰りをさせる姿勢を見せるとジャネットは書類にサインをした。


「明日と明後日は空売りで生じた損害を計算して資金繰りに奔走しろ。そして来週のために備えよ」


キャンベルはそう言うと一枚の便箋をジャネットに渡した。


「もう一枚あったことを忘れていた。」


キャンベルはそう言うとジャネットにサインさせようとした。


「この書類はなんでしょうか?」


ジャネットが質問するとキャンベルが怒鳴った。


「同じだ、両替商の口座名義人になるためのサインだ!」


 キャンベルに怒鳴られたジャネットはその文章の文言を読まずにサイン欄に急いで署名すると逃げるようにしてキャンベルのもとを離れた。


                                    *


ジャネットが出て行ったあと、キャンベルは最後にジャネットがサインした書類を見た。


『これでいい……』


ジャネットが最後にサインした書類のレターヘッドには『生命保険加入証書』と記されている。


『……あいつが事故で死ねば保険金が下りる……そうすれば空売りで生じた損害も小さくなる』


キャンベルはほくそ笑むと声を上げた、


「鉄仮面! お前の出番だぞ」


呼ばれた鉄仮面はすでにキャンベルの前にいた。


「……いつの間に……」


キャンベルが驚いた表情で言うと鉄仮面はその証書を確認した。


「事故に見せかけてジャネットを殺害しろということか……損害を補てんするためにその当事者を生命保険に加入させるとは……」


鉄仮面は満足そうな声色を出した・


「汚れた仕事を引き受けるのは構わんが、その報酬は安くはないぞ」


鉄仮面は冷ややかな声でそう言うとキャンベルに語りかけた。


「悪逆非道の道を歩むことを決めたようだな。お前には感心するよ」


鉄仮面はくぐもった声で笑った。だがその笑いは鬼畜道に堕ちた貴族を嘲笑するものであった。


                                    *


キャンベルの別邸を出た鉄仮面は外に控えていたリチャードに声をかけた。


「キャンベルの隠し資産は見つかったか?」


言われたリチャードは小さくうなずいた。


「2カ所に絞られました……」


鉄仮面はうなずくと馬に乗った。


「よくやった、リチャード」


鉄仮面はそう言うと懐から金貨の入った皮袋を投げた。


「潮目の変化が現れれば、キャンベルは倒れることになる……その変化が起こる前に次の策を講じておいて損はない。」


鉄仮面はキャンベルの状況を鑑みると次の一手を打つ様子を見せた。



「この先、どうなるかまだ分からん……だが、我々に『敗北』の二文字はない』



鉄仮面はそう言うと馬に鞭を入れた。



『キャンベルを裏切るのか……裏切らないのか……一体どっちなんだ……』



鉄仮面の思考を読み切れないリチャードは走り去るその後ろ姿を見て、何とも言えない表情を見せた。


だがリチャードには一つの確信もあった。



『あの人についていけば間違いない!!!』



悪人の直感はリチャードにそう訴えかけていた。


読者の皆様、寒いのでインフルエンザにはお気を付けください(マジで流行ってるぞ!)

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