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第十九話

42

ラッツとベアーが編集長にピエールの残した資料を見せると編集長は絶句し、周りの記者たちはスクープだと大いに叫んだ。


「よくやったぞ、ラッツ、これでピエールの敵がうてるな!」


 記者たちはラッツの肩をたたいて喜んだ、その表情は紅潮し鼻息が荒い。同僚の残した資料がキャンベルに大きな一撃を与える飛び道具だと確信していた。


「これは脱税案件としてもいけるはずだぞ!」


記者の一人が喜び勇むとラッツが落ち着いた声で発言した。


「それより、この証拠を午後のかわら版に載せてください、早くしないと、オレのダチの会社がキャンベルにやられます!」


ラッツがそう言うと編集長はその歯を食いしばった、その表情は苦悶に彩られている



「それは無理だ、ラッツ……これだけじゃ……」



「……えっ……」



ラッツとベアーはその表情を変えた。


「この資料がゴルダの倉庫番の残したものだと確認されなければ、怪文書と同じ類のものとして扱われる……つまり筆跡鑑定をして裏を取らなければ意味がない。最低でも2,3日はかかるだろう……」


「そんな――編集長、それじゃ、間に合いませんよ!!」


ラッツは吠えたが編集は頑として譲らなかった。


「相手はキャンベルだ。完璧な証拠として提示しなければ、何が起こるかわからん。場合によっては枢密院にこの資料を届なくてはならない。平民が貴族の事案に関して直接手を出せないのはお前もわかっているだろ……」


編集長は苦虫をつぶしたような表情を見せた。


「それにこの件ではピエールが殺されている……裏付けのない資料をかわら版に載せれば、逆にキャンベルにこっちがやられる可能性がある……そうすればうちが潰されて社員が路頭に迷うことになるんだ。」


 編集長が熟慮した見解を述べると盛り上がっていた記者たちが沈黙した。そこには編集長の見解が妥当であると認識する陰りがある。



「……それじゃあ、ベアーの会社が乗っ取られます……今日の午後が勝負なんです!」



 ラッツは食い下がったが編集長はうなだれたまま沈黙した。そこには『不可能だ……』という思いが透けて見える。


それを感じ取ったベアーは絶望的な表情を見せると言葉を無くした


 ギリギリの段階で逆転できると思った資料が、現段階では使えないといわれた事実はあまりに厳しいものである。ベアーは握り拳を固く握るとぶるぶると肩を震わせた。


「………」


ラッツはベアーを見ると同じく言葉を失った、かける言葉が見つからないのである。



形容しがたい不愉快な沈黙がその場を支配する……



『……間に合わない……だめなのか』



 ベアーがそう思ったときである、その場の重たい沈黙を破るようにして経済部の記者が編集長のところに駆け込んできた。



43

「編集長、じつは相場でちょっと変な動きがありましてね……」


ベテランの経済記者はそう言うと午前中の株価を記したメモを見せた。


「値動きの激しい業者の株価を追っていたんですが、妙な業者がひとつありまして……」


経済部の記者はそう言うと不可思議な表情をみせた。


「この船会社ケセラセラなんですけど、今朝から株価が一方的に上がってるんですよ。仕手筋は材木商にターゲットを切り替えているから……仕手筋があおっている可能性はありません。それにキャンベルが空売りをかけているから……上がるはずがないんです」


経済部の記者がそう言うとベアーは編集長に提示されたメモを横から覗いた。


「あがってる……うちの株価が……上がってる……」


 キャンベルは空売りをして底値になったところでケセラセラの株を買い戻す算段のはずである。すなわち株価が上がることはキャンベルにとっては芳しいことではない。


ベアーはよくわからぬ状態に言葉を失ったが、それを見たラッツがベアーに声をかけた。


「取引所に行って、確認しよう。そうすればわかるはずだ!!」


言われたベアーはラッツを待たずして走り出した。


                                   *


ベアーとラッツが取引所につくとボードの前ではルナとウィルソンが立ち尽くしていた。


「ウィルソンさん!!」


ベアーが声をかけるとウィルソンは口を開けたまま振り向いた。


「……朝から急に、うちの株価があがってるんだ……」


まったく予想外の事態が展開したためウィルソンの表情は痴呆の老人のように思える。


「超びっくりだよね!」


ルナも素っ頓狂な声を上げた。


ベアーもその声につられて株価を記したボードを確認したが、値段はさらにあがっているではないか……


「一体どうなっているんだ…」


ベアーがおののくとルナが妥当な意見を述べた。


「……誰かがケセラセラの株を買っているんだよ……それしかありえない……」


「でも、これだけの買い注文は仕手筋じゃありえない……」


ウィルソンがそう言うとベアーも状況が分からず沈黙した



44

そんなときである――ボードの前にいた人だかりが開けると、その合間から豪奢な衣服を身にまとった人物が現れた。その召し物からして高級貴族であることは間違いない。烏帽子を目深にかぶっているため表情はよく見えないがその歩き方は平民とは異なる趣があった。


その人物はベアーたちの前で止まると声をかけた。


「久しぶりだね」


親しみのある声をかけられたベアーはその眼を点にした。



「恰好がこれだとわからないかもね……」



口ひげを蓄えた貴族はそう言うとおもむろに烏帽子を脱いで身構えた。



そして……



「株価とかけまして……テストの成績と説きます」



貴族は大きく息を吸い込んだ、



「その心は……どちらも上がるとうれしいです」



ベアーはそのセンスのない言葉遣いと面白くないネタを耳にすると確信を持った。



「……ま、マ、マクレーンさん……」



 口ひげを蓄え高貴な召し物を身に着けた男は間違いなくサングースでの惨劇を生き抜いたレオナルド家の嫡男、マクレーンであった。ベアーたちが助けた貴族の名士である。



マクレーンは二人を見ると嬉しそうな表情を見せた。



「先週、枢密院で遺産に関しての決議があってね――いろいろあったんだけど……ロイドさんの送ってくれた嘆願書が決め手になって……それで晴れてレオナルド家の嫡男として正式に認められたんだ。」


マクレーンの表情は相変わらずナイーブだがどことなく貴族としての気品が滲んでいる


「その後、たまたま読んだかわら版に船会社ケセラセラのことが載っていて……厳しい状態に陥っているって」


その発言を耳にしたベアーはピンときた、



「まさか、うちの株を買ってくれたのは……」



ベアーがそう言うとマクレーンは朗らかな表情で頷いた。



「うん、僕だ、間に合ってよかった」



マクレーンは力強くうなずくと周りを見た。



「マクレーンことレオナルド14世は全力をもって船会社ケセラセラをバックアップする。わがサングースの領地にある観光資源を担保として資金援助を敢行する!!」



 マクレーンが高らかに宣言するとその場にいたプレイヤーたちが『オオッー』とどよめいた。サングースの観光資源、特に温泉は資産価値の高いもので、それを拠出するといったマクレーンの一言が大きな影響をプレイヤーたちに与えたのである。



そしてその言動すぐさまに株価に影響を与えた。



『船会社ケセラセラ、買だ!!』


『俺も買う100株だ!!』


『こっちも買だ!!』



 相場というのは人の『気』で変わるといわれるがマクレーンの発言によりあおられたプレイヤーたちは次々と船会社ケセラセラの株を購入しようと手を上げた。


その勢いは実にすさまじい。


ベアーはその様子を見て思った。


「キャンベルはうちの株を空売りしていたはずだ……ということはうちの株の値段が上がれば……キャンベルは損をする。」


ベアーがそう言うとウィルソンがそれに答えた。


「空売りは下がれば下がるほど儲かる、すなわち株価が上がれば上がるほど損害を被るんだ!」


 そう言ったウィルソンは膝を崩した、そして感きわまると両手で顔を覆っておいおいと声を上げて泣き出した。



「うちは乗っ取られないぞ!!」



時計の針は14時45分、相場が引ける前の15分前に生じたのは想定外の奇跡であった




 かつてベアーが助けたサングースのマクレーンがはせ参じたことで、相場の動きは大きく変転しました。さらには空売りをかけているキャンベルに損失も与えることに成功しました。


はたして、この後、反転攻勢が始まるのでしょうか?


* 皆さん、インフルエンザにはお気を付けください!!!(特に受験生)


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