第十四話
本日は、ちょっと長めです
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翌日、そして、その翌々日の相場も芳しくない状況が展開した。
『売り』の注文が午前、午後と立て続けに入ると船会社ケセラセラの株は一段と下がった。
ハイエナのような仕手筋(株の値段を意図的に上げ下げしてその差を抜こうとする連中)の動きもあり、終値は初日よりも10%さがっていた。
状況は好転する兆しさえ見えない、ベアーとウィルソンはボードに書かれた株価の推移を見ると息をなくした。
「実弾を撃ち込まない限り株価は支えられない。だがうちにはその金はない………」
ウィルソンは悔しそうだが冷静に状況を分析した。
「足元を見られた業者は嬲られるんだ。仕手筋の奴らのえさになる。キャンベルはそれも加味して取引を行っている……」
それに対してベアーがポツリと漏らした。
「……キャンベルは遊んでるってわけですか……」
ウィルソンは力なくうなずいた。
「キャンベルには騎士の情けもない……ただ嬲って俺たちの苦しむ姿を見ているんだ」
ウィルソンは力いっぱいこぶしを握った
「ふざけやがって、あのくそ野郎!!」
ベアーはウィルソンの苦悩する姿を見て沈黙した、かける言葉がないことを認識していたためである。
『くそっ……やられてばっかりじゃやないか……』
*
3日目の相場が引けた後、ベアーは何か情報がないかと思いラッツのところを訪ねることにした。明日の状況がどうなるか記者の見解を知りたいと考えたためである。
ベアーは早めの夕食を兼ねてラッツをさそうとロゼッタに向かった
*
窓際の席に着くとラッツが口を開いた、
「お前の会社の状況は芳しくない。経済部の連中に話を聞いたんだが、キャンベルは確実に息の根を止めにかかっているらしい。」
ラッツはルナの運んできた魚介のパスタを頬張ると続けた。
「表向きは船会社ケセラセラの持つ倉庫の使用権とケセラセラ号の奪取が目的なんだろうけど、本当のところは違う。今のキャンベルはお前の会社を合法的に乗っ取るさまをほかの業者に見せて、キャンベル海運の力を誇示しようしているんだ。」
ラッツは苦虫をつぶしたような表情を見せた。
「キャンベルは水面下でほかの業者に対しても脅しを入れている。言うことを聞かなければ、船会社ケセラセラのようになるってね。上場していない業者の奴らにもお前の会社みたいにするぞってな」
ラッツはパスタの中にエビをフォークでぶすりと刺した。
「……こんなふうに……」
ラッツは鼻息を荒くした。
「金の力でひれ伏させる……それだけなら納得がいく。だけどやくざを使ったり、役人を買収したり……あのくそ野郎、どこまで汚いんだ!!」
ラッツは尊敬していた先輩が殺されたことを思い出したのだろう、額に青筋を立てて、悪鬼のような表情を見せた。
「キャンベルが貴族だからって治安維持官は見て見ぬふりだ……倉庫番の男が行方不明になってるっていうのにだれも動かねぇ!!」
ラッツはゴルダで手に入れた管理人の遺言を捜査当局にそれとなく流していたが、彼らは動こうする気配を見せなかった。
ベアーはラッツの言葉を聞いてうつむいた。
「貴族の事案は枢密院っていうところにもっていかないと精査されないんだ。でもそこは平民じゃ告発できない。地元の治安維持官程度じゃ無碍にされるだけだ……きっちりとした証拠を提示して広域捜査官の幹部を動かすしかない」
ベアーは状況がよくなるような内容がないため言葉を濁した
「ロイドさんも枢密院に働きかけようとしているけど、キャンベルを落とすような十分な証拠がないから無理だって……倉庫の管理人の遺言だけじゃ……確実なものがないと」
「くそっ!!!」
ラッツは息巻いた。
「じゃあ、どうしろっていいうんだ!!」
ラッツが怒りに身を焦がした、義憤に駆られたのであろう。立ち上がるとテーブルをこぶしでたたいた。
そんなときである、バシャっという音とともにラッツの顔面に冷水が浴びせられた。
「うるさいんですけど!!」
そう言ったのはルナである、見た目10歳の容姿でありながら、なかなか迫力がある
「ここで熱くなっても何も解決しないでしょ!」
ルナはそう言うと58歳の魔女の表情を見せた。
「あんた、記者の卵なんだったら、徹底的に調べなさいよ!」
ルナは淡々と続けた。
「殺された先輩は敏腕記者なんでしょ、それならかならず証拠をのこしているはずよ、それを見つけるのよ!!」
ルナの言動に対してラッツが吠えた。
「探したよ、職場も、家も、編集長の家にも行った。だけどどこにもそんなものはなかった……ゴルダの倉庫の記録はもうないんだよ!!」
それに対してルナは相変わらずのしたたかな魔女の表情で続けた。
「出来のいい記者なら重要な情報は必ず残しておくはずよ。たとえ自分が死んだとしてもね……行方不明になったゴルダの倉庫番だって家族あてに遺書を残していたんだから」
ルナの物言いは冷たく突き放すような感がある。
「人がものを隠すときにどこにかくすのか……記者ならそのあたりのこと鼻を利かせなさいよ!」
辛辣な物言いではあるが本質を突いたルナの言動はラッツを黙らせた。
しばし沈黙していたラッツは突然立ち上がると唇をワナワナとふるわせて二人を見た。
「出かけてくる!!」
ラッツは不愉快にそう言うと手荷物をもってロゼッタから出て行った。
*
「いいやつなんだけど、感情的になるとことがあるんだよ。でも機転も聞くし感もいい。」
ベアーは出て行ったラッツをそう評するとルナがそれに答えた。
「わかってるわ、あんたの友達にハズレはいないわ……それよりもケセラセラのことを話してよ」
言われたベアーはうなずくと船会社 ケセラセラの現状を述べた。
「キャンベルに追い込まれて、打つ手がない。金がないと株の買い支えができないんだ。キャンベルに空売りをされてうちの株価はどんどん下がってる、安値になったところで買い戻されてうちは乗っ取られる……」
ベアーが正直にそう言うとルナは不愉快な表情を見せた。
「……そんなに追い込まれてるんだ……」
ベアーはため息をついた。
「両替商にもキャンベルの息がかかってて……事業の資金繰りさえできない。今はロイドさんが私財を投じて取引の決済をなんとかキープしている。だけどそれも長くは続かない……うちと関係のある業者も取引の規模を少なくしている…」
ベアーが絶望的な表情を見せると女将が二人に声をかけた。
「あんたたちがここで悩んでても、どうにもならないよ。このままだとキャンベルにやられちまうんだろ……」
ロゼッタの女将は気の毒そうにそう言ったが、突然、不遜な表情を浮かべた。
「そういう時は思い切って勝負するしかないよ!」
ベアーがそれに対して怪訝な表情を浮かべた。
「座して死を待つなら、相手を差し違える覚悟でいかないと!」
ベアーは勝負という言葉に何とも言えない響きを感じた。
「勝負か……でも勝負たって……」
相場に投入するような現金は船会社ケセラセラにはすでにない。さらにはロイドの身銭も底を尽きかけている……
ベアーが困った顔をすると、ルナが思いついたことを発言した。
「在庫で残ってる物をブッコむしかないんじゃない…」
ベアーの脳裏ににわかに在庫の記録が浮かんだ。
「そういえば……アレだ、アレがまだのこってる……でもアレは高値じゃ売れない……」
ベアーはそう一人ごちると沈思した。その表情はいつになく理知的であり、深い洞察力がうごめいている……
その表情を見たルナは一瞬だがドキッとした。
『やばい、ちょっとだけど……かっこいい……』
そんな風にルナが思ったときである、ベアーがつぶやいた。
「先物取引、あれならワンチャン、あるかもしれない……」
先物取引とは将来の売買についてあらかじめ値段を決めておく取引のことである。商品は金や銀といった貴金属、オレンジや米といった食品、綿花、麻といった被服の原料など、相場で値のつくものであればすべて先物取引の対象となる。ダリスでは株取引よりもはるかに歴史の長い貿易商にとってはポピュラーなものである。
元々は極端な値上がりや値下がりをヘッジするための防衛的な側面が強い取引であるが、裏を返せば、博打的な側面もある。すなわち『伸るか反るか』、『一か八か』の大ばくちが打てる取引なのだ。
「でもさあ、お金になりそうな在庫じゃないんでしょ……どうやって博打をうつわけよ?」
ルナが当然至極なことをいうとベアーはそれに対して答えた。
「一つだけ方法がある、まだいけるかもしれない!」
ベアーはそう言うと立ち上がった。
「明日の朝一でウィルソンさんに相談してみる!」
ベアーはそう言うと勘定を払って席を立った。
その後ろ姿を見たルナとロゼッタの女将はベアーの背中に熱い焔が揺らめいていることに気づいた。
追い詰められたケセラセラですが、ベアーはルナの発言から『ある在庫』を用いて勝負をすることを考え付いたようです。
はたして『ある在庫』とはなんでしょうか?(今までに出てきたものです)




