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第十三話

27

初日、船会社 ケセラセラの株価の終値は45ギルダーであった。当初が63ギルダーであったため18ギルダー下がったことになる……


ウィルソンとベアーは張り出された取引記録をその眼にすると何とも言えない表情を見せた。


「わずか一日でこうだ……明日、明後日でどうなるんだ」


ベアーがそう漏らすとウィルソンはさらに険しい表情を浮かべた。


「キャンベルの資本力から考えると、もっと空売りをかけることも可能なはずだ。半日で株価を下げて、午後の相場で買い戻せば、一日でうちを乗っ取ることもできたはずだ……」


ウィルソンが貿易商らしい数字にさとい見解を述べるとそれに対してベアーが反応した。


「なぜ、キャンベルはそうしないんですか……」


ウィルソンは沈思した後、小さな声で述べた。


「わざと嬲っているんだろ……嫌がらせだ」


そう言ったウィルソンの表情は昏い。


「坊ちゃんがキャンベルと何があったのかわからんが、キャンベルは俺たちをいたぶる選択肢を選んでいる……明日つぶされるのか……明後日潰されるのか……わからない」


ウィルソンは大きく肩を落とした。


「どうしたらいいんだ……」


ウィルソンはそう言うと涙をほろりとこぼした。


「いままで悪い商売はしてこなかった……なんで、ここまで……」


 40代後半の男が流す涙は子供のそれとは全く違う……ベアーはどんな言葉をかければよいかわからなかった。



28

初日が終わるとキャンベルの秘書はその内容を報告するべく早馬を走らせていた。


そして2時間ほどでキャンベルのいるホテルに着くとすぐさま状況を述べた。


「キャンベル様の思った通りの展開です」


 船会社 ケセラセラ の株価がさがったことを秘書である40がらみの女が報告するととキャンベルは何の感慨も見せない表情を見せた。



「もう少し遊べ……」



キャンベルはそう言うと葡萄酒をあおった。


「半値になるまでは買い戻すな……あとは相場の状況を見て決断する」


キャンベルはテーブルの上にあるピスタチオを口に放り込んだ。


「少しずつ真綿で首を絞めるようにしてケセラセラに圧力をかけろ」


キャンベルはそう言うと秘書の女を手招きした、そして近寄った秘書の耳元でささやいた。



「お前は数字に明るい、ケセラセラを落とした後はそこの経営者として君臨させてもいい」



やせた女はキャンベルを真顔で見た。



「嫌か?」



 女は首を横にブンブン振った。そのさまはこのチャンスを逃がしてはならないという思いが込み上げている。


「そんな、滅相もございません!」


女は謙虚な物言いでありながらその眼をギラつかせるとキャンベルはフフッと笑った。


「明日からも相場の状態を鑑みながら、ケセラセラに圧力をかけ続けろ。一発でとどめを刺すようなことはするなよ!」


キャンベルが念押しすると秘書の女は大きくうなずいた。


キャンベルはその様子を見ると女の胸元にその手を差し入れた。



「これでお前の未来の社長だ」



キャンベルはそう言うとやせた女の身に着けいていた衣服を器用に脱がせた。


                                   *


ことが終わり、女が部屋から出ていくと、入れ違いざまに来客があった。


「おまえか……」


キャンベルの前に現れたのは鉄仮面であった。


「神出鬼没とはいったものの、お前の現れ方はまさにそれだ」


キャンベルが不愉快に言うと鉄仮面は涼しい声で答えた。



「お楽しみのだったようだな」



それに対してキャンベルは鼻で笑った。


「相場の世界は何が起きるかわからん、しっかりと秘書の手綱を握っておかんと、なにをされるかわからん。エージェントに餌をばらまいておかんとな」


キャンベルはそう言うと鉄仮面を見た。


「お前のほうはどうなっている。寺院に対する働きかけは?」


鉄仮面はそれに対して淡々と答えた。


「生臭坊主どもに小遣いを与えているところだ。あやつらから枢密院に親書を出させてお前の爵位を取り戻す行動をとらせている。」


鉄仮面はそう言うとキャンベルににじり寄った。


「だが、今のままではらちが明かん」


鉄仮面はそう言うとお布施という形をとった買収行為を記したリストを見せた。


「金額が足りん、来週までに20万ギルダーが必要だ」


それに対してキャンベルは不愉快な表情を見せた


「金の無心か…」


それに対して鉄仮面は冷ややかな言葉を浴びせた。


「嫌なら、やめるまでだ……今まで投下した工作資金が藻屑と消えるだけだ」


そう言うと鉄仮面はキャンベルの言葉を待たずしてその場を辞した。


残されたキャンベルは歯噛みすると再びワインをあおった。


『あの、金食い虫が!!』


                                   *


ホテルから鉄仮面が出るとかつて盗賊団の頭であったリチャードがすぐさま駆け寄ってきた。


「お頭、首尾はいかがでしたか?」


リチャードがそう言うと鉄仮面は淡々とした物言いで答えた


「奴は金を必ず用意する。だがその金は重要ではない」


言われた内容が定かでないためリチャードは怪訝な表情を浮かべた。


「奴は船会社 ケセラセラを嬲ることに御執心で脇が甘くなっている。」


鉄仮面はそう言うと黒いオーラをその背中からにじませた。



「リチャード、キャンベルがどこから金を出すかしっかり監視しろ」



言われたリチャードはヘイと答えた。


「奴は儲けた金を我々の知らぬところに隠しているはずだ、先物で儲けた金は小さくない。奴のことだ、儲けた金を税金として納める気はないだろう、奴はまちがいなく脱税するために隠匿している。」


鉄仮面がそう言うとリチャードが素朴な疑問を呈した。


「寺院の連中を懐柔するお布施はどうするんですか?」


それに対して鉄仮面は無機質な声で反応した。



「何の話だ?」



言われたリチャードは唖然とした。鉄仮面の物言いが想定外であったためである。



『まさか、寺院の奴らを懐柔する金をガメルつもりじゃ……』



リチャードがそうおもって沈黙すると鉄仮面はいつものくぐもった声で反応した。


「欲に導かれて復讐劇を遂げようとする人間など、ヒビの入った器と変わりない。そんな者の考えに従う気は毛頭ない……撤退も視野に入れておかんとな」


鉄仮面の発言にリチャードは生つばを飲み込んだ。



『飛ぶ鳥を落とす勢いのあるキャンベルの意向を無視するのか……この人は……』



鉄仮面は再びリチャードに向き直った。


「我々の知らぬ金を奴はもっているはずだ、奴に悟られぬようにそれを見つけろ!」


リチャードはさっそうと馬に乗る鉄仮面の姿を見て言葉をなくした。



『この人は一体……なんなんだ』



リチャードは去りゆく鉄仮面の後ろ姿にただの犯罪者とは異なる妙なさわやかさを感じていた。




船会社ケセラセラの状況はお世辞にもよくありません……現状は打つ手なしといった感じです。


一方キャンベルのほうには動きがありました……鉄仮面が新たに動き始めたのです。鉄仮面はこの後一体、どうするのでしょうか、本当にキャンベルを裏切るのでしょうか……それとも

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