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第十二話

前回、話数を間違えておりました(十一話とするところを十二話としていた)


誠に申し訳ありません。(直しておきました)


25

翌週、月曜日、午前10時


 株取引を行うマーケットにハンドベルの音が響き渡ると怒涛のように注文が舞い込んだ。一獲千金を狙う者、純粋に値上がりしそうな株に投資する者、さらには資産運用の一形態として投資する者が注文の声を上げた。


 取引所のエージェントはその注文を素早く聞き取ると両手の指を使ってジェスチャーを示して価格と数量を提示した。


 客はそれを見ると同じく手で≪買い≫と≪売り≫の指示を出した。売買の需給が満たされた銘柄はすぐに決済へと導かれ、マーケットの事務方へと情報が流れていく。


 株の値動きは張り出された上場業者の名前の横に記され、20分ごとに書き換えられる。常に最新の株価が反映するようなされていた。


 ボードに記された値動きを見た客たちはその数字を見て一喜一憂すると次の注文をするべきか否か気に病んだ。


「ここが取引所か……」


 ダリスには3か所の取引所が新設されたのだが、ベアーとウィルソンはポルカ近郊にある取引所に足を運んで状況を見守っていた。


「………うちの株……どうなるんだろ」


 マーケットというのは様々なプレイヤーの遺志により成り立つ。売買の『差』を抜こうとする個人、資金をマーケットから調達しようとする業者、安定株を長期で保持しようとする者、そして空売りして目的の株の値を下げようとする者……儲けようとする各プレイヤーの姿勢は様々である。


 だが彼らに共通しているのは利益を出すということであり、プレイヤーたちはその目的を達成するために狡猾といえる知恵を巡らせていた。


「値動きはありませんね……」


船会社 ケセラセラの値段は発行された株の数と企業価値によりその値段が取引所からつけられていた。



ボードには



≪73番 船会社 ケセラセラ 63ギルダー 10000株 買 0 売 0≫



と記されている。


「頭についた数字がうちの会社が取引所から割り振られた番号だ。プレイヤーは業者の名前じゃなくて73番という数字で注文を出すんだ。」


ウィルソンは続けた、


「あの63ギルダーってのがうちの一株当たりの値段だ、そして10000株ってのがうちの発行している株数だ。あの半分、すなわち5000株を買われると経営権が奪われる」


ウィルソンは真剣な表情を見せた。


「過分を半分取られたら終わりだ……そこが勝負の分かれ目になる……」


ベアーは新しくボードに記された株価を見て発言した


「売り、買い、ともに注文が入ってないですね……」


ボードの記された≪買 0 売 0≫という部分に変化はない


「まだ、キャンベルは動いてこないようだな……」


 ウィルソンはそう言ったがその様子には恐れのようなものがある。大金をはたかれれば弱小貿易商など一瞬で消し飛ぶことを示唆している。


ベアーはウィルソンの表情をみると気を引き締めた。


                                  *


 船会社、ケセラセラの株価の変動は午前中ほとんどなかった。投資するプレイヤーにとってさほどの面白みがないと感じられたのだろう。『買』の注文はボードに記されなかった。


「うちは堅い商売をしている貿易商だ。プレイヤーにとっては株価が乱高下するような業者じゃないからさほど関心がないんだろ」


取引所の近くにある茶屋で軽食を取っていたウィルソンはそう言うとサンドイッチをほおばった。


「このまま、何もなく終わってくれればいいんだが……」


 キャンベルの動きはまだ見えない……だが、キャンベルは意図的に役所の人間を懐柔して船会社 ケセラセラを上場させるという手段を講じていた。すなわちキャンベルは確実に手を打ってくるはずである……


「午後の相場がどうなるか注視するしかない……」


ウィルソンの食欲は旺盛とは言い難い、頼んだサンドイッチの3分の1も食していない。


「午前中で一気に買い占めに来るかと思ったんですけど……そうでもなかったですね」


「ああ」


ウィルソンはそう言うと時計を見た。


「午後が始まる、15時までが勝負だ。」


ウィルソンは勘定を払うととぼとぼとした足取りで取引所へと戻った。



26

午後の値動きも低調であった、多少の注文はあったものの船会社 ケセラセラの株価の推移は相変わらずであった。


「うちは有名な業者じゃないから、一般のプレイヤーにとってはさほどの興味がないんだろ、資産価値も有名どころとは比較にならないからな」


ウィルソンはボードに書かれた銘柄でも有名な業者を指した。


「安定資産となるようなところは株価の推移がある。上がったり下がったり、その業者の状況をみながらプレイヤーが売買の注文を出している。」


ウィルソンは続けた、


「かわら版の中でも経済情報を扱うところがあってな、その情報を見ながらプレイヤーは判断しているんだよ」


ウィルソンがそう言ったときである、ボードを見ていたひとりの男が色めきたった表情で叫んだ。



「きた!!!!、きたっ!!!!」



 自分の買った銘柄の株価が上がったのだろう、その表情は嬉々としている。男の興奮状態はアドレナリンが噴出したのではないか思えるほどであった。


「相場でうまくいった連中にはよくあることだ。だが今日が良くても明日がいいとは限らない。」


ウィルソンは先物取引の見地があるため相場のイロハを知っていた。


「勝ったときにやめればいいが……それができる人間はそうはいない。勝ったときの精神状態は客観性を失っていることが多々ある。そういう時は次の取引で失敗しやすいんだ。」


ウィルソンがそう言うとベアーがさもありなんという表情を見せた。


「調子に乗った連中の末路は明るくないのが常ですからね。僧侶の説法ではその手の話は枚挙にいとまがありません」


ベアーがそう言ったときである、ウィルソンの目が急に険しくなった。



「きたな、キャンベルの奴だ、たぶん……」



船会社ケセラセラの横に記された『売り』の部分に1000という数字が記された。



「やはり、売りから入るか……」



ウィルソンはこぶしを強く握った。



「なめやがって……畜生!!!」



 ウィルソンの言動の意味が分からずベアーが怪訝な表情を見せるとウィルソンがボードをにらみながら解説した。


「売りから入るっていうのは、ターゲットの株価を下げるってことだ、つまりうちの株価を落とすっていうことなんだよ!」


それに対してベアーがさらに怪訝な表情を浮かべた。


「そんな、おかしいですよ。うちの株はほとんど売れてません。株を持ってないのにどうやって売るんですか?」


ベアーが当然至極なことを聞くとウィルソンがその眼をぎらつかせた。


「空売りっていうんだよ、こういうのは……」


ウィルソンは空売りの仕組みを話し始めた。


「通常の取引はターゲットの株を買って、値上がりを待ってからその株を売る。つまり100ギルダーで買った株を120ギルダーで売って20ギルダーの差額を儲けるってことだ」


ベアーはうんうんと頷いた。


「だが空売りはその逆になる。売りの注文を出してターゲットの株が下がったところで買い戻す。つまり100ギルダーで売ろうとした株を80ギルダーで買い戻すっていう手法だ。」


ベアーがそれに対して素朴な疑問を呈した。


「持ってない株を売ることができるんですか?」


ウィルソンが小さくうなずいた。


「空売りの株は取引所から借りる形をとる。そして値下がりしたところで株を買い戻して取引所に返すんだ。これを信用取引という!」


ベアーは現物が動く株の売買ではなく、架空取引により空売りができるという事実に言葉を亡くした。


「そんな、そんなのひどいですよ……そんなことされたらうちの株は……」


ウィルソンはそれに対して厳しい表情を浮かべた。


「これが相場なんだよ、これが……」


ウィルソンはうつむいた。


「うちが上場する時点でこの事態は想定されていた……はなから負け試合なんだよ……」


ウィルソンはさらに続けた。


「キャンベルは役人たちに小遣いを与えて書類を改ざんさせ、無理やりうちを上場させた。それは合法的な乗っ取りを行うためだったんだよ……」


ウィルソンはそういうと取引所の職員を呼び止めた。


「船会社ケセラセラの株に注文を出したのはどの業者だ?」


剣幕の激しい言い方に取引所の職員はぎょっとした様子を見せたが、すぐに相手側を特定した。


「キャンベル海運ですね……」


 その単語を聞いたウィルソンとベアーは唇をかみしめた。想定内のことではあったが、資本力のあるキャンベル海運が出てきた事実は彼らに暗い影を落とした。




キャンベル海運は『空売り』をしかけてきました。資本力のないケセラセラには現状では太刀打ちできない状況です……


はたして、この後、株取引はどうなるのでしょうか、ベアーたちは反撃できるのでしょうか?

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