第十一話
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さて、その頃、キャンベルは……
「学園都市は完ぺきにおとした、これでダリスの不動産収入の10分の1は押さえた。」
学園都市というのは学生が多いだけでなく、それに合わせて商売人が集まるため賃貸住宅や貸店舗が多い。キャンベルがおさえた不動産物件は上級学校が連なる場所にあったため借り手の需要が多く、不動産ビジネスとして大きな収益を生み出す金の卵になっていた。
「この家賃収入を資本として株取引を進める、そして合法的に主要産業をおさえる。」
キャンベルの次のターゲットは自分に対して不都合な上申書を枢密院に提出した大貴族、レナード卿であった。
『あの男の持つ金融関連の許認可権を手に入れれば、マーケットのルールはすべて私のおもいのままになる。そうすれば、マーケットに上場する業者の選択を私がすべてきめられる。』
キャンベルは力のある業者の中でも非上場を貫く業者を無理やり上場させてその株を買い占めようと考えていた、すなわち合法的な乗っ取りである。
『老舗の業者はすでに株取引の怖さを知ってしまった。それゆえ上場というリスクを負わない選択肢をとりはじめている。だがそれでは面白みがない……』
キャンベルは非上場という概念を金融市場の中で貫く業者の存在を快く思っていなかった。
『レナードの持つ許認可権を奪えば、それもできなくなる』
キャンベルがそう思うとタイミングよく鉄仮面が現れた。
「レナードの持つ金融関連の許認可権を手に入れるためには寺社を動かすのが一番だ。宗教者の中には金の好きなものが多くいる。お布施という形で奴らに働きかけ、レナードの持つ許認可権をはがしとればいい」
鉄仮面がそう言うとキャンベルは金貨の詰まった皮袋を放り投げた。
「これを使って、寺社を懐柔してくれ。私は株取引に集中したい!」
キャンベルがそう言うと鉄仮面が皮袋を拾い上げた。
「いいだろう、来週が楽しみだな!」
*
キャンベルは鉄仮面が出ていくと証券取引所から戻ってきた秘書を呼びつけた。
「レナードの息のかかった業者をピックアップしろ。上場しているようであればその株を一気に買い占めろ!」
キャンベルはレナードの息のかかった両替商にターゲットを絞った。
「ここを抑えていけば、レナードといえども身動きはとれなくなる。そうすれば許認可に関する権利もこそぎ落とせるというものだ。」
キャンベルがそう言うとキャンベルの代理人として動いている秘書が発言した。
「元フォーレ商会に関してはどうされますか?」
キャンベルはニヤリと嗤った。
「船会社ケセラセラが上場し終えたら、その株を買い付けろ」
妙に痩せた年増女はキャンベルの発言をくみ取った。
「すべて買い付けても、大きな金額にはなりません。午前中にはすべて終わると思います。」
30代後半のやせた秘書は船会社ケセラセラの株を買い付けることが造作ないと発言した。
だが、それに対してキャンベルはしばし考えた。
「……すぐにつぶすのは面白くないな……」
キャンベルはかつての仮面舞踏会でのことを思い起こすと口角を上げた。
「少々、時間をかけて買い付けろ。来週いっぱいを使うんだ。じわじわと買い増ししろ」
キャンベルは不遜な笑みを浮かべた。
『簡単には息の根は止めんぞ、フォーレ ロイドよ。お前の孫により恥をかかされた一見は忘れえない……じわじわと嬲ってやる。』
キャンベルはサックリと首を落とす方法はとらず、真綿で首を絞めるような方法で買収する策を選んだ。
『ケセラセラを嬲りながらつぶせば、ほかの業者もそれを見て私に怖れを持つはずだ。私に逆らう者や仇なす者がどうなるか、ケセラセラがつぶれる姿を見せれば理解するだろう。』
キャンベルはそう判断すると暦表に目を配った。
「来週の月曜日は楽しくなりそうだ。」
盗賊団がゴルダに運び込んだ白金をくすねたキャンベルはそれを元手にして先物取引で成功し、その資金で株式市場に大旋風を巻き起こした。
そして現在は学園都市の不動産業者を買収して多額の家賃収入を手に入れることに成功していた。キャンベルは名実ともに大富豪の地位を築いたのだ。
船会社ケセラセラなど歯牙にもかけぬ存在となっていたのである。
だが、キャンベルにも一抹の不安もあった、
『法整備がすすめば、今のような取引もできなくなる。そろそろ、ゴロツキを使った恐喝的な手段は卒業せんとな』
キャンベルは貴族の称号を取り戻すうえで、鉄仮面のやり方が芳しくないと思い始めていた。すなわち非合法的な手段は控える必要があると……
『効果的な投資を行って利益を上げて、その利益を寺院に寄付すれば貴族の称号は取り返せるだろう。あとは邪魔になった鉄仮面を処理する必要がある……』
キャンベルはしたたかな計算を脳裏に描くと葡萄酒をグラスに注いだ。
24
ゴルダからポルカに戻ったベアーはすぐさまロイド邸に入ると状況を報告した。
「そうか、キャンベルを落とす資料は見つからなかったか……」
ロイドの様子は芳しくない……状況がさらに悪くなっているのだろう。隣にいたウィルソンの表情は死んだ魚のようでさえある。
「倉庫の管理人が残した資料があればキャンベルに打撃を与えられると思いましたが、その資料がなければ疑惑があるというだけで、意味がありません。現状でキャンベルを撃退するすべはありません」
ベアーがそう言うとロイドが小さくうなずいた。
「弁護士を使っていろいろ動いてみたが来週上場することは避けられなかった。つまりキャンベルに株を買い占められればうちは合法的に乗っ取られる。」
ロイドに対してベアーが意見した。
「キャンベルに買われる前にうちの株を自分で買い取ればいいんじゃないですか、そうすれば乗っ取られないんじゃ……」
ロイドがそれに反応した、
「金がないんだ……自社株を買う金を借り入れようと両替商にかけあってみたがどこも断ってきた。弱小貿易商には貸さんそうだ」
ロイドはさらに続けた。
「キャンベルに対して不愉快な思いを持つ連中にも声をかけたが……そこから資金が借りられるかもわからん」
ロイドは資金繰りが厳しいことをはっきりと述べたが、そのあと意外に明るい表情を見せた。
「まあ、なるようになるだろ。二人ともよくやってくれた!」
ロイドはそう言うと立ち上がり二階の書斎へとむかった。その背中には暗いオーラが滲んでいる。
二人はその様子を見ると大きなため息をついた。
「実はな、キャンベルの圧力で両替商から融資がとめられたんだ。それで当座の資金がショートしててな……株式市場で自社株を買う余力がないんだ」
ウィルソンは続けた。
「関連する業者の支払いを滞らせないようにするためにロイドさんは……自分の資産を切り売りしている。実はこの邸宅も抵当にしている……本当のところ、計画倒産してでももこの家を守るべきだと思うんだが、ロイドさんは貴族のプライドでそれを嫌がった……」
「じゃあ……この邸宅を失う可能性も……」
ベアーがそう言うとウィルソンはうなずいた。
「俺が坊ちゃんの名前を従業員リストに書かなければ……こんなことには……」
ウィルソンの表情は絶望的である、
「いらぬ気をまわしたばかりに、こんなことに……」
ウィルソンがそう言うとベアーの脳裏に祖父の言葉がよぎった
≪良かれと思ってしたことが、時には裏目に出る……場合によっては更なる事態の悪化を引き起こすこともある。善意や気を利かした行動が毒になるんだよ……≫
ベアーは祖父の言葉の真意に気付くと苦虫をつぶしたような表情を見せた。だが、それがわかったところで現状が好転するわけではない……
ベアーはウィルソンに向き直った。
「この状況を好転させる方法を考えましょう!」
ベアーが発言するとウィルソンが疲れた表情で言った。
「キャンベルに買い負けしないだけの実弾を用意するしかない……」
『実弾』とは現金のことである、だが多額の現金を用意するにはそれを担保する土地や建物と言った資産が必要になる。それがなければ金は借りられない……
「うちにはもう、金に換えられるものがない……」
ウィルソンの吐露を耳にしたベアーは頭がクラクラしてきた。
「……博打でも打たない限り無理だ……」
ベアーは絶望的なウィルソンの発言に言葉を亡くした。
キャンベルは学園都市の不動産にも手をのばしてその資産をさらに増やしました。
一方、船会社ケセラセラの状況は芳しくありません。キャンベルが根回ししたために資金繰りにも苦労しています。
来週はケセラセラが上場して株取引が始まります……
このまま、船会社ケセラセラはキャンベルの玩具にされてしまうのでしょうか……




