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第十話

21

さて、酔いがさめた後……ベアーとラッツは酒場のマスターからの情報をもとにして、いなくなった倉庫の管理人の家族のもとを訪れていた。


一般労働者の住む共同住宅の3階には管理人の奥方と二人の子供が住んでいた。


「すみません、いなくなった旦那さんのことをお聞きしたいんですが」


ラッツがそう言うと30代半ばの奥方はうつむいた。


「もう1か月近くになります……」


 うつむいた奥方の横から小さな二人の子供が顔をのぞかせた。青洟を垂らした男の子とおかっぱの女の子である。どちらも父親が帰ってきたのかと思ったらしくその表情は明るかった。


だが状況がわかると女の子はぽつりと漏らした、


「……お父さんじゃない……」


 おかっぱの姉が哀しげに言うと弟も意気消沈して切ない表情を見せた。ラッツはその様子を見ると一息おいてから口を開いた。


「奥さん、旦那さんはあなたに何か託されたりしませんでしたか、手紙とか?」


奥方はかぶりを振った。その様子に思わせぶりな所作はない。


「仕事に関することなら何でもいいんですが……誰かと会っていたとか、ありませんか?」


ラッツが矢継ぎ早に尋ねると奥方は暗い表情を見せた。


「主人は何か危険な仕事していたんでしょうか……」


奥方はそう言うと身に着けていたエプロンで顔を覆った。


「行方不明になってから、連絡は一切ありません。つかえていたキャンベル様からの連絡も……とにかく主人の安否が……」


いなくなった倉庫番の奥方は精神的に参っているようでその表情は悲壮感でいっぱいである。


「この先どうしていけばいいかもわかりません……子供もまだ小さくて明日の暮らしがどうなるか……」


経済的にも困窮してきているのだろう……奥方の様子は生活苦で彩られている。


それを感じたラッツは懐からいくばくかの取材協力費を捻出した。



「少ないですが……」



 奥方が涙をながして受け取ると、笛のおもちゃを手にした男の子がやってきて母親を元気づけようとその笛を吹こうとした。


だが、音は出ない……ブッ、ブッという空気が漏れる妙な音がするだけである。


見かねたベアーが男の子の竹笛を手に取ると吹き方を教えようとした。


「これは、こうやるんだよ……」



……しかし音はならない……



不思議に思ったベアーは縦笛の構造を確認しようとした、


と、そのときである……


笛の内側に何やら挟まっているのをベアーは気付いた。


「……なんだろ……」


ベアーはそう言うと笛の先端部分を外した。


そうすると何やら字の書かれた布がはまっているではないか……どうやらハンカチのようだ


ベアーがそのハンカチを広げると、ラッツがそこに書かれた文言を読んだ。



≪イザベラと子供たちへ


お前たちがこのハンカチに記した内容をその眼にする時、私はすでにこの世からいなくなっているとおもう。もちろんそうならなければいいのだが……


具体的なことを記す時間がないので簡単にかいつまんで書こうと思う。


私はキャンベル様の倉庫で怪しげな商人たちの運んできた≪皮袋≫の管理を任されていた。だがこの前の騒乱事件により状況が変化して≪皮袋≫の管理がおぼつかなくなった。そして詰め替え作業が生じた……


キャンベル様はその一部を倉庫の地下に隠せと命ぜられた。


私は言われたとおりに皮袋を開けて中身を詰替えた。だが、その中身は……



これ以上のことを記すのはお前たちの身に危険が及ぶ可能性がある……だから私は証拠となる資料をある男に託すことにした、


その男はポルカでかわら版を出している記者だ。その名はピエールという。


イザベラと子供たちよ、私はお前たちを愛している。この件にはかかわりになってはいけない。たとえ私の身に何かあったとしても≫



 ラッツがハンカチに記された文言を読むと管理人の妻であるイザベラは呆然自失となった。そしてハンカチをもったまま立ち尽くした。


「旦那さんは奥さんとお子さんに被害が及ばないように配慮されていたんですね……だから人目につかないやり方で……この文言を隠されていたんですね」


ベアーがそう言うとイザベラはその場にへたり込んでおえつを漏らした。


 二人はその様子を見ると言葉を亡くした。だが、彼女にどんな言葉をかければよいかわからずただ沈黙した……夫がこの世から消えたことを肯定するハンカチの文言は軽いものではない……


重苦しい空気があたりを覆う、ベアーとラッツは深くお辞儀して『お悔み』の言葉を述べた。


 帰り際に青洟を垂らした男の子が二人に手を振った。まだ父親が死んだことを理解できていないため、その表情は明るい……むしろ笛を吹けるようにしてくれたベアーに対して好意さえ寄せている……



「………」



ベアーとラッツはいたたまれない思いを胸にして逃げるようにして集合住宅を離れるほかなかった。



22

その帰り際、


冷静になった二人はルナと合流してから事態を分析した。


「今のしらせはわざと笛の中に隠されていた……つまり倉庫の管理人は自分の身の危険を十分すぎるぐらいに感じていたんだな……」


ベアーが言うとラッツがその表情を変えた。


「かわら版の記者の名前……覚えてるか……」


ラッツの表情は実に厳しい


「ああ、ピエールだっけ……」


ベアーがそう言うとラッツが間髪入れずに答えた。



「先輩の名前だ、殺された先輩だよ」



ベアーはぎょっとした表情を浮かべた。


「先輩は倉庫の管理人と接触していたんだ、きっと……それで信頼関係を気付いて何らかの証拠を託されていたんだ。」


ラッツはそう言うと自虐的に笑った。


「だけど証拠を表に出す前に殺されちまった……どうしろっていうんだ……」


ラッツは証拠を握っていた先輩、ピエールがドザエモンとなって浜に打ち上げられていたことに触れた。


「先輩が殺されたのは資料を手に入れていたからだ。だけどそんな資料は………どこを探しても見つからなかった……きっと……もう処分されているんだ」


ラッツはひとりごちると突然、奇声を上げた。



「くそ、畜生、畜生、畜生!!」



 先輩を失っただけでなく、訴追するための資料さえも手に入れられなかったラッツは敵を討つどころか、指をくわえて現実を眺めるほかなくなっていた。


一方、ベアーの状態も芳しくない。


「このままじゃ、うちは潰される……キャンベルに……」


 起死回生を狙ったゴルダでの旅はキャンベルの疑惑を深くしただけで、証拠として追い落とすだけのものは見つからなかった。


「これじゃあ、キャンベルは止められない……どうすればいいんだ……」


ベアーが万策尽きた表情でそう漏らすと、ルナが冷静な口調で発言した。


「ピエールっていう死んだ先輩は敏腕記者なんでしょ。それなら証拠になる資料をどこかに隠している可能性があるんじゃない。デキのいい記者なら、自分の置かれた状況をわかってるはずだと思うし。家族をかばっている管理人のことを考えて資料を表に出すタイミングを狙ってたのかもしれないよ」


ルナがそう言うとベアーもそれに同意した。


「それはあるかもね……」


ベアーはラッツを見た。


「資料を隠すとすると……安全な場所だと思うんだけど」


ベアーがそう言うとラッツが発言した


「先輩が死んだあと、自宅も、会社のデスクも全部調べてある……倉庫の管理人が託した資料なんてそのカケラもなかった……編集長でさえ見つけられなかった」


ラッツがため息交じりにそう言うと、重たい空気が3人を包んだ。


3人はその空気を背負いながらポルカに向かう駅馬車の停車場にむかった。北から流れてくる秋風は真冬に吹きすさぶ寒風よりも冷たく感じられた。



手がかりとなる倉庫の管理人が残した資料は殺されたラッツの先輩、ピエールの所にあるようです。


ですがその資料はまだ見つかっていません……あるのかどうかさえ疑わしい……キャンベルの疑惑は深まりましたが彼を追い落とすだけの証拠はまだありません……


さて、この後、どうなるのでしょうか……

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