第八話
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ベアーはロイドの邸宅を出ると事情聴取を終えたであろうラッツのところに向かった。かわら版を発行している彼の職場である。
『ここか……』
ラッツが務めている職場は一階が印刷工場で、二階が原稿を書く記者たちの編集室になっていた。建造物の構造は低所得者の住宅をつぎはぎしたような作りで素朴というよりは粗末である。
ベアーは入口のドアを開けると印刷工の亜人に声をかけた。
「ラッツはさっき見たぞ、編集長のところにいってるはずだ。」
亜人の男は輪転機に油をさしながら片方の手を上げた。
「二階の奥だよ、行ってみな!」
*
ベアーはきしむ階段を上って二階に行くと大部屋があらわれた。そこには机が雑然と置かれ、10人ほどの記者が気難しい表情で議論を交わしながら原稿を書いていた。
『……鉄火場みたいだな……』
締め切りに追われた記者の表情は皆一様に厳しく、だれ一人として雑談をする余裕もないようだ。
ベアーは声をかけられない雰囲気にのまれかけたが、新会社 ケセラセラの状況を考えるとそうはいかなかった。
「すいません、ラッツはいますか?」
ベアーがそう言うと一人の記者が顎を使って一つのドアを示した。ベアーは態度の悪さに不快になったが素直にそのドアのほうに向かった。
*
編集長室と書かれたドアの前に立ちベアーがノックしようとするとタイミングよくドアが開いた。
「……ベアー……」
まさかベアーがいるとは思わなかったラッツは驚いた表情を見せたが、ベアーの様子にただならぬものを感じたらしく廊下にあるソファーを指差した。
「何かあるんだろ、あそこで話そう」
言われたベアーはうなずくと新会社ケセラセラが勝手に上場されたことと、その背景にキャンベルがいるであろうことを早口に述べた。
「ちょっと待ってろ!」
ラッツは顔色を変えるとベアーの話の裏を取るべく、経済部の記者のところに向かった。
そしてしばし……
ラッツは上場会社の情報を手に入れるとベアーの話が本当であることを確認してから戻ってきた。
「どうやら、役所の連中の中にキャンベルの息のかかった奴がいて、そいつが書類を改ざんしたようだな……経済部の記者の話だと同じような事案がちらほらあるそうだ」
ラッツはそう言うと腕を組んだ。
「今のキャンベルは金がある、その力を行使して役人を買収しているんだろ……汚いやり方だ」
それに対してベアーが反応した。
「一度上場するとマーケットから退場するのは時間がかかる。きちんとした手続きを踏んで非上場するには3週間程度かかるんだ。つまり手続きを進めているうちにケセラセラの株は買われて乗っ取られてしまう……」
ベアーが困った表情でそう言うとラッツは仕入れた情報を吐露した。
「ミズーリの業者はその手法でつぶされたらしいんだ。」
ラッツは株取引における不都合な側面を口にした
「実は一度上場して株が公開されて正規の買い付けの注文が通ると、クレームをつけても相手にされないんだ。マーケットで売買の注文が成立すると取り消すことができないんだよ。それに上場に関する事柄で役所のミスをついても業者を守る法律がないから裁判になってもどうにもならない……」
株の売買という新しい金融取引が法的には不完全であることをラッツは嘆いた。
「キャンベルはマーケットを縛る法律の抜け穴を知っててわざとやっているのか……」
ベアーが不愉快に言うとラッツはうなずいた。
「キャンベルは計算してやってるんだよ」
ラッツがそう言うとベアーは肩を落とした。
「合法的に株を買われればうちは終わりだ。上場するのは来週だよ、間に合わない……」
ベアーが意気消沈するとラッツが息巻いた。
「キャンベルのやろう、先物取引ででかい金をつかんだら、容赦なく業者を買収していきやがる……このままじゃ、どうにもならねぇ……」
ラッツがそう言うとベアーがルナの発言したことを口にした。
「キャンベルが先物で成功した時の原資だって小さくないはずだ。資本を稼げる半分の領地を没収されて、それだけの原資があるなんて……」
ベアーは底知れぬキャンベルの金の力に弱音を吐いた。
そのときである、ラッツがその表情を変えた。
「原資……それ、先輩が追ってヤツだ……その情報をつかもうとして消されたんだ。」
ラッツは思い出したように話した。
「ゴルダにあったキャンベル卿の倉庫に何か運び込まれたっていう情報があって……先輩はその倉庫番に話を聞こうとしてたんだ……そしたら……帰ってきてから殺されたんだ。」
ラッツが先ほど話していた編集長との会話をベアーに伝えた。
「だけどゴルダは騒乱事件があったから、まだ取材が規制されているんだ。先輩はうまく入り込んだみたいなんだけど…………本当のところ、中に入れるのは関係者か身内じゃないとダメなんだ……」
ラッツが残念そうに言うとベアーは唇をかみしめた。かつての事件、人体錬成を試みたゴルダ卿の悪行を思い出したからである。
「ベアー、ひょっとして、ゴルダのこと知ってるのか?」
ベアーの様子を見たラッツが尋ねるとベアーはゆっくりとうなずいた。
「この前、騒乱事件があっただろ、じつはあの時、ゴルダにいたんだ……」
ベアーがそう言うとラッツが表情を変えた。
「本当か……」
その表情は記者の顔そのものである。
「ああ、広域捜査官との守秘義務があるから話せないことは多いけど……」
ベアーがそう言うとラッツが息巻いた。
「じゃあ、お前、関係者じゃないか!!」
ラッツがそう言った時である、タイミングよく編集長室から小太りのおっさんが出てきた。丸メガネをかけた手足が短い男だが妙に威風堂々としている。
「今の話、聞かせてもらったぞ!」
そう言った編集長はラッツを見た。
「関係者がいれば中に入れるぞ、二人でゴルダに行ってこい。こっちが経費を持ってやる!」
丸メガネの編集長はそう言うと気合を入れた表情を見せた。
「ゴルダでキャンベルに不都合な情報を手に入れれば、あいつだって簡単には好き勝手できない!!」
編集長は実に厳しい表情を見せた。
「こっちもひとりやられている、うちのエースがドザエモンにされたんだ。黙ってみてられるか!!」
編集長は浜に打ち上げられたラッツの先輩に言及した。
「いくら貴族だからって、やっていいことと、悪いことがある!!」
編集長の表情には鬼気迫るものがある。それを見たラッツはベアーに耳打ちした。
「亡くなった俺の先輩は編集長の養子なんだ。だから……気合が入ってる」
それを聞いたベアーは息を詰まらせた。
『キャンベル、いくら何でも、やりすぎだ!』
ベアーはそう思うとラッツに声をかけた。
「俺がいれば中に入れるはずだ、それにツテもある。あっちに知り合いがいるから何らかの情報が得られる可能性は高い!」
ベアーがそう言うと階段の隅に隠れていたルナが突然現れた。
「記者の見習いと貿易商の見習いだけじゃ心配だから、私もついて行ってあげるわ!」
ルナはベアーとラッツの話をすべて聞いていたようでその表情は義憤に駆られていた。
「パトリックが気に食わないからって横暴な圧力をうちにかけてくるなんて許せない!、キャンベルの鼻を明かしてやりましょうよ!!」
ルナはそう言うとベアーやラッツよりも鼻息を荒くした。そして肩から掛けたポシェットをこれみよがしに見せた。
「経費は自分で払うわ!」
こうして3人はゴルダへと行くことを決めると、その足で街道筋にある駅馬車の停留所へと向かった。
ベアー、ラッツ、ルナの3人はかつて騒乱事件が起こったゴルダに向かうことになりました。はたして彼はゴルダで何を見つけるのでしょうか?
*
年明けは1月3日からはじめたいとおもいます。皆様、風邪にはお気を付けください。
では、よいお年を!!!




