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第七話

16

ベアーが倉庫に戻るとルナと取り留めもない会話を交わしていたウィルソンが反応した。


「どうだった、ベアー、ブツは回収したか?」


言われたベアーは網元のところから回収した塩辛の瓶詰をロバの背中からおろした。


「これは珍味なんだ、トネリアで高値で売れる。」


塩辛の瓶詰は何とも言えない色合いで食欲をそそるようには見えない。ルナは乳白色と薄紫色のまじりあった独特の色を見ると不可思議な表情を見せた。


「……そんなの食べるの……」


ルナが疑問を呈するとウィルソンがそれに答えた。


「イカのワタとその身を合わせて作ってあるんだけど……白ワインにはあうんだよ。クラッカーの上に載せてオードブルとしてだすんだ。」


ルナはウィルソンにそう言われたもののその表情は硬い。


「パスタに入れてたべる漁師もいるんだぜ、塩辛はうまみが強いから、パスタともあうんだ」


ウィルソンはそう言うともう一つの瓶詰を見せた。


「こっちのウニの瓶詰は『瓶詰の大様』って言われてる。ポルカ近海の浜辺で取れるウニはトネリアのものよりもうまいから高値がつく。」


ウィルソンは商売人らしい表情を見せた。


「網元はあの辺の漁場を仕切ってるから、安値でうちに卸してくれるんだ。」


ウィルソンは貿易商らしい自信を見せた。


「まあ、あそこの網元とのパイプを取り付けたのは俺だけどな」


 パイプというのは商売でいうコネのことである。このバイプがなければ商談をしても相手されないことも多く、特別なコネであるパイプを自らの手で構築したことをウィルソンはしたり顔で話した。


それに対してベアーが素朴な疑問を呈した。


「どこで網元と知りあったんですか?」


 ベアーがウィルソンに尋ねるとウィルソンは途端にだまった。その顔色は先ほどの上気したものとは異なるうすら寒いものがある。



「大衆浴場だ、風呂でな……そこで意気投合して……」



ベアーは≪風呂≫という単語に怪しいものを感じた。



『風俗だな……これは』



 ベアーが何とも言えない表情で怪しむと、倉庫の入り口から現れたロバがウィルソンに近づいた。そしてその顔を見上げるとニヤニヤしだした。



≪ウィルソン……スケベ≫



ロバは嬉々とするとウィルソンに対して怪しく微笑んだ。


バツの悪くなったウィルソンは咳払いして話題を変えようとした。



17

そんなときである、血相を変えたジュリアがベアーたちのところに走りこんできた。その表情には危機感だけでなく絶望感さえ滲んでいる……



「ウィルソン、大変よ……やばいわ……」



ジュリアの口調は今までで一度も見たことのない緊張感がある。


ウィルソンはそれを感じるとジュリアに向き直った。


「一体、どうしたんだ?」


ウィルソンが顔色を変えて尋ねるとジュリアは手に持っていた書類を見せた。


「これを見て……」


 ジュリアに提示された書類には業種により分けられた業者がリストアップされ整然と記されていた。そしてその業者の名の横にはいくつかの数字が記されている……


ベアーが首をかしげるとウィルソンがその隣で青ざめた表情を見せた。



「これは証券取引所に上場する業者の想定株価を記してあるものだ……」



ウィルソンがそう言うとジュリアが実に厳しい表情を浮かべた。



「……うちの名前があるのよ……」



ジュリアが指でさしたところには『船会社 ケセラセラ』とある。


それを見たベアーは素っ頓狂な声を上げた。



「そんな……役所に書類を提出するときに……非上場を選んであるのに……」



ベアーがそう言うとウィルソンが声を張り上げた。


「ロイドさんのところに行くぞ!!」


今までにない厳しい表情を見せるとウィルソンは真っ青な顔で走り出した。


                                  *


ロイドの邸宅についたウィルソンとベアーは上場する業者をリストアップした書類をロイドに見せた。


「役所に提出した書類は非上場のところにチェックを入れています。私が書いたので間違いありません。」


ウィルソンがそう言うとベアーも続いた。


「それは僕も確認しました」


老眼鏡をかけて書類に目を通していたロイドが実に厳しい目を見せた。


「となると…役所の連中の中に書類を改ざんした者がいるということだな……」


ロイドは落ち着いた口調でそう言うと書類の日付と内容を確認した。



「来週の月曜日から上場することになっている……今日は木曜日だ……」



それを聞いたウィルソンが声を上げた。


「今から役所に行って、掛け合ってきます……そうすれば上場の件もなんとかなるかも」


ウィルソンがそう言うとロイドは沈思した。



「たぶん無駄だ……時間的に間に合わない」



ロイドは厳しい目を見せた。


「上場が認められた業者は、正規の手続きを踏まない限りは上場をやめられない。たとえ役人が書類を改ざんしてもだ……たぶんそれには3週間はかかる……弁護士を使って法的手段を用いても2週間はかかる……手続きが済むころには株を買われて買収されているだろう。」


ロイドはそう言うと不可思議な目を見せた。



「……完璧にはめられているようだな……キャンベルが手をまわしたんだろ」



それに対してウィルソンが反応した。


「そんな……フォーレをつぶした後にケセラセラまで……うちがキャンベルに何をしたっていうんですか!!」


 ウィルソンがもっともなことをいうとロイドは苦虫をつぶしたような表情を浮かべた。それを見たベアーはラッツの話を思い出した。


「あの、パトリックのことでしょうか……かわら版の記者に友人がいて……少し話をきいたんですが……」


ベアーがそう言うとロイドが苦虫をつぶしたような表情をみせた。



「……たぶんな……」



ロイドは先月おこなわれた『お茶会』について言い及んだ。


「あのお茶会で失態を犯したキャンベルはその財産の半分を失う大打撃をうけた。枢密院で厳しい沙汰が言い渡されたのはお前たちも知っているだろう……かわら版で出回った話だからな。だがその前段にキャンベル卿の別邸で行われた仮面舞踏会でひと悶着があったそうなんだ」


ウィルソンは話の内容がわからず首をかしげた。


「貴族連中の集まりの中でその舞踏会の話が出たのだが……その仮面舞踏会にパトリックが参加していた……」


ロイドがそう言うとウィルソンがその眼を点にした。



「……まさか、坊ちゃんが、キャンベルとトラブル……」



ウィルソンが顔色を変えてそういうとベアーが発言した。


「……記者見習いの友達も仮面舞踏会で何かあったんじゃないかって……」


言われたウィルソンは頭を抱えた。



「そ、そんな……」



ウィルソンは青ざめた顔でそう言うとロイドを見た。


「実は士官候補生になった坊ちゃんの仕送りのために……坊ちゃんの名前を社員のリストに付け加えて給料を払う形にしていたんです。ひょっとするとキャンベルはそのリストを見て……」


ロイドは合点が言った表情を見せた。



「……なるほど、そういうことか……」



 パトリックのことを考えて気を利かしたはずが、逆にそれがあだとなる展開になったことをいまになりウィルソンは気付かされた。



「すみません、ロイドさん!!」



 ウィルソンは額を絨毯の上にこすり付けると全力の土下座を見せた。そこには許されない大失態を犯した中年の姿がある。あまりに哀れでせつないものだ……ベアーはその様子を見ると息を詰まらせた。


それを見たロイドは大きく息を吐いた。


「ウィルソン顔を上げろ、お前がここで謝っても何も始まらん……」


ロイドはそう言うと顎髭に手をやった。



「この状況をいかにして切り抜けるか考えろ。仕事のミスは仕事で取り返すほかないぞ、ウィルソン!」



ロイドが厳しい口調で言うとウィルソンは我にかえった


「いかなる策を講じるか、会議を開く。幹部を集めろ!」


ロイドはそう言うとベアーを見た。


「かわら版の記者がいると言っていたな、その記者に会って情報を収集しろ。どんな小さなことでもいい。状況を確認する必要がある!」


 ロイドはそう言うと憤怒の表情を見せた。そこには絶体絶命に追い込まれた兵士の見せる気迫がある……だがそれと同時に死を覚悟した老兵の冷徹な思いも滲んでいた……




 キャンベルの魔の手が船会社ケセラセラに襲いかかりました。なんとケセラセラの書類が改ざんされて株式市場に上場することになっていたのです。手続きを踏んで差し止めることも時間的に無理なようです……


はたして、このあと船会社ケセラセラはどうなるのでしょうか?

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